下働き令嬢と騎士団第一部隊 6
レイモンド様がいなくなると、入れ替わりのようにアース様が入ってきた。
「アース様!」
朝方、お会いしたばかりなのに、ずいぶん会っていないみたい。それにしても、一晩一緒にいると、本当に長く人の姿なのですね?
……そう、一晩一緒にいたら……。
途端に、どうしたらいいのか分からないほど、恥ずかしくなってしまう。
「あ、あのっ! アース様、これから大事な会議があるのではないのですか?」
「そうだな……。俺が行かないと始まらないから、大丈夫だ」
「え? なおさら行かなくては」
「ああ……。そうだな。だが、少しだけ」
アース様は、私の手を取った。
その手は、ゴツゴツとした剣だこがあって、もふもふの時よりもむしろ温かいくらいだ。
「どうしたのですか? お疲れになったのですか?」
当たり前だ。魔獣との戦いで呪いを受けて、そのまま辺境の神殿に。
そして、王都まで来て、その当日に騎士団の会議。疲れていないはずもない。
「――――あの、差し出がましいかもしれませんが」
ほんの少し、ほんの少しだけ……。気休め程度かもしれないけれど。
私は、治癒魔法を使った。
辺境の神殿では、決して使ってはいけないと厳命されていたけれど……。
「……これは」
「少し元気になりましたか? ほんの気休めですが」
「いや、まさか」
アース様は、驚いたように右袖を二の腕までまくり上げた。
細身に見えたのに、鍛え上げられた二の腕に、思わず目が釘付けになる。
……着痩せするタイプなのだわ。細身に見えたのに、騎士様なのだから鍛えているのは当然よね。
けれど、思った以上にアース様の表情が険しい。
「――――古傷は、一般的には治癒魔法では治らないと認識していたのだが?」
「そうですね……。でも、治らないこともないですよ」
聖女をしていたときには、貴族令嬢が幼い頃に顔に負ったやけどの跡を治したこともあるから、不可能ではない。
あとは、今までの経験からいって願いと祈りの強さと、治癒魔法の力は比例する。
「それにしても、どうしてそんなに険しい顔をされているのでしょうか。勝手なことをして申し訳ありません。何か問題がありましたでしょうか……」
「――――いや、実は剣を握ることは問題ないのだが、三年前に受けた古傷で違和感があったんだ。それが、今のですっかり治ってしまった」
「まあ……。聖獣様の奇跡でしょうか。いつも王国のためにご尽力されているから、助けてくださったのかもしれませんね?」
「ルーシア嬢は、そう思うのか?」
ほかに理由はないに違いない。だって、今使った治癒魔法は、あくまで疲労回復程度のものだった。
だから、アース様の古傷まで治ってしまったのだとしたら、聖獣様が力を貸してくれたに違いないもの。
「はぁ。また一つ、検討事項が増えたようだ。だが……」
ポンッと頭に大きな手が乗った。
アイスブルーの瞳が細められて、白銀の髪の毛になぜか光が当たったかのように、キラキラと光る。
アース様は、本当に美しい姿形をしている。
もふもふの白銀の狼みたいな姿の時には、かわいらしいとすら思ってしまうのに、今のアース様は純粋にかっこいいだけの存在だ。
「とりあえず、皆様をお待たせするのは、感心いたしませんよ?」
「そうだな……。思わぬ贈り物をいただいてしまった。この礼は、必ず」
……アース様は、本当に義理堅い。
疲労回復程度のつもりで施した治癒魔法が、たまたま古傷を治したといっても、それはあくまで聖獣様の気まぐれというものだ。
それでも、きっとアース様にとっては、お礼をした方が心の負担にならないのよね。
まさか、贈られてくるものの価値が、私の想像を遙かに超えているなんて、このときの私は知りもしなかった。
もしも、そのことがわかっていたら、全力で辞退しただろうけれど……。
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