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黒き王と血と涙  作者:
3/3

吸血鬼の晩餐

ガシャリ…ガシャリ…。


夜の闇に鈍い金属音が混じっている。

静寂の中、生まれたこの場にそぐわない音は、聞く物を恐れさせずにはいられない。


ガシャリ…ガシャリ…。


身体能力の向上に併せて、人間に夜目が効く者達が増えて早数年。しかし、街頭というものは街にまだ残っていた。夜目が利くようになったとしても、人は無意識に闇を恐れているのだろう…。


その街頭の光が一人の少女を浮かび上がらせる。

風に舞う金髪は美しく、まるでそれ自体が光を発しているようだ。碧眼は金髪に絶妙のバランスで調和され、肌は白磁のように白い。人形のような見た目14、5歳程の少女。お伽噺の中の姫が飛び出してきたようだ。もしかしたら、実際、彼女は姫なのかもしれない。何故なら、この現代にはお伽噺が溢れているのだから。


ガシャリ…ガシャリ…。


―だからこそ、それは異質だった。


少女の触れれば折れてしまいそうな細い手足に着けられた枷と首輪。

手足は必要最低限動けるだけの長さの鎖が付いた手錠、足枷。

首輪は今にも少女の首を食いちぎらんとする程に締め付けられている。

なまじ見目麗しい容姿をしているだけに、その姿はあまりにも痛々しい。

まさに彼女は拘束されていた。


しかし―


しかし、少女は笑顔だった。

見る者を惚けさせるような満面の笑みは拘束されていることと相まって倒錯的な美しさすら感じさせる。

そう言葉を並べ立てて何が言いたいかというと―少女は美しい。これにつきる。


「あっ」


鎖を引きづりながら、とぼとぼと歩いていた少女は、前方にあるものを発見して、笑みを深くした。


「見〜つけた♪」


口唇をペロリと舐めながら、少女は今日の晩ご飯の味を想像した。







玲二は鎖を引きずる少女を見た瞬間、臨戦態勢を取った。

それは少女があまりに異様な出で立ちをしていたからではない。玲二は特区に住める程の死能使いだ。異様な出で立ち、精神破綻者と修羅場をくぐる抜けた経験は幾度もあった。たとえ、最近は『遊び』にかまけて実践を経験していないとはいえ、そこらの連中に遅れを取るはずもない。


しかし玲二は嗅ぎ取っていた。

戦場を経験した嗅覚。

それはまさしく、眼前の少女を強敵として認識している。


「はぁー!」


玲二は体勢を低くし、腰を落とす。

すると、玲二の周囲はバリバリと音をたてて帯電を始めた。これこそが玲二の死能である。『雷光一閃』の柳玲二。孤児として幼少を育った男は、今やその道では知らぬ者なしのビックネームとなっていた。


「久しぶりの殺し合いだ。加減はできんが、よもや怯えてはおらんだろうな?」

「まさか」


玲二の挑発に答えたのは、やはり満面の笑みの少女。死能を見せた玲二に対しても、何ら恐れも怯えも見せない。


それどころか―


「おじさんこそ簡単に死んじゃわないでよね!」


強烈な殺気を放ちながら、挑発をしかえした。


「よく言った」


瞬間。

玲二の姿は消えていた。

そして、訳も分からぬまま、少女は銃弾のように吹き飛ばされ、いくつもの街頭を粉砕していく。

そこに至って、ようやく玲二の姿を視認できるようになる。

その身体に着ていた服は焼け焦げ、白い煙を放っている。それは超高速で移動したことによって引き起こされていた。

蹴る足と殴る拳に雷撃を一点集中させた一撃必殺を目的とする技。玲二の二つ名にもなっている雷光一閃その技である。


「死んだか…」


数十メートル先には動かなくなった少女。

未だ、この拳を受けて立ち上がった者はいない。

まして、相手は少女だ。その体内は衝撃と雷撃でグチャグチャになっているはずである。


立ち上がれるはずがない。そう判断をくだして、玲二を少女から視線をはずす。


「ははっ!」


玲二は戦闘の高揚に酔ったように笑いを零す。


「当然の結果だ」


なにより―


―この俺が負けるはずがない。


死能使いとして突出した能力を持って生まれてきた人間特有のプライド。それは驕りとなって玲二の心の奥底に凝り固まっていた。

それは油断。

それ故、強者として認識した相手の生死を確かめなかった。


玲二が少女から視線をはずし、振り向いたその時―玲二の首筋にぞっとするような怖気が走った。

その怖気の正体を確かめぬまま、玲二は反射的の首を大きく逸らす。その首を薄皮一枚の所で裂いていく研ぎ澄まされた凶器。

続く第二連撃目。体勢の崩れた玲二は雷を使って回避しようと試みるが、油断で混乱した頭より、二撃目のほうが、ほんの刹那の差で早かった。

狙われたのは足首。

その凶器は玲二の足首を容易く裂いていく。


「ぐあっ!!」


玲二は苦悶の声を上げながら相手から距離を取る。

裂かれて、鮮血を撒き散らす足を庇うようにしながらその相手―殺したはずの少女を睨み付ける。

少女は変わらぬ満面の笑みでその視線を受け入れる。

変わったことといえば、口唇の端から血を流していることと、拳を受けたであろう腹部の服が焦げ、拳の形に捻れていることだろう。


「おじさんやるじゃん!私殺すつもりだったんだけどなー」


少女は何事もなかったかのように蹲る玲二を見下ろす。その様子からは、とても必死の一撃を受けたようには見えない。


「貴様…何者だ?」

「私?…私はただの―」


玲二の視線を楽しむかのように少女はそれを口にする。


「―しがない吸血鬼だよ」











吸血鬼。

それは幻想種の一種である。

物語の中の住民。龍、ペガサス、悪魔、天使に代表される強力な力を持つ存在。

吸血鬼はそれらの中では一歩劣るものの、それでも非常に強力な幻想種である。


だが―


「…馬鹿な。幻想種だと…?」


幻想種は死能使いの中でも非常に稀少だ。日本には万を超える死能使いがいるが、幻想種はその内の100にも満たない。


なにより―


あの少女の格好からすればありえない。

幻想種となれば、それだけで高い位につける。しかし、少女はまるで囚人のようなのだ。玲二が信じれないのも無理はなかった。


「じゃあ続きやろっか」

「っ!!」


しかし、玲二のそんな戸惑いも少女が何気なく言った言葉によって吹き飛ばされた。そして、改めて認識した。

自分が今、とんでもない危機にいることを。

目の前で笑っているのは幻想種。

幻想種にはそれぞれ特性があり、吸血鬼の特性は―


「―不死性…」


死なない。

身体を解体しようと、燃やそうと、灰にしようと、潰そうと、沈めようとも死なないのだと言われている。そして、その通り、少女は玲二の渾身の一撃を受けても何事もなかったかのように立ち上がって見せた。

玲二は生まれて初めて、怯えていた。


「はははっ」


その笑いは高揚ではなく絶望。

人は未知の存在に対して無意識に恐怖を抱く。それは本能的なものであり、よっぽどのことがないと拭いさることはできない。


だが―


「はぁーっ!」


玲二はその絶望と恐怖を意志でねじ伏せる。

ここで戦わずしていつ戦う!?

玲二は戦意を奮い起こしながらも、今にも自分を殺そうとしている少女の美しさに、見惚れていた。絶対的な強さと美しさ、それは玲二が最も渇望してきたもの。

今日殺したあの者達も素晴らしかった。

父は助からぬと悟りながらも、家族のために頭を地面の擦りつけ、妻と娘はそんな父を愛し、信じていた。それは殺されてからも変わらないだろう。

美しい。美しかった。


そして―


そんな美しく、尊いものを壊すことこそが玲二にとって至高の快楽だ。

故に、破壊しよう。蹂躙しよう。唾棄しよう。穢そう。―魂まで。

今ここに邪悪なる覚悟は完成した。











少女は歓喜していた。

理由は至極簡単である。

今まで右往左往していた敵が覚悟を決めたのだ。これ程嬉しいことはない。

少女は自分の腹をさする。

素敵な一撃だった。

恐らく、自分以外なら断末魔の声すら上げることなく絶命していただろう一撃。

しかし、足りない。あれでは足りないのだ。

―あれでは、まだ自分を殺してはもらえない。


玲二が全身を帯電させ、輪郭があやふやになっていく。

少女はそれを受け入れるように手を広げ―


「――っ!!」


雷撃のようにジギザグの軌道を描きながら、玲二が迫る。

少女が手を広げたことに、一瞬だけ気を取られたようだが、それを無視して疾駆する。

速さは先ほどよりは遅い。

だが、込められた力は段違いであった。そして、今まさに溜めている最中。

まるで、玲二自身が雷そのものになっている錯覚さえ覚える。


「いいよー!」


少女の瞳に狂気が宿る。


「雷光―」


溜めを十分に終えると、玲二の速度は飛躍的に上昇した。

残像を残しながら、少女を殺そうと全身をバネにして伸び上がる。

決して大振りではなく、しかし、勢いは殺さないように。

何万回と繰り返され、洗練されたそれは一種の芸術である。


「―双閃っ!!」


引き絞られた拳が少女の美しい顔に突き刺さり、蹂躙する。


「うがっっ!?」


さらに、それだけに留まらず、空いた片方の拳で顎のアッパーカットを放つ。


が―


その二撃目は阻まれていた。

少女の手を拘束していた鎖によって。

どんな素材でできているのか、それは玲二の拳を確かに阻んでいたのだ。


「はああああああっっ!」


玲二がさらに力を込めると、さすがに鎖は脆くも崩れ去っていく。

そして、鎖が完全に破壊された瞬間―

底知れぬ狂気と殺意が玲二を襲った。


「なっ!」


拳は鎖を突き破り、少女の顎に突き刺さっている。

だが、少女は未だに笑みを崩さないどころか、さらに深くする。その瞳は深い陶酔に酔いしれていた。


「楽しかったよ、おじさん。さすがは特区。私が殺すに値する」


少女の細い両手は玲二の拳を握り、引き裂いた。

玩具の腕にように容易に行われたそれは、まさい狂気の所業。

手の封印拘束を解かれ、力の増した少女には簡単なことだった。


「ああああああああっ!」


吹き上げる鮮血。

少女はのたうち回る玲二を組み伏せると、その首筋に人間にはない発達した刃を突き立てた。


ゴクゴク。


少女は怪力で締め上げながら、喉を鳴らして、玲二の血液を飲み干していく。

すると、美しい顔を歪めていた傷が見る見るうちに再生していく。

一分もすれば、そこには何ら変わりのない傷一つ無い相貌があった。

その間も、少女は恍惚とした表情で血液を飲む。


そして、十分もした頃だろうか?

少女はおもむろに立ち上がり、血に濡れた口元をペロリと舐めると―


「ごちそうさま♪」


最早、ミイラと化した玲二に向かって、礼儀よく手を合わせるのだった……。

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