聖女と聖騎士様 1
少し、書きたりない聖騎士様達の番外編です。
レイモンド様編です。
いつものように、早朝に神殿に祈りを捧げ、王宮に戻る。
私の後ろからついてくるのは、他の人には認識されないだろうレイモンド様だ。
今日の護衛は、レイモンド様が担当するようだ。
アース様は心配性で、私が一人になることがないように、新たに任命された聖騎士様を護衛につけている。城内や、神殿内では大丈夫と言っても、聞いてもらえなかった。
振り返るときに、白いドレスがふんわりと広がった。
聖女の衣装は、白と決まっているから、神殿に行くときには白いドレスを身につける。
ドレスがシンプルなのはいいのだけれど、私の胸元に輝くのは、アイスブルーの大きな宝石がついたネックレスだ。
頂いたときには、あまりの豪華さに震えてしまった。
一緒にいればいるほど、アース様と私の金銭感覚の違いに戸惑ってしまう。
……それはともかく、お忙しいレイモンド様が私の護衛担当になることはめったにない。
私には、二人になったときに、どうしても聞いてみたいことがあった。
「……レイモンド様」
「なんでしょうか、ルーシア様」
「……どうして、聖騎士団長を辞退されたのですか?」
レイモンド様は、副団長の地位に甘んじている。
実力やアース様の下で第一部隊副隊長を務めていた功績から考えれば、次の騎士団長はレイモンド様だと誰もが思った。
けれど、レイモンド様は頑なに、騎士団長就任を拒んだ。
なぜか、アース様も強く団長就任を勧めることはなく、熊のような体格と焦げ茶の髪をした、ディラン・ボルドー様が、聖騎士団長に就任した。
背が高くてグレーの髪と青い瞳。
優しくて、誠実な印象を受けるレイモンド様の姿がハッキリと現れた。
密かに、聖騎士様用に作られた白い制服が一番よく似合うのがレイモンド様だと思っている。
本当は、アース様にも着てみてほしいけれど、国王陛下になってしまったから、着てもらうことができなくて残念だ。
「……ルーシア様」
「……なぜ、レイモンド様は、聖騎士団長にならなかったのですか?」
今でも、書類仕事はほとんどレイモンド様のお仕事だ。
実力についても、アース様と同等と言われている。聖騎士様達の中で、一番強いのもレイモンド様だ。
「ルーシア様は、俺のことをどう思いますか?」
「えっ? 頼りになるし、素敵だし、強いと思います」
「…………ありがとうございます。ただ、今言いたいのはそういうことではなく」
――――レイモンド様が、言いたいのは、魔力を消費しないとその姿を現すことができないこと、だろうか。
「…………ルーシア様。一度、死にかけたことがあるんです」
「レイモンド様?」
「その時に、助けてくださったのが、第一部隊隊長だったアース様でした」
レイモンド様が、うつむくと癖のあるグレーの髪の毛が、青い瞳を覆い隠す。
どこか消えてしまいそうな雰囲気に不安になってしまう。
「本当は、副団長の就任だってお断りしたいくらいです。俺としては、アース様とルーシア様のそばで、護衛をさせていただければ、それで十分なんです」
「レイモンド様、それはいったい……」
「俺の場合、気配がない方が通常だってこと、もうおわかりでしょう?」
不思議なことに、レイモンド様は、魔力が強く魔法を使いこなす人でも長時間使うのは難しい気配遮断の魔法を常時使っている。
そう、周囲は認識している。
けれど、レイモンド様の場合、気配がないのが通常の状態なのだ。
「周囲に認識されるためには、魔力を使って相手に気配を感じさせなければならない。そんな俺が、重傷を負ったらどうなると思いますか?」
「え……」
ドクドクと心臓が音を立てる。
もし、魔力を使わなければ他人に認識されないレイモンド様が、重傷を負ったら。
魔法が使えない状態になったら……。
「きっ、危険ではないですか!」
「……だからですよ。騎士団長になることは、出来ません」
「むしろ護衛しているときは、私がお守りいたしますね?」
その瞬間、レイモンド様は優しげにいつも細められている瞳を、大きく見開いた。
何かおかしなことをいってしまったのだろうか……?
しばらく、私とレイモンド様は無言で見つめ合っていた。
「く……。ははっ」
けれど、その沈黙の時間はレイモンド様の笑い声で終わりを迎えた。
「……レイモンド様?」
「助けてくださったときの、アース様と同じことをおっしゃるのですね。しかし、それでは護衛の意味がありません。お二人は似たもの夫婦なのでしょうか?」
「…………」
「…………本当に、危険なことに首を突っ込むのはやめて、黙って守られていてください。俺が、完全に魔力がつきるような状況では、逃げるものですよ?」
レイモンド様が、妙に深刻な声で私に話しかける。
けれど、私は密かに心に決めてしまった。
レイモンド様のことを、絶対にお守りしてみせるって。
***
朝の祈りを終えて、気配のないレイモンド様と一緒に王宮に戻る。
王宮の部屋は、王と王妃である聖女それぞれに与えられているけれど、私はまっすぐにアース様の部屋へと向かった。
私の部屋は、物が置いてあるばかりでほとんど使っていない。
そもそも、アース様のお部屋だけでも、小さなお屋敷くらいあるのに、一人で過ごすのはさみしいのではないだろうか。
「お帰り、ルーシア」
扉を開けると、アース様がいた。
振り返ったアース様は、もふもふのお姿に戻っている。
魔獣は、王都だけでなく、辺境まで数を減らしている。
それは、聖獣様のお力が王国全土に届いているという証拠なのだけれど、聖獣様が力を使いすぎると、アース様は、もふもふの姿に戻ってしまうのだ。
「アース様こそ、お帰りなさいませ!」
いつのまに戻られていたのか、視察に出かけていたはずだったのに。
帰るのは、明日になるはずだったのに。
うれしくて、走って抱きついてしまう。
たくましくて頼りになる腕が、私のことを包み込んだ。
「大人しくしていたか?」
「はい! でも、大人しくなんて……。子どもじゃないんですから」
「そうか」
なぜか、聖騎士様達とアース様は、私のことを子ども扱いしたがる。
まぁ、大人しくしていたかについては、真剣に祈りすぎたところ、王都中に銀の星の光が降り注いでしまったり、その結果、王都中の草木が花を咲かせてしまったり、騒ぎは起こしているから、黙っておきたい。
言いつけないでとレイモンド様を見れば、明らかに苦笑している空気だ。
「レイモンド、護衛ご苦労」
「は。それでは下がらせて頂きます」
レイモンド様がいなくなる。
アース様の元に転移したせいで、私が急に消えてしまってから、レイモンド様の私に対する過保護はとどまるところを知らない。
相変わらず、不思議な雰囲気のお方だわ。
私は、すぐに見つけることが出来なくなってしまうその背中を見送った。