下働き令嬢は王都に帰還する 1
「えっと…………」
凍えそうなほど冷たいアイスブルーの瞳が、私のことを見下ろしている。
文句なくカッコいい騎士様だ。
ただ、アース様といえば、モフモフと刷り込まれていた私にとって、別人のようにも見えてちょっと寂しい。
先ほどまで、モフモフしていた指先に目を向ければ、ごつごつした男の人の手がそこにある。
「えっと、アース様?」
「なんで疑問形なんだ」
「いいえ……。あの、月光花のお茶の効果でしょうか。神殿長様?」
「いや……。これは」
すでに事情を把握している雰囲気の三人と、まったく意味が分からない私。
だって、初対面の時も、月光花茶を飲んだ後に、元の姿に戻ったのだから、その説が有力だと思う。
そうでないのだとすれば、いったい何が……。
しばらくすると、アース様の姿は、元のもふもふに戻った。
思わず笑顔になって見つめていると、三人そろって微妙な顔をした。
あれ……。元の姿って、アース様の姿は、美貌の騎士様の方なのだわ?
その事実が受け入れられない私のほうがおかしいのだろう。
それは、理解できるのに、アース様=モフモフ騎士様という固定観念がどうしてもぬぐえない。
困ったわ……?
「ルーシア。もう一度手をつなぎなさい」
わ、もう一度魅惑のもふもふに触れてもいいのですか?!
そんな内心を押し隠して、神殿長様に指示されたからですという表情のまま、アース様の手を握る。
思わずもみもみしてしまった。いけないわ。これでは、モフモフ好きの変な女だと思われてしまう。
「ルーシア嬢?」
「はっ、はい!」
手を握っている間、真剣な表情で神殿長様が私たちの周囲をぐるりと回った。
「あなたには、見えないのか?」
「え? 何のことですか? 素晴らしい白銀の毛並みなら見えますけど……」
神殿長様と、アース様が顔を見合わせる。
私にだけ見えていないのだろうか……。なにか、目を悪くするようなことあったかしら?
「そうか……。本人には、見えないようだな。レイモンド殿、見えますか?」
「いいえ……。何かの力の流れは感じますが、俺には何も」
「――――なるほど。さあ、そろそろ手を離してみなさい」
残念……。じゃないわ、さっさと離すのルーシア!
名残惜しさに指先の先をそっと離す。白銀のつやつやな毛並みから、目が離せない。
けれど、しばらく見つめていた指先は、いつの間にか剣だこが目立つ無骨な男の人の手になっていた。
「わぁ…………?」
働き者の手に違いない。
先ほど感じてしまった、残念な気持ちなんて吹き飛んで、私はその素晴らしい手を見つめる。
貴族の男性たちの、柔らかくて細い指先なんかよりも、素晴らしい……。
それにしても、騎士のアース様。
アース様は、貴族なのよね? もっと長い名前なのかもしれないわ。
白銀の髪に、アイスブルーの瞳の騎士様……。あと、もう少しで思い出せそうなのに?
ふと、顔を上げると、なぜかバッチリとアイスブルーの瞳と目が合った。
あまりに、見過ぎて失礼だったわ……。
慌てて目を逸らす。
「これでわかっただろう?」
「えと……。ごめんなさい、なにがでしょうか?」
神殿長様の言葉の意味が、本気でわからない私と、なぜわからないのだという視線を向ける三人。
「――――そうだな。そういうものか……。ルーシアに触れると、なぜかアース殿の姿は元に戻るようだ」
「えっ?」
「…………それが事実だ」
「…………えっと」
もしかして、もふもふに触れ放題ということでしょうか?
たぶん、そんなことを考えてしまっていることに周囲は気がつかない。
いや、気がつかれてはいけないことね。これは……。
「ということで、ルーシア。そろそろ、王都に戻りなさい」
「え?」
「王都に戻るんだ。今日中に出立するように、ルーシア」
平和だった日々は、嵐とともに終わりを告げる。
なぜか、私は神殿長様に、鬼門である王都行きを告げられてしまったのだった。
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