聖女と王位 1
その時、慌てた様子でドアがノックされる。
アース様が許可するや否や、飛び込んできたのは、ジルベール様だ。
「王命により、王立騎士団第三部隊がこの建物周囲を包囲しています」
「――――そうか。思ったよりも早かったな」
私のことを助けてくれたジルベール様。
ジルベール様は、第三部隊の騎士だ。
仲間を裏切らせてしまった……。私を助けてくれたせいで。
「ジルベール・サンダー卿。貴殿はどうするつもりだ」
「俺は騎士です。騎士の剣は、聖女様と国王陛下に捧げるものです」
そのまま、ジルベール様は膝をつき、なぜか私に剣を捧げる。
「そうか……。尽力を尽くせ」
「は」
「ルーシア。剣を捧げられているんだ。応えてやれ」
こくんと、喉を鳴らして、ジルベール様から受け取った剣でそっとその肩を叩く。
はじめて出会ったとき、こんな風にジルベール様から忠誠を捧げられるなんて、想像もしていなかったのに。
「ジルベール様」
「――――これからは、ただジルベールとお呼びください、聖女様」
「……それは」
「あの日から、妹に笑顔が戻りました。感謝しております。今後、聖女様を辺境に追いやった罪を問われ、現サンダー侯爵は領地に隠居することになるでしょう。どうか、我がサンダー侯爵家に温情を」
確かに、私が偽の聖女だと訴えたのは、ジルベール様のお父様であるサンダー侯爵だわ。
でも、ジルベール様は私のことを助けてくれた。
チラリと、アース様をうかがい見る。アース様は、ジルベール様を見下ろしたまま口を開いた。
「聖女を助けることができたのは、サンダー侯爵家の新しい当主、ジルベール殿のお力によるものだ。サンダー侯爵が責を負うなら、聖女を追いやった罪を侯爵家に問うことはないと約束しよう」
「変わらぬ忠誠を誓います」
この間まで、幼い表情と態度で私の元に突撃してきていたジルベール様。
今、その横顔は決意を宿し、大人びている。
「……淡い、初恋だったのだと思います」
「え?」
まっすぐに私のことを見つめる、どこまでも青い瞳。ジルベール様は、私をまっすぐに見つめたまま、何かが吹っ切れたかのように笑い、そして背を向けた。
「それでは、聖女様の騎士として、この騒ぎを鎮めて見せましょう」
「ジルベール様!」
追いかけようとした私の肩を、アース様がそっとつかんだ。
振り返ると、少しだけ眉をひそめたアース様と目が合う。
そのまま、アース様は首を緩く振った。
「ジルベールは、俺たちにつくことを選んだ。俺が王位に就けなければ、反逆者の汚名を被ることを理解している。そして、この先、ジルベールとサンダー侯爵家を取り立てるためには、聖女を守ったという実績が必要だ。」
国王と聖女を取り囲むのは、優しいだけの世界ではないことを理解していた。
そのことを知っていたからこそ、以前の私は神殿にいるべきだという周囲の意見を良いことに、閉じこもって祈ってばかりいたのだろう。
「……アース様」
「ルーシア」
「もう、誰かの後ろに隠れて生きていくのは、嫌なのです」
アース様の手が、私の手をかすめる。
けれどその手が届く前に、私は部屋から飛び出した。
私の横を走る白い狼。
後から追いかけてくるアース様。
私は、ジルベール様の後を追いかけて、建物の外へと飛び出したのだった。
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