10、温室での一時
シルにお似合いの香水を作るべく、温室で奮起していると、侍女のミリアが息を切らせてやってきた。
「大変です、ヴィオラ様! 招待状がこんなに届いておりますが、如何なさいましょう?」
「えっ、そんなに……?!」
ミリアが両手一杯に抱えて持ってきたかごには、あり得ない量の招待状が入っていた。ざっと見てもいつもの十倍以上はある。しかも、ろくに話したこともない家名からもかなりきてるわね。
アレクとの婚約効果なのかしら?
王位継承権を放棄しているとはいえ、国民からの支持の高いアレクは人気者だ。大商会もいくつか持っているし、お近づきになりたい貴族も多いのだろう。
『ヴィオ、パーティに参加する時は必ず僕に声かけてね。エスコートするから! 一人で参加しちゃダメだからね!』
アレクにそう言われた手前、迂闊に参加の返事もだせない。
試しに目についた招待状を開封してみると、『香水の事でお聞きしたい事がある』と書いてあった。
大して話したこともない令嬢が、なぜ私の趣味をご存知なのかしら?
「とりあえず爵位ごとに分けて、あまり懇意にしていない所からの招待は全てお断りで返事をお願い」
「かしこまりました」
今度アレクに会った時にでも、予定を聞いてみよう。
それより今は、シルの香水を作る方が大事だわ!
バラが好きだとおっしゃっていたから、できればその香りを軸に作りたい。甘いものもお好きのようだったし、くどくない程度にバニラの香りをブレンドするのもいいわね!
可愛らしいシルの魅力を最大限に引き出してくれるはずだわ。ついでに、お部屋で楽しめるアロマミストも作っちゃおう!
そんなこんなで試行錯誤して作業していると──
「やぁ、ヴィオ。お邪魔するね」
私の温室によくアレクが訪れるようになっていた。
「いらっしゃい、アレク。また来てくれたのね」
「うん。本当は毎日だって通いたいくらいだよ」
「毎日?! それはちょっと来すぎではなくて?」
「今までどれだけ僕がここに来たかったか、ヴィオは知らないでしょ」
「うん、知らない」
婚約が公のものになってからというもの、三日に一度は来てる気がする。本人曰く、忍ばなくっていいって素晴らしいそうだ。
「ここはね、ヴィオの香りそのものなんだよ。だからこの温室にいると、僕は君に優しく包まれているような感覚になれるんだ」
そう言って、自身の体を抱き締めるアレク。どうしよう、なんでそんな発想になるのか理解できない。
でも忙しい中わざわざ私に会いに来てくれているわけで、分からないなら歩み寄る事は大切だよね?
「アレクは、私に抱き締めて欲しいの?」
「それは勿論!」
「だったら……」
椅子に座るアレクを、後ろからぎゅっと抱き締めた。
「どう? これでいい?」
聞いているのに、返事がない。
「アレク、良い香りがする」
私があげた香水の香りだ。
使ってくれてるんだ、嬉しいな。
「ねぇ、アレク。これじゃだめなのかな?」
「……いよ」
声が小さくてよく聞き取れなかった。
「もう、ヴィオはずるいよ……」
ええ、なんでそうなるの?!
なにか間違っていたのだろうか?
「君は自分の作った香水の匂いが好きでかいでるだけなんだろうけど、でも、それでも! そうやって抱き締めてくれるのが、僕はすごく嬉しいって思ってしまうんだ」
「アレク、それは少し違うわ」
「何が違うのさ?」
「私の作った香水と、アレクが本来持つ香りが混ざって作られたこの匂いが、好きなのよ」
特にこの首筋から香るこの匂いが最高ね!
「……っ!」
「それにね、私がそばにいるのに……空気なんかで満足されたら、どうしたらいいか分からないじゃない」
「本当に、敵わないな……」
人は心変わりしてしまうものだって、私はよく知っている。マリエッタに婚約者が心変わりしてしまったのは、私が彼等に興味を抱かなかったのも原因の一つだと思ってる。
だからこそ、今度は失敗したくない。
アレクだけは、誰にもとられたくない。
「ヴィオ、く、首が……く、くるしい……」
無意識のうちに力が入ってしまっていたようで、慌てて離した。
「ああ、ごめんなさい! 力を込めすぎてしまったわ! 大変だわ、はやく冷やすものを!」
「もう大丈夫だから、ヴィオ。それよりここに座って、見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
アレクの隣の席に腰をかける。差し出されたのは、王国新聞の『ロイヤル通信』だった。
なんか、テジャヴ感がすごい。