プロローグ
「許してくれぇー!!」
鼻水を流しながら、頭を地面に擦りつけるようにして絶叫する中年の男。
みすぼらしい服を身に纏ったその姿はこれ以上なく憐れである。
男の名前は望月。
何の罪もない男であった。
もしも仮に男へ罪を与えるのならば―
―存在することこそが罪なのだろう。
しかし、そんな望月にも守りたい者、譲れに者があった。
「ひっく、お父さん…」
「大丈夫、大丈夫よ!」
望月が庇っているのは、己の命よりも大切な家族。
娘と妻である。
理不尽だ!理不尽だ!理不尽だ!
望月は世界を恨まずにはいられない。
望月は敬遠な神の信徒であった。
毎日の礼拝を欠かしたことはないし、教えを破ったこともない。
ただ、平凡な毎日を望んでいただけだ。
だというのに!
こんな事があっていいのだろうか、と。
望月は娘と妻を抱きしめながら、声なき慟哭を上げる。
「殺せ」
望月を見下ろしていた黒の軍服に身を包んだ男は、何の感慨もなくそう短く告げた。
腕の辺りに備えられたこの国の神を意味する不死鳥のマークの銀の腕章がキラリと光る。
ダダダダダダダダダッ!!
連続する銃撃音。
サブマシンガンの一斉射で、数多の尊い命がゴミのように消えていく。
否―この世において、尊い命とは限定されていた。
祝福された者とそうでないもの。
世界は絶対的な差別と共に成り立っているのだ。
多くの虐げられし者達を見ない振りをして……。
軍服に身を包んだ男―柳玲二は抱き合いながらも血にまみれるその死体を眺め、鋭利に整った顔を笑みの形に歪める。
見る者をゾッとさせる笑みを浮かべながら、玲二は部下に告げた。
「これを処分しておけ」
玲二にとって、眼前にあるのは、ただの『モノ』でしかない。
所詮は祝福を受けることができなかった出来損ない。
玲二は、その出来損ないで遊ぶのが唯一の趣味であった。
何の罪悪感も抱かない。
狂った選民思想に身も心も囚われた愚かであり、それゆえに恐ろしい人間だ。
玲二は最後にもう一度だけ死体を一瞥すると、背中を向けて歩き出す。
「先に戻っている」
「はっ!」
玲二はそれから一度も振り返ることはなかった。
「はぁ……」
俺は一度だけ小さく溜息を吐く。
そして、目の前に広がる惨状を改めて目に焼き付けた。
俺が殺したのである。
何故なら、今の俺は柳玲二に付き従う従順な部下。
命令されれば、どんな汚い仕事も厭わない。
ゆえに、俺に後悔はない。
そんな資格はないし、そんなものに意味はない。
得られるのは自己満足だけだ。
それは許されない。
俺はサブマシンガンから火炎放射器に持ち替える。
今から、死体を焼却処分するのだ。
この世界において、祝福されていない者は最低限の尊厳さえ与えられない。
本当に腐りきった世の中だと思う。
だから…俺は―
火炎放射器のスイッチを押すと、青の炎が吹き出す。
その炎で一切の躊躇なく、死体を焼き払った。
人間の身体というのは、よく燃える。
俺が玲二の部下になって学んだといえば、それくらいだ。
燃え、いずれは灰になろうとしている、以前は敬遠な神の信徒だった家族に最後の言葉を告げる。
「神は俺が殺す」
炎は揺らめいて、俺の姿を映す。
いずれはこの身もその業火に焼かれることになろだろう。
その日まで、戦い続けよう…。
今からほんの五年前。
神から祝福が与えられた。
それは冗談でもありきたりな妄想でもない。
何故なら、現実に異変が起こったのだから…。
―ある者は手から炎を生みだした。
―ある者は重力を操ったと言う。
―ある者は空を自由に飛び。
―ある者は龍に姿を変えた。
まるで空想の世界。
非現実。
しかし、そのような異能を扱える者は次第に増えていった。
異能を扱える者は総じて身体能力が飛躍的に向上し、やがては異能を発現していないものを迫害し始めた。
初めは一部だったそれが、着実に広がっていき、異能者が政権を掌握したことによって急速に浸透した。
ここが日本だと誰が信じるだろうか?
首都、東京は異能者同士の争いにより廃都と化し、今では無能者が細々と怯えながら暮らすスラムに成り果てた。
異能者も、力の強さによって明確に階級が分けられている。
外交においても、日本はその力を誇示し、逆らう国には武力行使も行っている。
それもすべては、現・日本のトップによる仕業だ。
独裁国家。
日本はかつてのドイツよりもなお酷い。
そのトップとは異能者達が神と崇める存在である。
その顔を見た者はただの一人もいない。
どんな強力な異能者も彼に逆らうことはできない。
なぜなら、異能者達は彼に一度殺されているのだから。
異能が発現した者は皆、口を揃えて言う。
『不死鳥に食い殺される夢を見た』
そして、彼はその不死鳥とまったく同質の雰囲気を纏っており、姿を眼にするたけで震えが止まらなくなる。
魂に刻まれた恐怖。
―死能
死んで始めて得られる力。
自分達は生まれ変わり―新生した特別な人間だ。
そんな幻想を抱いているのだ人間は。
一度、滅びるべきだろう……。
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