下働き令嬢は王都に帰還する 4
全身を包み込むような、ふわふわの感触が、過去の記憶を呼び覚ます。
小さな頃、大事なぬいぐるみを聖女の教育にはふさわしくないと捨てられてしまって泣いていた私に、小さな白い子犬が擦り寄った。
白というより、白銀の艶やかな毛並みをした子犬は、ものすごく毛艶が良かったから、たぶん大事に飼われていたに違いない。
「かわいい……」
戸惑いながらも、私がその背中を撫でると、子犬はぶんぶんと尻尾を振った。
それからも、その子犬は、私に悲しい出来事が起こるたびに、目の前に現れた。
……最後に会ったのは、いつだったかしら?
最後に会ったあの時、子犬は何か私に語りかけた気がするわ。
ううん、犬は人間に語りかけたりしないわね。
きっと、それは子どもが見た夢に違いない。
「もう一度、会いたいな」
ふわふわの感触が、頬に触れたまま、急速に夢の世界が消えていく。
少し寂しいような。ふわふわした感触だけは、鮮やかに残っているから、目を開けたらそばにあの子犬がいるんじゃないかな……と期待してしまうような。
「ん……」
「ルーシア嬢? そろそろ宿に着くぞ?」
「……もう少しだけ」
「俺は構わないが……。無防備すぎるにもほどがあると思うぞ?」
その低くて甘やかな声に、そっと瞳を開く。
目の前は、一面の白銀の毛並み。
……ほら、やっぱりあの子犬がそばにいる。
ううん、もうあれから何年も経ってしまったもの。きっともう、子犬ではないわね。
パチリと目を開けて、顔を上げると、どこか困惑したように見える狼と目が合った。
「…………」
えっと、夢の続きかな?
笑ってごまかせないかしら?
「あの……」
私は、眠ってしまったらしい。それはいい。
眠ってしまった私は、アース様の腕に寄りかかっていたらしい。
「……ルーシア嬢。疲れていたんだな?」
お優しいアース様は、フォローしてくれた。
そのことが、逆に申し訳なくて泣きそう。
「わ、私……」
頬に熱が集まっていくことが、はっきりわかる。こんなの恥ずかしいに決まっている。
「得したのは、俺の方だ。だから、この話はこれで終わりにしようか」
そこまで言っていただいてしまったなら、これ以上謝るのもおかしな気がする……。
「はい」
扉が開かれ、馬車を先に降りたアース様から差し伸べられた手。私から離れた直後から、その姿は氷のような瞳をした美貌の騎士様になる。
本当に、アース様はカッコいいわ。
アース様が、元の人間の姿になったことを、ほんの少し残念に思う私は、変わっているに違いない。
それでも、その手にそっと触れて、引き寄せられるように馬車を降りた瞬間、爽やかで甘いあの香りが香る。その香りが、たしかに二人は同じ人なのだと、私に教えているみたいだった。
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