公爵令息に付きまとわれる伯爵令嬢、周りの風当たりも強いし、困ってしまいますわ。
ミルティア・レゴス伯爵令嬢は困り切っていた。
グラント・アレゴノフ公爵令息から付きまとわれていたからだ。
夜会ごとにダンスに誘われる。
高位貴族の誘いだから断れない。
別にミルティアは赤毛で、それ程、冴えた容姿でもなく、婚約者もいまだいないのであるが、
グラントはそれはもう、背も高く黒髪碧眼で、多くの令嬢達にモテた。
そんなグラントが夜会で真っ先にミルティアをダンスに誘うのだ。
はっきり言って、迷惑である。
グラントに想いを寄せている公爵令嬢や他の令嬢達に、夜会のたびにワインをひっかけられたり、足を引っかけて転ばされたり。
ダンスを終わると攻撃も酷いのだ。
取り囲まれて、それはもう嫌味を言われるなんて、夜会のたびに当たり前に行われた。
「ちょっと、貴方。なんでグラント様といつも最初にダンスを踊るのかしら?」
「エレナ様を差し置いて生意気よ。」
「そうよ。グラント様の結婚相手はエレナ・アレクシャス公爵令嬢様がお似合いよ。」
エレナ・アレクシャス公爵令嬢はいつもグラントに付きまとって、それはもう、
アレクシャス公爵家もアレゴノフ公爵家に婚約の申し込みをしているのだが、
すげなく断られているようで。
エレナは凄い美人である。グラントに執着しなくても、他の公爵令息や伯爵令息達がちやほやしているのであるが。エレナはグラントに執着していた。
「ねぇ。グラント様。あんな小娘より、わたくしの方が魅力的だわ。どうか、わたくしと婚約して下さいませ。」
夜会でグラントに会うたびに迫るエレナ。
しかし、グラントのエレナに対する態度はとても冷たくて。
「私などより、ほら、エレナ嬢とダンスを踊りたいという令息が手ぐすね引いて待っておりますよ。失礼。」
そう言って、ミルティアの元へ来るのだ。
ミルティアは今、まさに、エレナの取り巻きの令嬢達に嫌味を言われていたのだが、グラントに手を取られ、
「これは令嬢方、失礼。ミルティア・レゴス伯爵令嬢に私は用事があるのでね。」
と、連れ去られて。
ミルティアはテラスに連れて行かれる。
グラントはテラスでミルティアに向かって、
「申し訳がない。私のせいで、酷い目にあっているようだね。」
「本当に。もう私には構わないでくれませんか。」
ミルティアは思い切って言ってみた。
「グラント様のせいで、私は虐められますし、いまだ婚約者も見つかっていません。あ、それはグラント様のせいではありませんが。私、夜会でいい出会いを見つけたいなと思っています。勿論、政略で結婚をしなければなりませんが、ここではその人の性格を見る事も出来るでしょう。」
「確かに。そうだがね…それならば、私と婚約をするっていうはどうだろう?」
「ありえません。身分が違いすぎます。それに私、美人じゃありませんし…」
「女性は顔じゃないよ。君は王立学園で優秀な成績で卒業したと聞いている。君ならば、私の傍で役立ってくれると信じているんだが。」
「何故?私の王立学園での成績を知っているのですか?」
「王立学園の学園長に問い合わせたんだ。私は優秀な妻が欲しい。」
「他を当たって下さいませ。」
「いや、君がいい。」
「失礼しますわ。」
ミルティアは背を向けた。
冗談じゃない。自分は伯爵令嬢だ。公爵家なんてとてもじゃないが、嫁ぐ気がしなかった。
「望まれたら嫁いでしまえばいいと思うよ。」
だなんて軽口を叩くのは、隣に住む従兄の男爵令息である。
ピンクのふわふわの髪のこの令息は近いうちに家を出て、この国の王女様と結婚をする予定の異例の出世をした男爵令息だ。名前はシャルル・マーシャル。
頭が良く、身体は鍛えられており、外国語も堪能。
あまりの優秀さに王女が惚れ込んだと言う事だが。見かけはヤサ男である。
塀越しに、相談してみれば、あっさりとこう言われたのには文句が言いたくなった。
「シャルル。貴方って人は…まったく。」
「うちの一族も、ミルティアの一族も優秀だからね。目につけられたんだよ。
それに僕、将来、王配になるじゃん。ミルティアを選んだって事は立派な政略だよねー。」
「政略ね…。まぁ…でも、従兄よ。従兄。」
「そう言えばさ。ミルティア。虐められているんでしょ?僕と王女様で、強く言ってあげようか?公爵令嬢達に。」
「いいわ。私が早く婚約者を見つければいいって訳よね。そうしたら、嫌がらせ受けないですむわ。」
「そう?それじゃ頑張って。」
シャルルは従兄である。
自分の事は自分で何とかしなければならない。
相談はしたけどね。
ミルティアはこれはグラント以外の婚約者を急ぎ見つけないと思ったのだが。
レゴス伯爵である父に頼み、色々な伯爵家の令息と見合いをと思ったのだが、
全ての伯爵家から断られた。
どうもアレゴノフ公爵家から強い圧力がかけられているらしい。
そのうち、レゴス伯爵家もアレゴノフ公爵家から圧力をかけられて、嫌でも、
グラントと結婚しなければならなくなるのではないか。
ミルティアは余計に焦った。
そんな中での、とある夜会。
ミルティアはグラントに何としても一言、文句を言ってやりたいと思っていると、グラントが傍に寄って来た。
「ミルティア。私と婚約して欲しい。」
「困りますわ。お断りしたはずですけど。」
そこへ凄い形相のエレナ・アレクシャス公爵令嬢がやってきて、ミルティアにいきなり、ワインをぶっかけた。
「この泥棒猫。わたくしのグラント様に慣れ慣れしくしないで。」
グラントはミルティアにハンカチを差し出して、
「これでとりあえず拭いて。」
そして、エレナを睨みつけ、
「私は君と親しくした覚えはないのだが?」
「貴方はわたくしと婚約すればよいのです。こんな冴えない小娘。」
そこへ、従兄のシャルルがメリッサ王女をエスコートしながら、やって来た。
シャルルがにっこりと天使の微笑みで、エレナ・アレクシャス公爵令嬢に向かって。
「貴方は、アレゴノフ公爵領の歴史をご存知ですか?アレゴノフ公爵領の特産品は?
アレゴノフ公爵領の求める改革は?」
エレナがえっ?と言う顔をして、言葉に詰まる。
メリッサ王女がミルティアに、
「ミルティア。貴方なら答えられますわね?」
「グラント様の領地、アレゴノフ公爵領は北の国境、レゴント国と隣接し、幾度となく隣国の越境を睨みを効かせ防いで来た国の要の領地の一つです。特産品は小麦ですわ。寒さに強いレーテナ品種を使用したアレゴノフ産の小麦は、この国で重宝されておりますわ。
改革は新たなる特産品の開発。そして小麦を作る農民はベテランが多けれども、若者が少ない。若者の導入に力を入れている。と言う所ですか。」
グラントは嬉しそうに、
「君は私の領地の事、とても詳しいんだね。」
「あら、学園で習いますわ。それ位。エレナ様も他の皆様も習ったでしょう?」
習ったかもしれないが、公爵領、伯爵領は沢山あるのだ。とてもじゃないが覚えきれない。
シャルルがにこやかに。
「グラント様を愛するんだったら、アレゴノフ公爵領の事ぐらいは覚えておかないとね。」
エレナや他の令嬢は青くなった。
グラントはエレナに向かって、
「私が求めるのは優秀な人材。私と共に並び立ち、領地を経営してくれる伴侶だ。
君は役に立てるとは思えない。ミルティアは素晴らしい女性だ。私はここに宣言する。
ミルティア・レゴス伯爵令嬢と婚約する。」
「ええええ??婚約宣言しないで下さいっ。私、承知しませんから。」
ミルティアが真っ青になって断ると、
メリッサ王女がグラントに向かって、
「貴方は性急過ぎよ。」
そして、ミルティアの方を向き、
「それからミルティア。悪い話ではないとわたくしは思いますわ。
グラントはわたくしの従兄に当たります。昔から知っていますが、とても良い男よ。
政略的にも、損はないはず。だから、前向きに考えて欲しいとわたくしは思っているわ。」
「メリッサ様。」
グラントはミルティアの手を取って、
「どうか、ミルティア。私の婚約者になって欲しい。共に、アレゴノフ公爵領を支えておくれ。」
「解りましたわ。」
承知するしかなかった。
結局、婚約をしたのだけれど、グラントはそれはもう、優しくて…
アレゴノフ公爵も公爵夫人もミルティアにはとてもよくしてくれて…
ミルティアがグラントを好きになるのに時間はかからなかった。
そして、あれよあれよという間に、皆に祝福されて結婚してしまって。
気が付いたら、子供がお腹にいたという事態になった。
グラントは愛し気に妻のお腹を触りながら、
「ああ、このお腹に愛しい私達の子がいるのだな。」
ミルティアも嬉しそうに、
「そうですわね。何だか信じられませんわ。」
ミルティアはその優秀さから、グラントを助けアレゴノフ公爵領の発展に尽くした。
子も沢山産んで、二人は幸せに暮らしたと言う。