第9話 橙色の枯れ葉
前回の戦闘が終了してから8時間、フウジンとライジンは嵐野市のとあるビルの屋上にいた。
「アダム様より…もう一度彼らが現れるまでここで待機だそうです。」
「また待機命令か…」
退屈そうに座っていたライジンは立ち上がった。
「ライジン、どこへ?」
「ちょっとそこの小屋で休んでくる。」
ライジンは嵐野市の端のほうにある山に一件だけポツンとある小さな小屋を指差した。
「フフフ…ごゆっくり…」
ライジンは屋上から小屋の前まで瞬間移動した。
そして、小屋の入り口を開けて、中に入った。
小屋の中は明かりはなく、真っ暗だった。
「ひっ…どなたですか…?」
小屋の中で女性の声がした。
(!!人間!?まだこのあたりに残っていたのか!?)
ライジンは心の中で驚いた。
住民はすでに全員避難していると思い込んでいたからだ。
「もしかして…この小屋の方ですか!?勝手に入ってすいません!!私、雨で家に帰れなくて、雨が止むのをここで待っていようと思ったんですが、なかなか止まなくて…」
真っ暗で姿は見えないが、女性が慌てているのは伝わってくる。
「いや…ここは…俺の小屋じゃない…。」
(どうする…殺すべきか…?)
ライジンは女性を殺すべきか悩み始めた。
「あ…そうでしたか…すいません…ということはあなたも雨宿りに?」
「え?…ああ…そうだ。」
(やはり殺しておこう…やつとの戦いの邪魔になる可能性がある…)
ライジンは右手から電撃を放出しようとした。
「こんなときになんですが、私雨好きなんですよね。」
「え?」
「びしょ濡れになるのはもちろん嫌ですけど、音、匂い、雰囲気、いいと思いませんか?」
「…あ、ああ…そうだな…」
「あなたはなにか好きな天気ありますか?」
「お…俺?俺は…雷…」
「雷が好きなんですか!?珍しいですね!なんでですか?」
「…かっこいいから…」
「ふふっ…かっこいいからって…おもしろいですね。あなた。」
「…」
女性が次々と話しかけてくるため、ライジンは電撃を放つタイミングを完全に見失ってしまった。
「なんだかあなたと話していると息子を思い出します。」
「息子…?」
「はい。声も雰囲気も全然似てないのに…なんでだろ。」
(…なんだこの感情は…懐かしい…?)
ライジンの中に突然不思議な感情が湧いた。それに気づいたライジンは困惑した。
「でも最近息子は帰ってこなくなっちゃって…心配なんです。一体どこ行っちゃんだろう…」
「…」
ライジンは右手を天に向かって上げ、雨雲を操って雨を止ませた。
小屋の中に鳴り響いていた雨音は、聞こえなくなった。
「あ!雨止んだみたいですね!」
「…今のうちに避難できるんじゃないか?」
「そうですね!」
女性は立ち上がり、小屋の扉を開けた。
扉を開けても月あかりもなく、街灯もないため、まだお互いの顔は見えない。
「じゃあ私、嵐野市から避難しますね!お話してくれて、ありがとうございました!」
「ああ…」
女性はしばらく歩いた後、足を止めて振り返り、再びライジンに話しかけた。
「あの!私、鱗道 芽衣っていいます!避難指示が解除されたらまたここでお会いしませんか?」
「え?ああ…考えておく。」
「ふふふ…またお会いましょう!!」
女性は歩いて小屋を去った。
「…はぁ…なにやってんだ俺は…」
ライジンは我に返って、さっきまでの自分の行動を後悔した。
――――――――――――――――――――――――
三日後。零音の自宅。
「うっ…うう…」
零音は目を覚ました。
「零音…!よかった…!!」
咲来は布団で寝ている零音に抱き着いた。
「ゲホッ!ゲホッ!…母ちゃん…ライジンとフウジンは…?」
零音は声を絞り出して聞いた。
「あれから三日たったわ。嵐野市の異常気象はもう収まってる。」
「そっか……負けた…あれがフェーズ2の力…。」
「やつらは零音を待っていたと言ってた…多分アダムの支持で動いているムーブメントのマテリアスね…」
「ムーブメント…」
零音はライジンとの戦いを思い出し、身震いした。
「あいつと戦ってるときに急に輝石を作り出せなくなった…それに体がすごい苦しくなって、攻撃を避けれなかった…」
「…これは予想だけど、もしかしたら輝石を生み出すのには相当な体力を使うのかもしれないわね…」
「ふっ…!ぐぁっ…!!!」
零音が起き上がろうとしたその時、零音の体に激痛が走った。
「まだ動いちゃダメよ。全身打撲、大火傷。普通なら死んでるわよ!」
咲来は零音の体を抑え込み、再び寝かせた。
「あいつとはまた戦うことになる…その時は…倒せないとダメなんだ…」
「零音…」
「そいつの言うとおりだ。」
頭に包帯を巻いた玄司が部屋に入ってきた。
「玄司くん。」
「こんなところでつまずいていらない。俺は月野山に行ってくる。」
「その体じゃ無理よ!」
「お前はどうする?」
玄司は零音に問いかけた。
「僕も行きま…ぁっ!!」
再び起き上がろうとする零音の体に激痛が電気のように走った。
「零音はまだ動けない。あなたも、まだ派手に動いちゃダメよ!」
「ならば俺だけで行く…」
玄司は、咲来の反対を押し切って、家を出ていった。
「もう!少しは安静にできないのかしら?!」
咲来は玄司の無謀さに呆れつつ怒った。
――――――――――――――――――――――――
数時間後、月野山の頂上で、玄司はリバイトウルスに変身していた。
頂上では、風が強く吹き荒れていた。
「カグツチ…もっと火力を上げろ。」
『ただでさえこれ以上の火力は耐えられないというのに、その体じゃ無理だ。』
「いいからやれ…やつの風に吹き消されないほどの火力に…!」
『…どうなっても知らんぞ…!!』
カグツチは渋々ウルスに従った。
すると、ウルスの体は激しく燃え始めた。
「くっ…!!」
あまりの熱さにウルスは歯を食いしばる。
「うおおおおおっ!!!」
そして燃えた状態のままカグツチを振り上げた。
(風を斬るんだ…この状態を保ちながら…)
「ぐあああああぁぁっ!!!」
次にカグツチを横に振った。
ブォン!という空を切る音が鳴り響く。
(浅い…まだ風は斬れてない…!!)
ウルスは燃えながら、ひたすら風に向かってカグツチを振り続けた。
――――――――――――――――――――――――
三日後、子供たちで賑わうとある広場のベンチに、零音は座っていた。
(あいつを倒すにはどうすればいいんだろう…)
零音はこの三日間、ずっとそのことだけを考えていた。
「あれ?伊武じゃないか!」
そんな零音に一人の男が話しかけてきた。
「あっ!久夛良木先生!こんにちは。」
その男は担任の教師、久夛良木 登だ。
久夛良木は夏休み中でも相変わらず白衣と手袋を身に着けている。
零音は久夛良木にお辞儀をした。
「いやぁ偶然だね。」
「どうしてここに?」
「木の研究をしててね。ここは木がたくさん生えてるだろう?」
久夛良木は手を大きく広げた。
「夏休み中でも研究ですか。」
「ははは!先生に夏休みはないよ。」
久夛良木は零音の横に座った。
「君こそ…どうしたんだい?」
「え?」
「暗い顔してたけど。」
零音は少し間を開けてから口を開いた。
「…少し悩み事があって…先生、どうしても越えられない壁が目の前にあったとしたら、先生はどうしますか?」
「越えられない壁?そうだなぁ…」
久夛良木は顎に手を当てて考えた。
「…無理やり越えようとしない…かな。」
「無理やり…?」
「いくら頑張ってもそのままの自分じゃ、いつまでたっても壁を越えられない。壁を越えられる自分に変わるための努力をするべきじゃないかな。」
久夛良木は前かがみになり、手を組みながら言った。
「だから、本当に越えるべきなのは『壁を越えられない自分自身』だと、先生は思うな。」
「壁を越えられない…自分自身…」
「…なんてね!アドバイスになってるかわかんないけど…」
久夛良木は立ち上がり、おちゃらけて言った。
「いえ!自信が湧きました!ありがとうございます!!」
零音も立ち上がり、久夛良木に頭を下げた。
「ははは!よかった!それじゃあ先生は研究に戻ろうかな!」
「はい!頑張ってください!!」
久夛良木は手を振ってその場を去った。
「今の自分を超えるか…よし…!!」
零音は手を強く握りしめた。
――――――――――――――――――――――――
五時間後、辺りはすっかり暗くなり、子供たちはいなくなっていた。
そんな広場で一人、零音は修行をしていた。
「ふっ…!はっ…!」
零音は空中にパンチやキックを何度も繰り出していた。
(もっと強くなるんだ…!!)
「ハロー!」
すると突然、零音の背後から顔を覗き込むように、マテリアスが現れた。
「!?なんだお前!!?」
零音は突然のことにこれ以上ないほどに驚いた。
そのマテリアスは全身が木のような姿で、右手の指は枝のように長く、そこから枯れた橙色の葉っぱが生えていた。そして左手には、ペンのような注射器、"シャープインジェクター"を持っている。
「お前もムーブメントか!?」
零音はユーティライザーを慌てて腰に装着した。
「違う違う。あんな奴らと一緒にされちゃ困るなぁ…」
そのマテリアスは両手を大きく広げ、左手でシャープインジェクターをまるでペン回しのようにクルクル回した。
「私こそ!世界最恐のマッドサイエンティスト!!そうだな…ウィザーティーチとでもしておこうか。」
「ウィザーティーチ??」
「変身しろ。リバイトレオン。」
ウィザーティーチと名乗るマテリアスは、シャープインジェクターの先端を零音に向けて言った。
「僕のことを知ってるのか?まあいい…」
零音はマガジンを起動し、ユーティライザーにセットした。
《ジャスティスクリエイト》
《ローディング》
「変身!!」
そしてレバーを倒した。
《ユーティライズ》
《リバイトレオン クリエイト アクティブ》
零音はリバイトレオンに変身した。
「フッフッフ…そんじゃあ行くぞぉ!!」
ウィザーティーチはシャープインジェクターを地面に突き刺した。
するとウィザーティーチの前方に巨大な木が生えてきた。
その木には枯れたモミジの葉っぱが生えている。
「うわっ!木!?」
「ぃよいしょぉ!!」
ウィザーティーチは木を思いっきり片足で蹴った。
すると、大量の枯れ葉が木から落ちてきて、あっという間に視界が遮られた。
「うわっ!前が見えない…!!」
枯れ葉を手でかき分けていると、突然横からシャープインジェクターをナイフのように扱うウィザーティーチに脇腹を斬られた。
「ぐぁっ…!!」
レオンは一瞬よろけ、脇腹を押さえた。
ウィザーティーチの姿はもう見えない。
(どこにいるか全然わからない…!!)
レオンはキョロキョロとウィザーティーチを探した。
しかし、今度は左横から脇腹を斬られた。
「うわっ…!」
「ほれほれどうしたどうした!」
枯れ葉の雨の奥からウィザーティーチの声が聞こえてきた。
次の瞬間、レオンの後ろからガサガサという枯れ葉が何かにぶつかる音が、接近していることに気づいた。
「そこだっ!」
レオンは音が自分に近づいたタイミングで、音の方向を殴った。
レオンのパンチは当たった。
しかしそれはウィザーティーチではなく、飛んできた丸太だった。
「え!?ぐあああああああっ」
困惑していると、今度は後ろから背中を斬られた。
レオンはその場に倒れた。しかし、すぐに起き上がり、体制を整えた。
「視界や音だけに頼ってたらいつまでも俺に攻撃を当てられないぜ?」
また枯れ葉の向こう側から声が聞こえてきた。
(視界や音に頼らずに?そんなのどうやって…)
レオンはライジンとの戦いを思い出した。
ライジンの速さに目が追い付かなかったことを。
(そうだ…僕は今まで視界と音に頼りすぎてた…だから輝石を乱用してライジンに負けた…)
レオンは構えていた腕を下ろし、目を瞑った。
(気配を感じ取るんだ…敵は生きている…気配があるはず…)
すると、正面からウィザーティーチの気配を感じ、レオンは目を開いた。
「来るっ…!ぐはぁっ!!」
しかし、動くのが遅すぎたため、もろに食らってしまった。
(もっと集中するんだ…感じたらすぐ体を動かせ…)
レオンは再び目を瞑った。
そして、後ろから迫りくるウィザーティーチの気配を感じた。
「そこだっ!!」
レオンは目を開け、攻撃を避け、ウィザーティーチの腹にパンチを当てた。
「ぐっ…!!」
(当たった!!)
「うおおおおおっ!!」
レオンはもう一発ウィザーティーチにパンチを当てようとする。
「ああああっ!ちょっと待った!!」
「え?」
ウィザーティーチは手を前に突き出し、レオンは思わず静止した。
降り注いでいた枯れ葉はすべて降り終わり、視界が開けた。
「今回はここまで!その感覚忘れんなよ。」
「え?今回?」
「頑張ったご褒美だ。ほれ。」
ウィザーティーチはレオンに向かって小さい何かを投げつけた。
「わっ!」
レオンは咄嗟に投げられたものをキャッチした。
「これは…マガジン!?」
投げられたものは、新たなマガジンだった。
「なんでマガジンを…」
「ドロンッ!!」
「うわっ!!」
レオンがウィザーティーチの方を向くと、地面に積もった枯れ葉が空中を舞い上がり、再び視界が遮られた。
枯れ葉が降り止むと、そこにはウィザーティーチの姿はなかった。
レオンは変身解除した。
「ウィザーティーチ…何者だったんだろう…?」
零音は渡されたマガジンを見つめた。
遠くの木の影からそんな零音の様子を見ているウィザーティーチは、左手でシャープインジェクターのボタンを押した。
するとウィザーティーチの姿は人間の姿になった。
その姿は、久夛良木 登だった。
久夛良木は右手だけがまだ怪人の状態になっており、さっきより枝のような指が短くなっている。
シャープインジェクターをポケットにしまい、その手を隠すように手袋をつけた。
そして、怪しい笑みを浮かべながらその場から去っていった。
――――――――――――――――――――――――
月野山頂上。
ウルスは何日もここに来て風を斬る修行をしていた。
「はあっ!!」
ウルスがカグツチを横に振ると、吹き荒れていた風がピタッと止んだ。
(…!!斬れた!)
「うっ…!!」
ウルスは火力の高さに耐え切れず、強制変身解除され、しゃがみこんだ。
「これならいける…やつを倒せる…!!」
――――――――――――――――――――――――
嵐野市のビルの屋上。
再び雨が降り、強い風が吹き荒れていた。雷も鳴っている。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「あの!避難指示が解除されたらまたここでお会いしませんか?」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ライジンは、小屋での女性との約束を思い出し、うつむいていた。
「どうしました?ライジン。」
そんなライジンにフウジンは話しかけた。
「なんでもねぇよ…」
ライジンは立ち上がった。
「来いよ…もう一度痺れさせてやる…」
――――――――――――――――――――――――
翌日、零音の自宅。
「嵐野市でまた異常気象が発生している。彼らが現れたようね。」
咲来は雨雲レーダーを見ながら言った。
「行きましょう師匠。今度こそあいつらを倒しましょう!」
「ああ。」
零音と玄司と咲来は、再び嵐野市に向かった。