第2話 敵と味方
「ぐああっ!ちょっと待ってって!」
レオンはウルスに体を斬られ続ける。
レオンのアーマーから火花が飛び散る。
レオンは透明な壁を生成してウルスの攻撃を一度止めた。
「また姿を変えているのか…。相変わらず趣味の悪いやつだな。」
「なんの話だよ!」
ウルスは壁を横から回り込み、レオンを下から上に斬り上げた。
「ぐわああああああぁぁぁ!!」
レオンは空中で縦に一回転し、倒れこんだ。
ウルスは刀の柄からはみ出しているUSBメモリのようなものの先端を押し込んだ。
『リローディング!』
刀は激しく燃え上がり、和風な待機音が鳴り響く。
ウルスはレオンにジリジリと迫り、刀を振り上げた。
「終わりだ。」
ウルスは刀の柄についているトリガーを押し込み、思いっきり刀を振り下ろした。
「待って玄司くん!その子は氷のマテリアスじゃない!」
咲来がそう叫んだ瞬間。ウルスの姿は人間に戻り、刀の火も消えた。
「っ!?カグツチ!なぜ変身解除した!!」
『そいつからはなんの匂いもしない。お前は今何と戦ってるんだ?』
どこからか、もう一人の男の声が聞こえた。
目の前の状況を理解できず、レオンは唖然としていた。
そんなレオンと、玄司と呼ばれる男のもとに咲来が近づいてきた。
咲来はレオンのベルトのレバーを斜め上に上げ、USBメモリのようなものを抜き出した。
すると体の鎧は消滅し、レオンは人間の姿に戻った。
「この子は私の息子!氷のマテリアスなんかじゃない!」
咲来は玄司に零音の姿を見せ、そう言った。
「息子だと?ババア、お前子供いたのか?」
「またその呼び方!私はまだ31よ!!」
「か、母ちゃん、この人知り合い?」
零音は初めて会う男、それも変身し、自分に襲い掛かってきた男と母親が知り合いであることが不思議で仕方なかった。
「う~ん、ちょっとね。これは1から説明したほうがよさそうだなぁ。」
咲来は頭を抱え込み、目を瞑るが、すぐに目を開けた。
「よし!一回家に帰ろう!ほら!玄司くんも来て!」
「なんで俺も…」
「あなたにも話があるから!さあ早く早く!」
咲来は零音と玄司を手招きした。
そして三人は零音の家まで歩いた。
辺りはすっかり日が沈み、暗くなっていた。
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「さあ!というわけで!お勉強のお時間です!」
家についた三人。リビングで咲来は零音と玄司を前に、張り切ってホワイトボードを取り出した。
「まずは零音!あなたにいろいろと説明するね!」
「うん。」
「あなたを襲ったあの怪物、あれは"マテリアス"と呼ばれるものよ!」
「マテリアス?」
「マテリアスっていうのは"リブ細胞"と呼ばれる不思議な細胞によって物が意志をもち、そしてその意志を持った物が人間に寄生し、怪物に変貌したもののことを言うわ。」
「物が意志を持って人間に寄生する!?」
「そう、例えば…」
咲来はテーブルの上に置いてあった消しゴムを手に取った。
「この消しゴムとリブ細胞が融合すれば、消しゴムは意志を持って、そして人間に取りつくと消しゴムの怪物になる。さっき零音が戦ったのはチョークのマテリアスかな。」
「じゃあ、チョークが意志を持って渡辺くんに…そうだ!渡辺くんは!?」
零音は怪物からもとに戻り、倒れていた渡辺のことを思い出した。
「大丈夫よ、私が救急車呼んでおいたから、今頃病院にいるはず。」
「そっかぁ、よかった~。」
「なぜ心配する?やつはお前を殺そうとしていたんだぞ?」
安堵する零音に玄司は水を差す。
「え?ただ暴れてただけじゃないの?」
「そうね、渡辺くんは自らの意志で、零音に襲い掛かった可能性が高い。」
咲来ホワイトボードに図を書き始めた。
「リブ細胞と物が融合して物が意志を持った状態、この状態を"コア"と呼ぶの。でもコアは生きているだけで知能がない。そこでコアは知能を得るため、知能が高い人間を本能的に狙い、寄生する。そうして寄生された人間はマテリアスになる。そして、マテリアスには2つの段階があるの。"フェーズ1"と"フェーズ2"。」
「段階?」
「フェーズ1は寄生されて間もない状態。この間は寄生された人間の意志と、寄生して知能を得たコアの意志。その二つの意志が同時に存在することになる。二重人格みたいなものね。」
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「伊武 零音…殺す…」
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零音はチョークマテリアスが言葉を発したことを思い出した。
「あのマテリアスは僕の名前を呼んでた。じゃあ渡辺くんは自分の意志で僕に襲い掛かってきたってことなのか。」
「なにかしら恨みがあったのかもね。」
「でも、たとえ僕に恨みがあったとしても無事でよかったって僕は思うよ!」
零音の純粋な眼差しから玄司は目をそらした。
「それで、フェーズ2は?」
「フェーズ2はね、人間の意志とコアの意志、どちらか弱いほうの人格が消え、完全に同化することでさらに強力な力を持った状態なの。」
「え…!?」
零音は咲来の発言に耳を疑った。
「どちらかの人格が…消える…?」
「そう、だから倒しても人間とコアの分離は不可能。もう手遅れね。」
「じゃあどうすれば…!?」
「そうすぐにフェーズ2になるわけじゃないの。だからフェーズ2になる前、フェーズ1のうちに倒さなければならない。」
「もし、フェーズ2になっちゃったら…?」
「フェーズ2はフェーズ2でも、二種類に分類されるの。人間の人格が消え、コアの人格に完全に体を乗っ取られたマテリアス。これを"エボルヴ"。そして、コアの人格が消え、人間の人格が残って、体だけが完全にマテリアスになった個体。これを"リメイン"と呼ぶ。」
咲来はホワイトボードに書いたフェーズ1の文字から矢印を二つ引き、それぞれの矢印の先に『エボルヴ』、『リメイン』と書いた。
「フェーズ2がリメインで、力を悪用しないと約束してくれるんだったら倒さなくてもいいけど、エボルヴだった場合は…乗っ取られた人間はすでに死亡している。だから倒すしかないわね。コアはエボルヴになるために全力で寄生した人間の意志が弱まる行動をするわ。だからリメインになる確率は非常に低いの。」
「なるほど…それなら、やっぱりフェーズ1のうちになんとかしないと!」
「さて、ここまでがマテリアスの生体のお話。理解できた?」
「うん、なんとかね。」
咲来はホワイトボードに書いたマテリアスの情報を消した。
「じゃあ次はそのマテリアスを使って悪事を働いているやつらについて話していくわよ。」
「悪事を?…悪の組織!?」
「まぁ、そんな感じね。マテリアスの出現は自然に起きるものじゃないの。誰かが故意に生み出しているのよ。そいつらの名は"ムーブメント"。そしてそのボスは"アダム"と名乗っている。」
「ムーブメント…なんでそんなことを?」
「彼らの目的は"新世界の創造"…らしいわ。選ばれた人間以外を殺し、マテリアスたちに環境を整えてもらい、争いのない世界で生活すること。」
「マテリアスたちが環境を整える…?」
「ええ、例えば火のマテリアスだったら火を自由自在に操れるから火には困らないし、電気のマテリアスなんかいたら無限に発電できてだいだいは生活に困らないしね。」
「それがムーブメントの目的…。」
「馬鹿げた理想郷だな。」
玄司はボソッと呟いた。
「じゃあつまり、そのアダムってやつを倒せばいいんだね!」
「ええ、まぁそうね。でもそんな簡単にはいかないわよ。アダムのもとにはすでにフェーズ2のマテリアスが何体もいるって話だし。」
「フェーズ2が何体も…。そういえば母ちゃんはなんでそんなこと知ってるの?」
「えっ?ああ…じつはね、数年前からMr.INDIGOと名乗る人物から敵についての情報が送られてくるのよ。」
「ミスター…いんでぃご…?」
「そいつは信用できるのか?」
玄司は腕を組み、壁に寄り掛かりながら咲来に聞いた。
「わからない…だけど情報源がこれしかないから信用するしかないのよ。」
「あ、そうだ!あんた!さっきなんでいきなり襲い掛かってきたんだよ!」
零音はさっき襲われたことを思い出し、玄司を指さして言った。
「お前の能力が俺の探してるやつに似てたもんでな。つまり人違いだ。」
「人違いって…こっちは死にかけてるんですけど!!」
『玄司、たとえリバイトだったとしても間違えて攻撃したんだ。ちゃんと謝れ。』
その時、この空間にいる三人のうちの誰でもない声がリビングに響いた。
「ん?今誰か喋った?」
零音はあまり聞き覚えのない声に戸惑った。
「ああ、二人の紹介がまだだったわね。この子は西街 玄司くん、7年前からリバイトウルスに変身してマテリアスと戦ってるの。」
「7年前から!?てことは先輩ヒーローじゃないですか!すいません!これからは敬語使います!」
「鬱陶しいやつだな。さすがババアの息子だ。」
「またその呼び方……!!!はぁ…、冷たいやつだけど昔からそうだから気にしないで。それから、さっき喋ってたのがこの刀。狼刀:カグツチ。」
咲来はリビングのテーブルに置かれた刀の鞘に手を置いて言った。
『カグツチだ。さっきは玄司がいきなり襲い掛かってすまなかったな。俺ももっと早く変身解除させるべきだった。』
「刀が喋ってる!!??これどうなってるの!?」
「この刀の中にはマテリアスのコアが埋め込まれているの!火のマテリアスのね。」
「火のマテリアスが!?」
「カグツチはエボルヴだけど人間に友好的なマテリアスなの。あることで体を失ったから私が刀に改造したのよ!」
「え、母ちゃんが!?母ちゃん何者!?」
「ふっふっふ…母ちゃんじつはね…」
咲来は丸眼鏡をかけ、ぶかぶかの白衣を羽織った。
「天才科学者なの!!」
「ええええええええ!!!母ちゃん科学者だったのおおおおお!!???」
「家族なのに知らなかったのかよ…。」
玄司は苦い表情をしながら呟いた。
「零音が使った変身ベルトを作ったのも私でーす!」
「これも母ちゃんが!?母ちゃんすげえ!!」
零音は輝いた目でベルトと咲来を交互に見た。
「ちなみにその変身ベルトには名前があるの!"ユーティライザー"それがそのベルトの名前よ!」
「へ~これユーティライザーっていうのか~。」
「そしてユーティライザーにセットしたそれ!」
咲来は零音が変身に使用したUSBメモリのようなものを指さした。
「あ、これ?そういえばこれなに?」
「それは"弾倉"といって、能力のデータが込められているものよ。玄司くんが使ってるのは"ブレイブファイヤーマガジン"。火の能力のデータが込められてるの。零音のやつは…えーと…〈JUSTICE CREATE〉って書いてあるから"ジャスティスクリエイトマガジン"かな!」
「おいババア。」
ジャスティスクリエイトマガジンを手に取り、見つめている咲来に玄司は話しかける。
「な ん で す か!!!??」
「そいつは本当にお前の息子なんだな?」
「ええ、そうよ。零音は私の息子よ。」
「つまり人間なんだな?だったらさっきの能力はなんだ?あれはマテリアスのそれにしか見えなかったぞ。」
玄司は零音が生み出した透明なトゲや壁のことを思い浮かべ、聞いた。
「それなんだけど…わかんない。」
「は?」
「一応サンプルとして欠片はとってきたんだけど、冷たくもないし溶けることもないから氷ではないのよね~。」
「母ちゃん、僕の体はどうなっちゃったの?」
零音は不安そうな顔で咲来に聞いた。
「…大丈夫!零音は零音!きっと奇跡が起きただけよ!」
咲来は明るく答えた。
「そうだ!零音が生み出すこの物体!これから輝石って呼ばない?奇跡的に生まれたものだし!綺麗だし!」
「輝石…!いいね!」
「洒落かよ…。」
二人は盛り上がってる中、玄司は呆れた顔で言った。
「あ、そういえば零音!いくら変身できたとしても戦闘経験なんてないから玄司くんに戦い方を教わったら?」
「は?なんで俺が!?」
壁に寄り掛かっていた玄司は身を乗り出した。
「これから"リバイトレオン"として戦うんだから、戦いの先輩に教わるべきじゃない?」
「たしかに…玄司さん!僕を弟子にしてください!」
零音は頭を下げた。
「ふざけるな。なにが弟子だ。これは遊びじゃないんだぞ。」
玄司はテーブルの上のカグツチを手に取り、玄関に向かって歩き始めた。
「お願いします!僕は、ヒーローになりたいんです!!」
「…!!」
その言葉を聞いた玄司は足を止めた。
「ヒーローになんかなっても…いいことはないぞ。」
「それでも僕は、誰かを守るためにヒーローになりたいんです!」
玄司は黙り込んだ。
零音は頭を下げ続けている。
数秒間沈黙が続き、玄司は口を開いた。
「土曜の朝また来る。準備しておけ。」
そう言い残し、玄司は玄関に歩いていき、家を出た。
零音と咲来は固まった表情が溶け、笑顔になった。
「やったぁ!弟子入りした!!」
「がんばりなよ!零音!」
零音はガッツポーズし、咲来も一緒に歓喜した。
零音の家を後にする玄司にカグツチは話しかけた。
『珍しいな玄司、お前が弟子を持つなんて。あの男になにか思うところがあったかのか?』
「…うるせぇ。」
玄司はそう言って夜の住宅街に消えていった。