下働き令嬢は王都に帰還する 5
アース様が、王都に戻られることをどこから聞きつけたのか。
戦勝に貢献した騎士の歓迎に沸く辺境と王都をつなぐ都市、ベラハイト。
今、私はベラハイトの中心部に位置する、レンガ造りの立派な宿屋の食堂にいる。
こんなにも、立派で素敵な宿屋なのに、なぜか私たち以外のお客様はいないようだ。
メアリーは、この町に滞在予定の明日の朝まで自由にしていいとお許しが出て、「弟たちに、お土産を買ってきます!」と街に遊びに出かけた。
メアリーには、六人の弟たちがいるのだと聞いたことがある。
見習い神官は、見習いと言っても神に仕えるための身支度のために、神殿から賃金が支給される。
メアリーは、そのほとんどを、よく食べる弟たちの食費のために仕送りにしていると笑っていた。
……家族思いなのね。すてきだわ。
そんなメアリーのことが、少しうらやましくなってしまう。
幼い頃から、家族とは疎遠だった私にとって、六人も弟がいるなんて、夢の世界みたいだ。
「それにしても、ものすごい歓迎でしたね……」
たった二人の騎士様が訪れただけで、こんなにも歓迎されるなんて。
王都の凱旋での盛り上がりなんて、想像すらできないわ……。
「そうですね……。アース様こそが、今回の戦の英雄ですから」
アース様は、この地区の領主と話があると言って、出かけて行ってしまった。
だから、私の目の前には、グレーの癖毛に青い瞳をしたレイモンド様が座っている。
「そんなすごいお方だったのですね……」
それにしても、なぜかしら。さっきから、レイモンド様の視線が痛いほどだわ?
「あの、お茶でも入れましょうか?」
「今は結構です。そういえば、この町に着くまで、魔獣に一度も出会いませんでしたね?」
「え?」
急に投げかけられた質問の意図が理解できず、首をかしげてしまう。
たしかに、最近は王都まで行くのは、魔獣と戦える護衛を雇わなくては不可能というのは聞いたことがあるわ。
……でも、なぜかしら。私は、平和だったころの王都しか知らないし、辺境には魔獣なんて1匹も出なかったから、なんとなく他人事のように思ってしまっていたのよね。
危機に対する意識が薄いのは、良くないわ。
レイモンド様は、私の気が緩んでいることを指摘してくださったのかしら?
「そうですね。もし、魔獣が出た時の備えをしっかりしておかないといけませんよね!」
「…………そうですね。けれど、もしかすると必要ないかもしれませんね」
「え?」
こぶしに力を入れて宣言すると、レイモンド様は少しだけ笑って私の言葉をやんわりと否定した。
けれど、その笑顔は、人を底冷えさせてしまうような何かを含んでいるような気がした。
「ルーシア嬢は、本気で騎士団で下働きをされるおつもりですか?」
「え? その通りですが……」
「あなたのような方が、下働きするような場所ではないと思います」
……あれぇ? なぜかレイモンド様にやんわり拒否されている?
思い当たることは、実はありすぎる。
私は、素性について詳しくアース様とレイモンド様のお二人に説明していない。
王都に着くまでには、ちゃんと説明しないと迷惑が掛かってしまうわ。
心地よい、アース様との距離感が崩れてしまうことは残念だけれど。
「まあ、今後あなたを守るには、それ以上の場所もないと思いますが……」
思案する私の横で、レイモンド様が呟いた言葉は、私には聞き取れないほど、微かなものだった。
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