祝福と騎士団長(アースside)
届いたのは、王家の紋章が押された招待状だ。
差出人は、甥……。現国王シュタイン・スタンベール陛下だ。
「中身が想像できるだけに、腹立たしいな……」
十中八九、序文は俺の討伐への賛辞だろう。
そして続くのは……。
もちろん、続く言葉は、想像通り、ルーレティシア・マルベルク伯爵令嬢、つまりルーシアについてだった。
不幸中の幸いだったのは、ルーシアが王都に戻ってきていることが明らかになったのは、誰かの内通ではなく、魔獣の被害が急になりを潜めたことが理由だったことだ。
「聖女が偽物と公表して、ルーシアを追い出しておきながら、今さらか」
現王妃ローゼリア陛下は、聖女として中央神殿から認定されている。
しかし、実際はルーシアが王都を去ってから、魔獣の被害は日に日に王都で増えている。
豊かだったはずの泉は枯れ、乾いた風が山火事を起こす。
人々はすでに察している。しかし、王による制裁が恐ろしくて、口にできないだけだ。
「――――彼女を利用しようなんて、許すはずがない」
このまま、黙って去るべきだと思った。
俺が王に刃向かうということ、つまりそれは王への反逆だ。
しかし、明日、王に謁見するからには、少なくとも狼が混ざったこの姿というわけにはいくまい。
つまり、ルーシアと触れ合う必要があるということだ。
長くともに過ごすことは、王家に俺たちの関係を気づかれ、ルーシアを巻き込むことに他ならないと理解していると同時に、彼女と一緒に過ごすことができることに、歓喜がわき上がる。
「どうしようもないな」
この気持ちは、はじめてだが、どんどん形がはっきりとすることで、もうその名前に気がつかないふりもできなくなってきている。
「だが、その前に……」
意を決して入った部屋の中、ルーシアは淡いドレスを身につけて、こちらを見つめていた。
俺の立場を知ってしまったルーシアは、「アースクリフ・サーシェス公爵」と、俺の名を呼んだ。
こんなにもこの名前が忌まわしいと思ったことはない。
その後、なんとかアースとこの場所では呼んでもらえることになった、このままでは聖女である義妹ローゼリア殿下に会いに行ってしまいそうだ。やはり、この招待状を受けて、早めに解決した方がいいのだろう。
そんなことを考えながら、思案に暮れていると、ルーシアは、想像の外のことを言い出した。
「アース様! 一緒にいる時、過ごし方のパターンを変えてみませんか?」
ポンポンと小さな手のひらで叩かれた柔らかそうな大腿部。
どう見てもこれは……膝枕? いや、いくら何でも考えすぎか。
「あの……。それは」
なぜかルーシアは、もう一度、ポンッと太ももを叩いた。
えっ、本当にいいのだろうか。
「それならば……。失礼して」
「頭の毛も、ふわふわですね」
「……そうか」
なでられているうちに、なぜか魔力がいつもより多く流れ込んでくる。
確信する。確実に、俺は明日いつもよりも長く、人の姿を保つことができるに違いない。
気がつけば眠ってしまったようだ。睡眠時間だけ言えば、いつもよりずっと長いが、夜中に目が覚める。膝枕をしていたはずが、気がつけばルーシアは、俺の腕の中で眠っていた。
――――帰ってこられないかも知らない。この時間が、永遠に続けばいい。
目覚めたルーシアが恥じらう姿は、清楚な淡い金色のバラが、そっとつぼみを開くようだった。
わがままを言った俺に、ルーシアは聖女の祝福を授けてくれた。
彼女と俺へと降り注ぐ、淡い銀の星みたいな光。
今はまだ、俺だけが、この祝福が本物であることを知っている。
最後までご覧いただきありがとうございます。『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。




