聞いていただけませんか? 2
アース様は、行く先々でその土地の有力貴族と話をしている。
随分と顔が広いのね……。
そんなのんきな感想しか持ってない私は、アース様がどんなお方かだなんて考えてもいなかった。
「……それにしても、遅くないかしら?」
外はすでに、日が暮れかかって、小さな出窓から柔らかいけれど、どこか不安をかき立てる光が、白で統一された部屋をオレンジ色に染めている。
私とアース様が、馬車の中で一緒にいたのは、6時間と少し。
あと一時間くらいで、時間になってしまうのでは……。
もふもふとした姿が、素晴らしく可愛らしいにしても、万人に受け入れられるとも思えないわ?
もし、公衆の面前で、お姿が変わってしまったら、アース様は……。
「れ、レイモンド様!」
「……は」
「ぴっ?!」
振り返り、護衛として残ってくれているはずのその名を呼べば、なぜか背後にレイモンド様が佇んでいた。えっ、いつのまに、部屋の中に入ってきていたのかしら?
「あ、あの。いつのまに?」
「昼食が終わってから、ずっとおそばに控えてました。一緒に部屋の中に入ってきたのですが。声もおかけしましたよね?」
「そ、そういえば、二人で部屋に入った記憶はあるわ。……ごめんなさい、そんなにも考え事に集中してしまっていたかしら? お茶も出さずに申し訳ありません」
慌てて、おもてなしのためにお茶を入れようと立ち上がると、レイモンド様が軽く笑って制止した。
「俺にそのようなお気遣いは無用です。どうか、居ないものとして扱ってください」
「…………そ、それはできません!」
「え?」
「今すぐ、お茶を淹れますから、そのソファーに座ってください!」
レイモンド様は、不思議そうに青い瞳を瞬いた。
同じお部屋にいて、まさかお茶のひとつも出さなかったなんて、下働きとしてなんたる失態なの!
……それに、居ないものとして扱えだなんて、そんなの何だか悲しい。
「…………はぁ。本当に、普段の行動が崩されるな」
室内に用意されていたティーセット。
魔法を使って、慌ててお湯を沸かし、お茶を淹れる。
カチャカチャ、コポコポと静かな音だけが、室内に響き渡る。
私の魔法の力は、属性こそほとんど全て使えるけれど、とても弱い。実家のマルベルク伯爵家では、なんの役にも立たないと事あるごとに馬鹿にされていた。
でも、下働きのお仕事をしてみれば、お湯を沸かしたり、洗濯したりと役に立つ素敵な魔法なのだ。
ほどなく入ったお茶を、レイモンド様にお出しする。
「ごめんなさい。差し出がましいですよね。気がつかなかったくせに、今さら」
「いいえ。それに、気配を消していたのは故意にですから。……いただきます」
優雅にお茶を飲むレイモンド様。
その所作は、洗練されているから、レイモンド様もやはり貴族なのだろう。
……騎士団のレイモンド様? どこかで聞いたような。そういえば、第一部隊って、ものすごいエリート集団ではなかったかしら。
「あの……」
レイモンド様に、質問しようかと思い口を開きかけたところ、扉が開かれた。すでに、もふもふな姿に戻ってしまっているアース様が、室内に入ってくる。
なぜか少し不機嫌なような……。
すっと、音も立てずにカップをソーサーに戻したレイモンド様。
「ごちそうさまでした。こんなに美味いお茶を飲んだのは、久方ぶりです。片付けておきますので、お二人で話し合ってください」
立ち上がったレイモンド様の表情は、先ほどまでの笑顔と違ってどこか冷たい。
いつも見ている顔だわ。これは、お仕事モードなのかしら?
レイモンド様は、やっぱり音を立てずに部屋から出ていく。残されたアース様と私は、気まずい沈黙のまま見つめ合った。
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