おそらく彼女は本物の原石(アースside)
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夜の闇に紛れて、グレーの髪をした一人の騎士が、扉のドアを叩く。
その叩き方は、独特で誰が来たかがわかると同時に、その用事が火急のものであることを部屋の主人へと伝える。
「……入室を許可する」
声をかければ、音もなく扉が開いた。
気がつけば、黒い騎士服をまとったレイモンドが、机に座る俺の目の前に立っている。
いつもながら、レイモンドの気配のなさに感嘆する。本当に、敵に回したくはない。
俺は、白兵戦でも、魔獣との戦いでも、王国でトップクラスに強いと自負しているが、闇夜にレイモンドに背後を取られてしまえば、それまでだろう。
王国が誇る第一部隊隊長レイモンド。彼が、敵でなくてよかった。それは本音だ。
「それで、わかったのか」
「案外すんなりと。神殿長が教えてくださったので」
てっきり、いつものように裏の繋がりから情報を集めてくるのかと思っていたが、正攻法で行ったらしい。
いつも完全に足取りを掴まれないように、慎重に慎重さを重ねるレイモンドにしては珍しい。
「それで、本人か」
「ええ……。この三年間、神殿長ベレーザ殿が匿っていたのですね。道理でこの地には、魔獣がいないはずです。神殿の最高の実力者であるベレーザ殿がいるからだと、周囲は思っていましたが」
「彼女の力か」
三年前、当時の聖女は偽物だと婚約破棄をされ、行方不明になった。
もう、既に王家に命を絶たれたのだと思っていたが、真相は違ったようだ。
「……わかりません。しかし、アース様のお姿を元に戻したのは、彼女。それは事実です」
「……それもそうだな」
バラバラだったパズルのピースが、収まるべき場所にはめ込まれていく。
そのことに、まるで運命の悪戯のような空恐ろしさと、微かな高揚感を感じる。
「三年前から魔獣の被害が多発している王都。今までの魔獣との戦いの日々が嘘のように平穏を取り戻した辺境の地」
十年前に、当時の中央神殿長だったベレーザ殿が、引退を表明して彼の地に引きこもってしまったことすら、この事態を見越してのことだったように思えてくる。
洗濯をしながら、楽しそうに笑っていたルーシア。その笑顔に陰りはなかった。
三年前、遠くから最後に目にした彼女は、微笑んでこそいたが、その感情すら読めなかったのに。
たぶん、今の姿こそが、本当のルーシアなのだろうな……。
彼女にとっては、今の生活が幸せなのに違いない。
それがわかっているのに、俺たちの都合を押し付けて、彼女を巻き込もうとしている。
「……少なくとも、王都に連れていくからには、守り抜くと誓っている」
「そうですか。……たとえ、そうであっても一個人にそんな感情をアース様が抱くのも、珍しいですね?」
今は、再び白銀の毛に覆われてしまった手を見つめる。なぜか、本当の姿よりも、白銀の獣の姿に心からの笑顔を見せるルーシア。
「そうだな。珍しいな」
王国の剣として生きていくことを決めた日から、特定の個人に感情を向けることなどなかった。
少なくとも、ないように生きてきた。
騎士団の下働きをさせてほしいと頼まれた時には驚いたが……。
間違いなく、彼女であれば、訳ありで変わり者揃いの仲間たちにもすぐに受け入れられるだろう。
「明日は早い。休むといい」
やはり音もなく去っていったレイモンドの背中を見送り、俺も魔導ランプの灯りを消した。
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