聖女は囚われていることに気がつかない 3
朝日が昇ると同時に目が覚める。
聖女として過ごしてきたせいか、私の朝は早い。
いつの間にか眠ってしまったようで、ごろりと寝返って、もふもふの感触を探す。
(ああ、アース様はいないのだわ)
そのことを思い知らされたようで、目頭がツーンとしてしまう。
「お目覚めですか?」
控えめに扉がノックされ、聞き慣れない声に体をこわばらせる。
けれど、現れたのは、金の髪に青い瞳のお人形みたいな美少女だった。
「あの」
「リリーベルと申します。聖女様のお世話が出来て、光栄です」
「えっ、私は聖女じゃな……」
そこまで言いかけて、しまった偽聖女として悪女になるのだったと思い直す。
キリッ! と効果音を掲げて私は、かつてかぶっていた聖女の仮面を身につけた。
「――――リリーベル様。ではお願いするわ」
「は、はい! あの、誠心誠意仕えさせていただきます」
頬を淡く赤らめた少女、リリーベル様の瞳は潤んでいて、まるで本当の聖女様を前にしたようだ。
リリーベル様が、一体どこから派遣されてきたのか分からないけれど、だましているみたいで胸が痛む。
「あの……」
実は私は、聖女なんかではない、言いかけたけれど、アース様のためだもの、心を鬼にして優雅に微笑む。
「とりあえず、お召し物を着替えましょう?」
着ているドレスの上等さと、優雅な身のこなしからいって、リリーベルさんは高位貴族のご令嬢なのではないかと推測される。
と、いうことは、両陛下が監視のためにつけたのかもしれない……。
けれど、見ているうちに、つま先を絨毯に引っかけて転びかけたり、リボン結びの一つもできずに涙目になったりと、諜報活動ができそうには思えなかった。
むしろ、これが演技なのだとしたら、凄腕過ぎてだまされる未来しか浮かばない……。
「あの…………。リボン結びは、こうやってするのよ?」
「さすが、ルーレティシア様ですわ!」
ちょっと、リボン結びをしてあげただけで、これでもかというほど感動されてしまった。
結局、ドレスを選んでもらった以外は、全部自分でしたような気がする。
下働き期間が長いことと、聖女として孤独に生きてきたこと、そもそもマルベルク伯爵家での扱いからして、私はほとんどすべてのことを自分ですることができるのだから。
――――それにしても、リリーベル様のこと、どこかで見たような気がするのよね?
誰かに似ている気がするし、過去にお会いしたことがあるような気がする。
でも、私が会ったことがある人なんて、家族と、二回しか会ったことがない国王陛下と、神官と、聖女としてほんの少し関わった高位貴族の方だけだ。
「――――貴族のご令嬢」
立ち居振る舞いと、状況から考えて、リリーベル様が高位貴族のご令嬢なのは間違いない。
そもそも、聖女の付き人というのは、貴族の令嬢がなるものだ。
以前の私の場合、義妹が付き人ということになっていた。
義妹が実際に私についていたことは、一度もないけれど……。
――――聖女ではないはずなのに、この部屋といい、付き人といい、まるで聖女のような待遇よね。
「…………それに、あなた。どこから入ってきたの? ほこりだらけだわ……」
「ワフ!」
「あら、犬が入り込んできたのですか? でも、この犬の色合い……まるで聖獣様みたいですよね」
「そういえば」
「ワフ!」
目の前にいる子犬は、なぜかほこりにまみれて、白い毛並みを薄グレーにしている。
抜け穴でもあるのだろうか。
すり寄ってくるせいで、汚れがドレスにどんどんついてしまっている。
「――――とりあえず、洗わないと」
「キャ、キャウン!」
私は、嫌がる子犬を連れると、広い部屋に備え付けのバスルームへと足を運んだのだった。
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