下働き令嬢は王都に帰還する 3
「準備はいいか?」
「はい……」
王都から、王国の南端にある辺境のこの地に来るときに持ってこられたものは、本当に少なかった。
でも、今のほうがもっと少ない。
この地に来て、知ってしまったの。
本当に大事なものは、お金で買えないんだって。
神官の皆様がくれたメッセージカードを大切に胸に抱く。
大事な私の宝物。
この場所に来て、たった数年だけれど、それは王都にいた日々よりもずっと濃厚で光り輝いた毎日だったから……。
「メアリー?」
「うん、私は準備万端です。ルーシアがいなくなってしまって、涙で枕を濡らす神官は多数でしょうけれど、それも些末なことです」
いくら別れがさみしかったからといって、枕を濡らすほどに下働きの私のことを思う神官様なんて、いないと思うけど……。
「そうね、私もさみしいわ」
王都にいた時は、いつも神経を張り詰めていたから。
それに、立場に見合った言動をいつも求められていたもの……。
ふと、見上げた空は、私の瞳と同じ色をしていた。
馬車の前で差し出された手は、白銀の毛でおおわれている。
そっと手を掴み、馬車に乗り込む。
「え…………?」
手を放そうとしたのに、放してもらえずに、なぜかアース様は私の隣に座った。
こんな風に、隣に座るなんて、夫婦か恋人くらいだと認識していた私には、刺激が強すぎる。
助けを求めるようにメアリーのほうを向くと、なぜか親指を立てられて馬車の扉を閉められてしまった。メアリーは、別の馬車に乗っていくらしい。
馬に乗ったままのレイモンド様も、軽く会釈をすると前に進んでいってしまう。
「…………あの?」
アース様は、馬車の窓についたカーテンを閉めた。
とたんに暗くなった車内で、アース様の毛並みだけが白く輝く。
「――――すまないが、神殿と、馬車、騎士団の中以外では人間の姿でいたい。協力してもらえるか?」
「…………っ! そうですよね、よろこんで協力させていただきます」
話を聞いたところ、貴族であるアース様には、足を引っ張ろうとする政敵が多いらしい。
そんな人間に、足元見られたくはないですものね! ご協力させていただきます。
すでに、何回かの実験を経て、私と触れあった時間分、離れた時に人間の姿でいられることはわかっている。だから、馬車の中で、こんな風に近くにいるのは、必要に迫られてよね。
アース様にとっても、不本意なはず。
でも、せっかくだから、手に触れているこのモフモフを堪能するくらいは許されるはず……。
……はあ。もふもふぅ……。
温かい手と、カーテンが閉められた馬車の薄暗さ。
…………しかも、ものすごくいい香りがする。
シトラス系の香りに紛れているのは、高い木に咲く白い花の香り。そして最後に残されるのは、香木のような微かに甘い香り……。
…………心が、安らぐ、香りだよね。すやぁ……。
「…………いい香り……しかも、ふわふわぁ……」
「――――寝言か? 無防備な……」
極上の香りと肌触り。薄暗い室内と馬車の揺れ。だって、こんなに条件がそろってしまったら眠らないほうがおかしいと、言い訳させてほしい……。
そのあとに訪れる、羞恥の時間なんて知ることもなく、私はぐっすりと寝入ってしまった。
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