騎士団長様……ですか 2
日が沈むと、自然と魔導ランプの明かりが灯る。
私は、ベッドに座って黙ってアース様の帰りを待っていた。
すでに、黒を基調としたワンピースに白いエプロンのお仕着せを脱いで、淡いブルーの部屋着に着替えている。
こんな風に待っている相手が、雲の上のお方で、しかも騎士団長様だなんて、モフモフした背中を見送った今朝、想像すらしなかったのに。
「アースクリフ・サーシェス公爵」
つぶやいてみるけれど、やっぱり想像以上に雲の上のお方だ。
私の元婚約者であり、現国王シュタイン・スタンベール陛下の叔父。
先代国王陛下の年の離れた、たった一人の弟に当たるお方だ。
銀の髪にアイスブルーの瞳。
人外の美貌とも噂されるけれど、社交界に現れないためその本当の姿を知る人は、実は少ない。
騎士団長でありながら、いつも最前線で戦う王国の英雄。
私もお会いしたことがなかったのよね……。
他の王族の方なら、1、2回お会いしたことがあるけれど……。
2回しか会ったことのない元婚約者、シュタイン様は、金の髪に青い瞳をしている。あまり、二人は似ていないわ?
その時、ドアノブが回る音がして、私は肩を揺らした。
ゆっくり振り返る。すでに、白銀の狼が混ざった姿のアース様は、どこか気まずそうだ。
私は、立ち上がり、最近では久しぶりにする貴族令嬢の礼をした。
アース様は、何も言ってくれない。
お辞儀したまま時間が過ぎる。心身ともにつらい。
不意に私の前に、誰かがひざまずく気配を感じた。
今、部屋の中には二人しかいないのだから、その人が誰かなんてわかりきっているけれど……。
「アースクリフ・サーシェス公爵」
「やめてくれ」
「あの……どうか立ち上がって」
床に座り込んで、まるでお姫様に忠誠を誓うかのように膝をついたままのアース様を見上げる。
「もし許してもらえるなら、今まで通りアースと」
「…………」
許すも許さないも、私は怒っていない。
ただ、そんなこと許されないと思うだけで……。
「…………アース様」
顔を上げてくれないアース様の手をそっと握る。モフモフした幸せを感じる手触りだ。
「それでは、この場所では、これからもアース様と呼ぶことをお許しいただけますか?」
「ああ……。それがいいのだろうな」
少し不満げだけれど、ようやく立ち上がってくれたアース様。そのまま、握られた手を引き寄せられて立ち上がる私。
「……王都の中央神殿で、この姿について調べたが、解決しそうにない」
「……そうですか」
ふと思う。……公爵の地位を持ちながら、なぜ騎士団長として最前線に立っているのかしら。
たぶん、このお姿のままでは、問題があるのよね?
解決する方法は、本当にないのかしら。
「……やっぱり、聖女様のお力が必要なのでは」
「ルーシア嬢」
どこか咎めるようなアース様の口調。
でも、中央神殿でだめならば聖女様しか、解決できる人はもういないわよね?
王妃ローゼリア殿下。……私の義妹。
私に告げられた婚約破棄の時に、シュタイン様の後ろで泣いていた義妹。偽物の私とは違う本物ならもしかしたら。
……なんとかして会えないかしら?
あと、私と一緒にいると、なぜかもとの姿に戻れるみたいだけれど、もっと長く戻れるように工夫できないかしら?
「この姿から元に戻っても……」
「そうですね! アース様が元のお姿に戻れるように全力を尽くしましょう!」
「え?」
とりあえず、王妃殿下に会うよりも、長く戻れる方法を検証する方が簡単そう。
「アース様! 一緒にいる時、過ごし方のパターンを変えてみませんか?」
「え?」
アース様の困惑には気がつかないまま、私は暴走してしまった。あとから赤面することに気がつかないままに。
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