第3話 修行
ここは虹林市の中心街にある焼肉屋〈大倫園〉。
土曜の昼ごろ、ランチタイムで賑わっている店に二人はいた。
「師匠…これ、修行と関係あるんですか…?」
網の上でジュージューと焼かれる牛カルビを眺めながら零音は言った。
「食事は戦闘において最も重要なことだ。いつ食えなくなって力が出なくなるかわからんからな。食える時に食える分を食えるだけ食っておけ。」
そう言って玄司は充分に焼かれた牛カルビにタレをつけ、口に入れた。
「だからってなんで焼肉…?」
疑問を抱きつつ零音も焼けた牛カルビにタレをつけ、頬張った。
「!?うまっ!!」
あまりのおいしさに零音は大声を上げ、さらにライスを口に掻き込んだ。
「失礼しまーす。卵スープです。」
店員が卵スープを二つ運び、テーブルに置いた。
「この店は卵スープも絶品だ。飲んでみろ。」
玄司にそう言われ、零音は卵スープを口に運ぶ。
「いただきます…ズズッ…!!コショウが効いてておいしい!!」
玄司も卵スープを飲み、満足そうに鼻息を吹いた。
零音は肉とライスを同時に頬張り、卵スープで流し込んだ。
「プハァッ!!」
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完食した二人は中心街を歩く。
「いやぁごちそうさまでした!あんなおいしいご飯が食べれるなんて最高の修行だなぁ。次はどこに行くんですか?」
零音は満腹になったお腹をさすりながら聞いた。
「月野山だ。」
「月野山!?あんな高い山登るんですか!?」
月野山は標高2125m、虹林県で最も高い山だ。
「そうだ、あそこは酸素濃度が低く、体に負荷がかかりやすい。それに足場も安定しないから体力もつく。体を鍛えるのには打って付けだ。」
「最悪の修行だ…いやいや!これもヒーローになるため!頑張って山登るぞ!!」
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「ハァハァ…ししょ~…ちょっと待ってくださいよぉ~…。」
月野山を登山中の零音は、かなり玄司から離れた位置で、重い足を、ゴロゴロと石が転がる地面に踏みしめ、山を登っていた。
「遅いぞ。遭難したくなかったら早くついてこい。」
玄司はそんな零音を置いてさっさと先に進んだ。
「あ、ししょ~~!一回ちょっと休憩しましょうよ~!」
零音は少しずつ玄司を追いかけた。
10分後。とっくに玄司の姿を見失った零音は無我夢中で山を登っていた。
霧も深くなり、前はほとんど見えない。
すると霧の奥に、立ち止まっている玄司がうっすらと見えてきた。
「あれは…師匠…!」
零音は力を振り絞り、玄司のもとに駆け寄った。
「師匠…!ハァ…待っててくれたんですね…!」
「止まれ。」
駆け寄ってきた零音に玄司はその一言だけで返した。
玄司が見つめる先にあったのは、岩が崩れ落ち、途切れていた道だった。
「道が途切れてる…!この先には行けませんね。」
零音が諦めた次の瞬間、玄司は大きく飛び上がり、大きな穴を飛び越え、向こう側の道に着地した。
「お前も飛べ。」
「え…!!?」
零音は穴を覗き込んだ。霧で下はよく見えないが、かなりの高さだ。落ちたら助からないだろう。
零音の顔は青ざめた。
(ただでさえここまでの道で疲れてるのに、そんなの無理だ…。)
「怖いか?」
「いえ!怖くなんか…」
零音の足は震えていた。
「一番の敵は恐怖心だ。敵を恐れていたら戦うことすらできないぞ。」
「…!!」
その言葉を聞いた零音はハッと我に返った。
(そうだ…僕はこれから、僕のことを殺そうとしてくる敵と戦うことになるんだ。いちいち怖がってたらまともに戦えない!)
零音はギュっと拳を握りしめた。
「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」
そして、助走をつけ、思いっきりジャンプした。
空中で何度か腕を振り、そして向こう側の道に着地した。
「うわっわっ!ああっ!!」
しかし、着地した零音はバランスを崩し、真っ逆さまに穴に落ちた。
穴に落ちた零音の左足を、玄司は咄嗟に掴んだ。
「合格だ。」
玄司は零音を引き上げた。
「ハァ…ハァ…ありがとうございます…。」
「もうすぐで頂上だ。行くぞ。」
玄司は歩き出し、零音は立ち上がり、追いかけた。
5分ほど歩き、ついに頂上にたどり着いた。
「ついたぞ、頂上だ。」
「ハァ…やっとついたぁ…。」
零音は力を抜き、地面に座りこんだ。
「ここからが本番だぞ。気を抜くな。」
「え!?ここから…?」
完全に気を抜いていた零音はその言葉に絶望した。
「お前、能力で刀を作ることはできるか?刃のついていない。」
「刀ですか?やってみます。」
零音は目を瞑り、刀を頭に思い浮かべ、右手を開いた。
「ふっ!!」
思いっきり力を込めると、右手から刃のついていない、輝石でできた刀が生成された。
零音はその刀を握った。
「それで俺に一回でも攻撃を当ててみろ。」
玄司は狼刀:カグツチを竹刀袋から取り出し、鞘から引き抜いた。
「一回でいいんですか?それなら楽勝ですよ!はぁっ!!」
零音は大きく踏み出し、斬りかかった。
しかし、玄司はカグツチで攻撃を防いだ。それも片手で。
「え…?」
「弱いな。それになんの計画性もない。」
玄司は零音の刀を払いのけ、カグツチの峰で脇腹に打撃を与えた。
「うぐっ…!」
倒れ込んだ零音の顔に玄司はカグツチの先端を突き立てた。
「訓練は終わりだ。今のが実戦だったらお前は死んでいた。」
玄司はカグツチを鞘に収め、下山しようとする。
「待ってください!!ここまで来て諦めきれるわけないじゃないですか!!」
零音は立ち上がり、刀を構えた。
「もう一度お願いします!!」
「実戦にもう一度はない。死んだら終わりだ。」
「たとえ死んでも、僕は諦めません!!」
玄司は零音の言っていることを理解できなかった。しかし、零音の熱い眼差しを見てしばらく考えたあと、再びカグツチを鞘から引き抜いた。
「来い…。」
「っ!!うおおおおおぉぉぉ!!」
零音の刀と玄司のカグツチは大きく衝突した。
(いつもより力が入らない…息が苦しい…力押しはできない。それなら…。)
零音は一度後ろに下がり、玄司の横に回り込んで斬りかかった。
「はぁっ!!」
「遅い…!」
斬りかかる零音より先に玄司が急接近し、零音の頭にカグツチを振り下ろした。
「ぐぉっ…!!」
零音は白目を剥き、膝から崩れ落ちた。
玄司は倒れる零音を背に、再び下山しようとした。
「も…もう一回…。」
立ち上がる零音に玄司は静かに驚き、目を見開いて振り向いた。
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零音は激しい連続攻撃を必死に刀で防御するが、そうしているうちに刀は真っ二つに折れた。
「折れた!?うっ…」
折れた刀を気にしているうちにカグツチで首を殴打された。
「くっ…もう一回…!」
零音は再び立ち上がり、新しい刀を生成した。
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それから何度倒れても零音は玄司に挑んだが、一度も攻撃を当てることはできていない。
「もう一回…!!」
(こいつ…何度気絶すれば気が済むんだ。)
零音の刀と玄司のカグツチは再びぶつかった。
(勝てない…でも諦めるな…未来を諦めるな!!)
「うああああああああああっ!!!」
(…!?さっきよりも力が強まってる…?)
零音は力を最大限に振り絞り、押された玄司は、今まで片手で持っていたカグツチを両手で持つ。
(隙を見つけろ…。師匠の隙…いや、見つけるんじゃない!隙を作るんだ!!)
零音は激しい連続攻撃を与え続けた。
そして、玄司が少しバランスを崩したその時、零音は仕掛けた。
(今だっ!!)
「はあああっ!!」
零音は全身の力を腕に込め、カグツチごと刀を上に振り上げた。
両腕が上に上がった玄司の体はがら空きだ。
「うおおおおおおおおおおぉぉぉっっ!!」
体制を整えられる前に素早く接近し、玄司の脇腹を刀で殴った。
「くっ…」
ドスッ…という重い音が玄司の体中に響き渡った。
玄司は殴られた脇腹を押さえてしゃがみこんだ。
「やった…。ハァ…一撃与えた!!うっ…」
歓喜した零音だったが、疲労によって限界を迎え、気絶した。
「ハァ…世話のかかるやつだ…。」
玄司はカグツチを納刀し、零音を肩に背負い、下山した。
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「う~ん…あれ、ここは…?」
「家だよ。玄司くんが運んできてくれたわ。」
目覚めた零音に咲来は答えた。
零音はソファーで横になっていて、体はあざだらけになっており、包帯がいたるところに巻かれている。
「そうだ!修行!どうなったんだっけ!?イテテ…」
急に体を起き上げたため、傷が痛んだ。
「合格らしいわ。毎日の自主練も忘れるなって玄司くんが。」
「よかったぁ…!!」
零音は安心して再びソファーに寝転んだ。
「これでヒーローに近づけたかな…!」
「うん…!きっと零音ならなれるよ!」
こうして、零音は玄司との修行を終え、いよいよ戦いに踏み出すことになる。