呪いのモフモフと下働き令嬢 5
月光花のお茶を持って、応接間に戻ると、ちょうど三人は話を終えたようだった。
「お待たせしました」
そっと、お茶をテーブルに置いていく。
なぜか、アース様だけは、アイスティーで用意した月光花のお茶に視線が釘付けだった。
余計なことをしたのかしらと、ドキドキとした心臓を鎮めようと胸に手を当てる。
けれど、アース様はやっぱり狼の顔のまま私に笑いかけて一言、「……気遣い感謝する」と言った。
本当に、アース様こそ気遣いの達人に違いないわ。本当に、立派な騎士様なのね。
そんなことを思っていると、大きな口を開けて注ぐようにアース様が月光花のお茶を飲んだ。
今度は、熱くないだろうから、安心して見ていられる。よかった。
一人感心したり、ホッとしたりと心の中で忙しくしていると、月光花のお茶に口をつけた神殿長様が、首を傾げるのが目に入った。
「ルーシア。これは、本当に月光花か?」
「は、はい! たしかに、私が買い付けに関わりましたので、月光花のお茶なのは間違いありません」
「……それにしては、渋みが少なく飲みやすい」
うれしい言葉だった。だって、渋くて飲みにくい月光花のお茶を飲みやすくするように、試行錯誤したのだもの。
「お褒めに与り光栄です」
こんなところで、あの頃の試行錯誤が役に立つなんて、素直にうれしかった。
「……不思議な力が働いているのは確かか。だが、決め手には欠ける。アース殿、お体に変化はないですか?」
「残念ながら、今のところ。……疲れが取れたようには思えますが」
「ふむ。ほかに、先ほどルーシアが対応した時に、変わったことはなかったでしょうか」
神殿長様とアース様の会話に、今度は私が首を傾げる番だった。
何か変わったことなんて、あったかしら。
月光花のお茶は、渋みがないようにレシピ通り入れたけれど、特に変わったことなんてなかったと思うのに。
「あっ!」
「ルーシア? 何か思い当たることがあるのかな」
「い、いいえ……」
あの時、なぜか手を掴まれましたなんて、そんな関係ないことを言ったら、きっと皆さんに呆れられてしまう。
それなのに、手を掴まれたこととモフモフの肌触りが記憶に蘇ってしまったせいか、頬に熱が集まるのを止められない。
どうしよう。恥ずかしい。
「……ああ。あの時、ルーシア嬢の手を掴んでしまいました」
アース様が、恥ずかしがる私を見かねたのか、助け舟を出してくれる。
そう、あの時、変わったことといえば、月光花のお茶を振る舞ったことと、手を掴まれたこと、それくらいしかない。
貴族令嬢といいながらも、エスコートすらしてもらったことがない私は、誰かと手を繋ぐ経験が乏しい。
「アース様?」
黙ったままアース様の隣に控えていた、もう一人の騎士様が、驚いたように瞳を瞬いた。
そうよね。たぶん、偶然手が触れてしまっただけなのに……。
「なるほど、あり得るかもしれません。ルーシア、アース殿と手を繋いでみなさい」
「えっ?」
「…………失礼する」
ほんの少しためらった様子を見せたアース様が、私の手をそっと掴んだ。
モフモフの感触から、不思議なくらい熱くなる。
きっと今、私の頬は真っ赤に染まっているに違いない。
「なるほど」
一人納得してないで、助けてください。神殿長様……。
上目遣いに見ると、なぜか白い髭を撫でながら、何度も神殿長様は、頷いた。
永遠にも思えるほど長く感じる時間。
徐に離された手と、数分間の無言の時間。
次の瞬間、白銀の髪にアイスブルーの瞳、目つきの鋭さと、厳しい表情から、ものすごく麗しいのに強面という言葉がよく似合う、背の高い騎士様が私を見下ろしていた。
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