悪女になるには 2
こんなにも、周りの景色が見えないほど囲まれて歩くのは、久しぶりだわ……。
聖女をしていたときは、こんな風に過ごしていた。
ふと、中央神殿で、毎日祈りを捧げて暮らしていた頃を思い出す。
聖女の衣装は、白くて最上級の布で出来ていたけれど、堅苦しくて好きではなかった。
聖獣様に、祈りを捧げるのは、心が洗われていくようで好きだったけれど……。
あと、不満があると言えば、弱いとはいえ貴重な治癒魔法を、上位貴族相手にしか使わせてもらえなかったことかしら。
私としては、困っている人や、苦しんでいる人がいたなら、分け隔てなく使いたかったのだけれど……。
今思えば、周囲の皆様が言っていた、聖女の力の価値を落とさないために、むやみやたらに力を使ってはいけないというのは、おかしいと思うわ!
……マルベルク伯爵家にいたときは、炊事洗濯と与えられたことをしてさえいれば、自由だったけれど……。
そう、たまに義妹ローゼリアが、部屋に来て、嫌みを言うくらいで。
「あら?」
騎士達の足の隙間から、白いものがチラチラと見える。何かしらと思って、少しだけ体をかがめてみると、グイグイと隙間に頭を押し込んで、小さな白い犬が輪の中に入ってきた。
「あの時の、子犬?」
中央神殿にいたときに、私の周りをよく走り回っていた子犬にそっくりだ。
でも、あれからかなりの年数が過ぎている。
もしかしたら、あのときの子犬の兄弟か、子どもなのだろうか。
子犬は、スリスリと私の足下に体を寄せてくる。
「えっと……。これから出かけるのだけれど」
「ワフッ!」
「ひゃっ?!」
子犬は、予想以上の跳躍力で、私の胸元に飛び込んできた。子犬なのに、こんなに高く飛び上がることが出来るなんて、驚くわ……。
子犬は、決して離れるものかとでも言うように、エプロンとワンピースの間、私の胸の谷間に入り込み、ちょこんと顔と前足だけを表に出した。
「……うん? 魔力」
魔力の流れをたしかに感じて、キョロキョロと周囲を見るけれど、騎士様達からは何も感じない。
気配を消しているレイモンド様からも……。
あら、この子から感じるのかしら?
なぜかそれは、アース様がまとっている魔力に似ている。
呪いというには、あまりにも清々しい魔力。
「ま、まさか。あなたも呪いで姿を変えたなんて言わないわよね?」
小声で子犬に話しかける私を、周囲の騎士様達が怪訝な表情で見ている。
それはそうだろう。犬に真剣に話しかけているなんて、ちょっと、いいえ、かなり変わっている。
「……おい、あの犬」
「白銀の毛にアイスブルーの瞳。まるで、聖獣様みたいじゃないか?」
「めったなことを言うな!」
「ルーシアが………………聖女?」
騎士様達が、なぜかざわめいている中、一人だけ深刻な表情のままそうつぶやくジルベール様。
私の視界からは死角になっていたから、私は様子がおかしいことに、気がつくことが出来なかった。
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