勘違い聖女譚 3
***
騎士達の間で、本当の聖女についての噂は、瞬く間に広がっていた。
謂われなく捕らえられたアースクリフ・サーシェス騎士団長。
それだけでも、ともに戦ってきた騎士達には衝撃だった。
しかも、彼が黙って幽閉されていた塔から、抱えて出てきた女性は、間違いなく東の離宮に捕らえられていたはずの、ルーレティシア・マルベルク伯爵令嬢だった。
困惑しながらも、今回の件で国王夫妻からの命を受けていた第三部隊の騎士達は、確かに見たのだ。
まるで、祝福するようにアースクリフとルーレティシアに降り注ぐ、銀色の星を。
そして、こう理解する。
最近魔獣が急激に減ったのは、本当の聖女の加護によるものだと。
***
そんなことも知らずに、私は部屋に戻ってきた途端に、狼みたいな姿に戻ってしまったアース様のもふもふに埋もれていた。
「あの……。さすがに距離が近くないですか?」
「膝枕は効果があったようだ。こうしている方がいいと思わないか?」
――――これはいわゆる、抱擁というものだわ。
うれしいけれど、それは私がアース様のことを好きになってしまったからだ。
必要だからと、私のことを抱きしめてくるアース様はずるいのではないかしら。
胸がずきんと痛む。
――――女性として意識されていないから、こんなことができるのよね……。
「ルーシア嬢、君があんなところから出てきたから、心底驚いた」
「――――それを言うなら、アース様が帰ってこなかったときの私の気持ち、わかります?」
「…………心配してくれたのかな?」
ドンッとアース様の胸をたたく。
たたいた力は、もふもふの毛並みに吸い込まれてしまったようで、ぽふんっとどこか間の抜けた音がする。
心配どころではなくて……。
その姿を王族に見とがめられて、掴まってしまったのだろうか、とか。
アース様は強いから無事なはず、とか。
私が偽物なせいで、やっぱり誰かを巻き込んでしまう。
「――――すまない、泣くな」
「…………泣いて、ないです」
「…………そうか」
途端に私の体は、苦しくなるほどに抱きしめられる。
いい香りは、相変わらずだ。
捕らえられていたはずなのに、どうしてアース様は、こんなにいい香りがするのだろう……。
「――――どうして、私のことを引き渡さなかったんですか」
「……そんなこと、できるはずがない」
「そ、そうですよね」
そうだ、私は今のところアース様が、この姿から人間に戻るために必要な駒なのだ。
両陛下がいくら偽物聖女を引き渡すように言ったって、渡せるはずがない。それだけなのに。
「勘違いばかりだな?」
「――――どういうことですか」
「俺が、君のことを好きだから、だれにも渡したくなかっただけだ」
「…………は」
息を詰めて、今の言葉を反芻する。
聞き間違いに違いない。だって、今までだれからも必要とされたことなんて……。
今の言葉は、聞き間違いに違いないから、顔を上げることができなくて、ますます、もふもふに埋もれる。
「――――聞こえなかったか? 生まれて初めての告白だったのだが」
「――――あの」
「好きだ、ルーシア」
今度こそ私は、顔を上げた。
急な告白に動揺しながら、その言葉が嘘ではないかと思わず探ってしまう。
でも、抱きしめられたままのアース様の鼓動が速くて、眦がほのかに赤らんでいるのを見て、本当のことなのだと、ようやく察する。
「アース様、私」
「――――答えは必要ない。これは俺の勝手な気持ちだから」
……答えなら、もうあるんです。
「わ、私も、好きです……」
アース様がいないなら、全部投げやりになってしまいそうなくらい。
アース様のためなら、すべてを捧げてしまってもいいくらい。
いてくれないと、全部灰色になってしまうくらい。
それを人はなんて言うのだろうか。
恋と言うにはずいぶん重くて甘ったるい。
「――――俺は王位継承権を持っていて、君は聖女だ」
「偽物です」
「――――違う。君は」
その時、私たちの間に勢いよく入り込んできた白い子犬。
ずっと、ここにいたのだろうか。
誰かが洗ってくれたらしく、真っ白な毛並みを取り戻している。
「――――えっ」
次の瞬間、まるで二人を引き離すように、容積を大きくした白い犬、いや狼が、私たちの間に挟まっていた。
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