下働き令嬢の帰還と騎士団第一部隊 1
そっと、温かい手が離れようとしたから、離れたくなくてもみもみとその手を掴む。
ピクリとした振動が伝わってきて、ギュウッと握られた私の手。
幸せ過ぎて、口の端がにやけてしまう。温かくて、なんて幸せな夢だろう。
「――――行ってくる。ルーシアは、ここからは別行動だ。馬車で王都に向かい、そのまま騎士団へ行くように」
低くて甘い声で目が覚めて、寝起きに聞きたかった声が聞こえてきたことに、驚きのあまりガバリと体を起こす。
もちろん、離れがたい手は、握ったままだ。
私を見下ろして、まるで笑ったように見えた狼の顔、その手がそっと離されたとたん、目の前の騎士様が、困ったように笑っていたことに気がつく。
「あの……。申し訳ありませんでした」
「いや? かわいい寝顔が見れて得したな?」
「――――っ?!」
そういうところだと思います。
きっと、王都では浮名を流していたんでしょうね?
まあ、幼い頃から神殿の中で祈りばかり捧げていた私には、あまり関係のない世界だったけれど……。
「ルーシア」
なぜなのだろうか、アース様がほほ笑んだ表情を厳しいものへと改めた瞬間、王都への凱旋すら、アース様にとっては戦場なのではないかという気がする。
「アース様? お気をつけて」
「王都に帰って来ただけだ。ルーシアが心配するようなことは、何もない」
なぜなのかしら? 嘘を言っている、アース様。
特に、確証があるわけではないけれど、王都に近づくほどに、聖女と呼ばれていた頃みたいに、勘が鋭くなってきている気がする。
偽物聖女なのだから、気のせいに違いないのに……。
背を向けたアース様の姿を、窓から見送る。
すでに、たくさんの騎士達に取り囲まれ、出迎えられたアース様は、いつもの柔らかい表情が嘘みたいに冷たい瞳をしていた。
「…………いるんですよね。レイモンド様」
それにしても、気配が感じられない。壁しか見えない。
けれど、よくよく感覚を研ぎ澄ませれば、魔力の流れでそこにいることが分かる。
「さすがですね……」
現れたレイモンド様は、先ほどまで窓枠の横の壁しかなかったはずの場所から現れた。
認識阻害の魔法を使っているのだろうけれど、ここまで壁と一体化できるものなのかしら?
「どうして、ここにいると分かったのですか?」
「偽物とは言っても、長年魔力操作の訓練をしていましたから」
「そうですか。……辺境の神殿では使っていませんでしたよね?」
「……神殿長ベレーザ様に、生活魔法以外は使わないように言われていたので……。といっても、私の魔力はとても弱いので、たとえその制約がなくても大したことは出来ませんが」
だから、私は意識して生活魔法以外は使わないようにしていた。
……アース様が、元の姿に戻るのは、魔法の力が関係しているのは間違いないけれど、どうしてそんなことが起こるのかは、私にはわからないのだ。
「そうですか」
まあ、魔法と言っても、私が使えるのは、植物を元気にしたり、ちょっとだけ人の心の動きが感じられるくらいのもの。本物の聖女には、遠く及ばないに違いない。
……けれど、お別れの時、神殿長様は「もう、力を押さえる必要はない。むしろ王都に入る日からは、全力で使うように」と私の背中を押してくれた。
そんな言葉を免罪符にして、私はアース様のお力になれるように、魔法を使うことに決めたのだ。
とりあえず、薬草を元気に育てるとか?
けがをした騎士様の応急手当とか?
うぅ……。そこまで役には立てそうもないわ。
やっぱり、全力で下働きを頑張るほうが、よっぽど役に立てそう。
私は、騎士団でのお仕事をしっかりと頑張るのだと、心に誓ったのだった。
最後まで、お付き合いいただきありがとうございます。下の☆を押しての評価やブクマいただけるとうれしいです。