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番外編6、運命の悪戯(side マリエッタ)

 十五歳になって通い始めた王立アカデミーは、私にとってつまらない空間だった。


「気を付けた方が良いわよ。マリエッタ様に婚約者を紹介すると、奪われてしまうから」

「何でも実の姉であるヴィオラ様の婚約者を、二回も奪ったんですってね」


 遠巻きに見ては、ヒソヒソと陰口を叩かれるのが日常茶飯事。事実だから否定はしないけど、面白くはない。


 面と向かっては言えないくせに、集まればああやって悪口ばかり。女って何であんなに陰険なのかしら。逆に男は――


「誘えば色々やらせてくれるっていうのは本当か?」

「やめとけ、下手に手を出すと炎帝が黙っていないぞ。命が惜しいなら、ヒルシュタイン公爵家の令嬢には近寄らないのが正解だ」


 気持ちの悪い視線を送っては、お父様に怯えてあることないこと適当に言うばかり。


 お姉様と比べられる事が昔は嫌で仕方なかったけれど今は、姉妹揃って腫れ物状態。お揃いになれた事が少しだけ嬉しかった。


 けれどそれは私の勘違いだった。


 お姉様は相変わらず植物に構ってばかりで、学園でも花壇の世話をよくされていた。そんな姿をよく校舎から見ていて気付いた。ひとりぼっちなのは結局、私だけなんだと。


 お姉様は入学して早々に園芸部なるものを立ち上げたらしく、田舎領地出身の芋くさい部員達と楽しそうに毎日土いじりをされていたのだ。


 汚い土を触って、何がそんなに楽しいのかしら……私には理解できなかった。


 王立アカデミーに入学して一年が経った頃、私は運命の出会いを果たす。


 イライラしながら歩いていたら、あやまって階段から足を踏み外してしまった。


 落ちると思った瞬間、たくましい腕が後ろからのびてきて私の体を抱きとめてくれた。


「怪我はないか?」


 振り返ると王都では珍しい銀色の髪をした整った顔立ちの男性が、心配そうにこちらを見ていた。


「は、はい! あの、ありがとうございます!」

「無事でよかった」


 男性はほっと安堵のため息を漏らした後、「す、すまない!」とはっとした様子で慌てて手を離された。


「そ、それじゃあ!」


 恥ずかしそうに頬を上気させ、爽やかな笑顔を残して去っていかれた。

 彼のそんな笑顔を見た瞬間、まるで矢に射たれたようにその場から動けなくなった。激しい動悸がして胸が苦しい。


 それが私とリシャール様の出会いだった。


 ログワーツ伯爵子息のリシャール様は、二年生の始めに別のクラスに転校して来られた方だった。


 学園に来られて日が浅いにも関わらず、リシャール様は私と違っていつも友人に囲まれて楽しそうに笑っておられた。遠目からその笑顔を見れるだけで、幸せだった。嫌なことも全部忘れられた。


 騎士部に所属されていたリシャール様の鍛練される姿を見たくて、私は自然に近付けるボランティア部に所属した。


 ボランティア部は主に、学園内の各部活動のサポートや困り事を支援する活動を行っていた。サポートという名目で自然と騎士部に顔を出す事が出来た。


 騎士部にばかり支援に行ってズルいと他の部員から反論が上がっていたけれど、ヒルシュタイン公爵家の私に直接苦言を呈する事が出来る者はおらず権力でねじ伏せた。


「リシャール様、鍛練お疲れ様です」


 腫れ物扱いされているヒルシュタイン公爵家の令嬢とバレるのが嫌で、騎士団に顔を出す時は部活動用の運動着に着替え、目立たない地味な髪型に変えていた。


「やぁ、マリエッタ嬢。いつも助かるよ」


 私のお渡ししたタオルで汗を拭うリシャール様は、とても格好よかった。


「疲労回復効果のあるデザートをお持ちしました。よかったらこちらも部員の皆様とご一緒にどうぞ」

「嬉しいな、ありがとう」


 こうして少しずつ、私はリシャール様と仲良くなっていった。廊下ですれ違えば笑顔で挨拶をして、他愛のない会話を交わせるようになった。


 そうして一年が経った頃。残酷な現実を前に、私は地の底へ突き落とされた。


 休日、珍しくお姉様がガゼボでティータイムを取られていた。テーブルにはお父様と、見間違えるはずもない銀髪の男性が席に着かれていた。


「マリエッタ、紹介するわ。私の婚約者のリシャールよ」


 どうしてお姉様の隣に、リシャール様がいらっしゃるの。


「マリエッタ嬢、君がヴィオラの妹だったのか……!?」


 とても驚いた様子で、リシャール様が仰った。お姉様と私はそれぞれお父様とお母様に似ているから、並んでいても初見で姉妹とはまず思われない。


「あら、顔見知りだったの?」

「マリエッタ嬢はよく、騎士部のサポートをしてくれているんだ」

「そうだったのね、偉いわ! マリエッタ」


 これはきっと、罰だろう。

 お姉様の婚約者を二度も奪った私にくだされた、神様のお仕置きなのだろう。


 必死に笑顔を作って、「お姉様、リシャール様、ご婚約おめでとうございます」と声を絞り出すので精一杯だった。





 それから私はボランティア部を辞めた。リシャール様を追いかける事も、視界に入れる事も。廊下ですれ違っても避けるようになり、必死に忘れようとした。


 これ以上、お姉様にご迷惑をかけるわけにはいかない。それなのに、忘れる事が出来なかった。


 真剣に鍛練に取り組まれる凛々しいお姿。

 友人に囲まれて楽しそうで無邪気な笑顔。

 私に気付くと優しく目元を緩め、話しかけてくださる心地の良い声。

 階段から落ちそうになった時に支えてくれたあのたくましい腕に抱かれた感覚。


 目を閉じていても、全て脳裏に焼き付いて離れない。


「リシャール様……」


 悲しくて、苦しくて、人気のない裏庭でひとり涙をこぼしていると「やっと、見つけた」と頭上に降ってくる息を切らした優しい声。


「すまない、俺……何か気に触る事でもしてしまったのだろうか?」


 リシャール様の額には汗が滲んでいた。


「違います。リシャール様は、なにも悪くありません。全て私が悪いんです。だからどうか、私にはもう関わらないでください!」


 走って逃げようとしたら手を掴まれて、引き寄せられた。


「支援を乞う身で相手の指定など、おこがましくて出来なかった。それでも……君がヒルシュタイン公爵令嬢だと知っていれば……っ!」


 厚い胸板に閉じ込められ、呼吸が苦しい。

 子供の頃、セドリック様に壁に押し付けられて閉じ込められ時とは違う。


「公爵に頭を下げ、初めから君に婚約を申し込んでいた……好きだ、マリエッタ。俺は君が好きなんだ」


 嬉しくて、思わず心が震えた。


「君は誰よりも早く来て、皆が気持ちよく活動出来るように訓練所を掃除してくれていた。そんな優しくて懸命な所が好きだ」


 私はただ、リシャール様が一回でも多く剣を振るう姿が見たかっただけ。そんな綺麗な動機じゃない。


「古くなった備品だって、仕分けして新しいものを補充してくれていた。そんな気配りが出来る所も好きだ」


 壊れそうな備品を使ってリシャール様が怪我でもしたら大変だもの。それくらい、何でもない。


「君が毎日笑顔で差し出してくれるタオルが、本当はとても嬉しかったんだ。俺を呼ぶ君の可憐な声もはにかんだ笑顔も、君の全てが愛おしくて堪らない。ヴィオラには申し訳ないが、俺はもうこの気持ちを抑えられそうにないんだ。マリエッタ、どうか俺と結婚して欲しい」


 私はきっと、この方と出会うために生まれてきたんだって思った。


「ヴィオラと公爵に許しがもらえるまで、何度でも頭を下げるし、いくらでも殴られる覚悟をしてきた。だから……共に歩んでくれないか?」

「私も、リシャール様の事をお慕いしております……!」


 またお姉様に失望される。それでも私は、この方と共に歩んで生きたい……!





 寒い雪の中で、朧気に昔の事を思い出していた。この結婚は、私が自ら望んだこと。このまま雪に埋もれて死んだとしても、私が望んだ事なんだ……


「マリエッタ!」


 私を呼ぶ愛しい人の声。まるで初めて想いを告げあった時のようなたくましい腕に抱かれて、少しだけ意識がはっきりする。私はこの感覚を知っている。こうして抱きしめてくださるのは……


「リシャール、様……」

「母さんが本当にすまない! まさかこんな雪の日に、お参りをさせていたなんて!」

「どうか、泣かないでください……」


 涙が凍って、リシャール様の頬が冷たくなってしまう。


「帰ろう。もう二度と、こんな事させない……!」


 リシャール様は私を抱えて歩きだした。けれど辺りは一面真っ白な雪景色。雪が吹雪いて方向さえ分からない。


 このままでは、リシャール様まで共に遭難してしまう。


 私はポケットに手を伸ばす。出来ればこれだけは使いたくなかった。お姉様が私にくれた最後の温もり。


 あんなに酷いことをしたのに、それでも私の身を案じてくださった優しいお姉様がくれた大切なもの。


 わずかでも残っている限り、お姉様が私の事を見守ってくださる気がしていた。お姉様との絆を感じることが出来た。でも……


 どこまでも姉不幸な妹でごめんなさい。


 残った温感スプレーを、私はリシャール様に吹き掛けた。やっぱり私は、この方が好きなの。優しいお姉様なら、許してくださる……わよね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マリエッタは3人奪っただけのように見えて最後の一人だけは真に好きだったんだなぁ…と思うと、幸せになってもいい気になりますね。 お姉ちゃんサイドの話よりもマリエッタの話を楽しみにしています。…
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