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ユラ「……と、創造者さんにお願いをしてみたわけだけど」
ユラは、私とナキが飲み終えたスープの器を片付けながら言う。
ユラ「2人とも、この世界が作られたものだって本当に信じてるの?お願いしても何も変わらないじゃん」
蒼「私たちがこの世界の外に出るなんて、本当にできるわけないと思ってるでしょう。行ってみせるよ、絶対。」
ナキ「でも、信じる信じないは抜きにして、この世界が作られたものかもしれないことは否定できないよね。この世界が色々おかしいことももちろんあるけど、
例えば僕たちは、今この瞬間も自然に頭に浮かんでくる思考や感情に従って話したり行動したりしている。でもその思考がどこからやってきているのかわからない。」
蒼「これまで話してきた自由意志の考えなんかも、創造者のものかもしれないってことだよね」
ナキ「そういうことだ。でもおかしいと思わないか?
そもそもなんで僕たちは “作られたものかもしれない” っていう思考実験が成り立つような、不確実な存在なのだろう」
蒼「自分自身がどこから来たのか、この世界はどうやって存在しているのかを知らないってことがやっぱり大きいのかな。しっかり調べれば科学的にわかるのかもしれないけど」
ナキ「それらを知ることができたとしても、それは作られたものかもしれない」
蒼「じゃあ逆に、不確実じゃない存在って何?」
ナキ「全知全能だよ。どんなことも知っていてどんなことも起こせる存在は、全てのものがなぜそのように存在しているのか、という“理由”そのものになる」
蒼「うーん、でも全能者が “全て” を知っていたとしても、全能者自身にはそれが本当に全てなのかはわからないんじゃない? “全て” が全てだと証明するには、その “全て” 以外のものは存在しないことを証明する必要がある。でも全能者は “全て” しか知ることはできず、どこまでいっても “全て” 以外を知ることはできない」
ナキ「そう、だから全能者は孤独なんだ。
孤独と言っても、僕たちがイメージするような孤独とは根本的に違う。僕らが想像する孤独は、誰もいない、もしくは何もない所に一人ぼっちって感じだろう。でも、全能者の孤独は、何もない “無” を認識することはできないんだ。“無” は存在していないからね。」
蒼「イメージしづらいな…」
ナキ「全能者は、あらゆる世界、あらゆる存在を自分の一部のように思い通りにできる。全能者にとって、“全て” は自分自身そのものだ。
逆に言えば、全能者は、自分自身のみしか認識できない者だとも言える。
そして、認識している全てが自分である時、“他者” という概念はなくなる」
私たちの会話を途中まで聞いていたユラだったが、早くも横になり寝息を立て始めた。蒼はそっと毛布を掛けてやる。
蒼「全てを思い通りにできるって、まるで頭の中の空想みたいに好きなようにできるってことでしょ?それって “全て” が本当に存在しているのか、それともただの妄想なのか、全能者には判別がつかないんじゃない?」
ナキ「それ以前の問題だ。僕たちは空想する時、現実の自分とは別に、人や物だったりを思い浮かべるだろう。でも、全能者にとっての空想は自分自身と何も変わらない、言わば自分自身の一部として認識されるんだ。
さらに、さっき全能者にとっては “他者” という概念が無くなると言ったけど、それはつまり “自分” という概念が無くなることでもある。自分の他に、世界とか他者とかが存在するから初めて “自分” という概念は存在し得るものだからね」
蒼「じゃあ、全能者にとっては自分も存在しないし、世界や他者も存在していないの?じゃあ全能者が認識しているものは一体何なの?」
ナキ「それが “全” ってものなんだよ。“自分 と世界” の概念のもとに存在している僕たちにはわからないかもしれないけど」
蒼「じゃあ私たちには、なんで自分とか世界とかが存在しているの?」
ナキ「これは仮説なんだけどね、
“全” そのものだった全能者は、ある時思ったんだと思う。なぜ “全て” 以外は存在しないんだ?と。
その瞬間、全能者を “自分” とし、それに対して “世界(自分以外)” という概念が生まれた。
“自分” と “世界” は、陰と陽さながら、どちらか片方だけでは存在し得ない。自分と世界という概念は、同時に誕生した。そしてその概念が生まれた瞬間、その概念に従って “全” は形を変えた」
蒼「その結果、こういう形で世界が存在しているってことなの?」
ナキ「おそらくね。
しかし、その世界に対しても疑問が生まれることになる。それが、さっき蒼が言った “ 世界は自分の中だけの幻想なのではないか ” という疑問だ。当然、この世界が幻想ではないという証明はできない。なぜなら “自分” として “世界” を認識しないと、世界は存在し得ないからだ。同様に “自分” が認識するものである幻想と、世界とを判別することはできない。
さらに、“自分”と“世界” は、“陰と陽” のように相対することでお互いに存在できるものだ。よって、仮に “世界” が幻想ではないとしても、絶対に “自分” と “世界” が本当の意味で相容れることはない。“自分” は “世界” の存在の本質を理解することはできない。それは、人と人は本質的に、お互いにわかり合うことができない、ということを意味する……
そして、世界はまた形を変える。」
蒼「え、今話したのって私たちの世界のことじゃないの?」
ナキ「確かに僕たちの世界に、今話した要素はある。でもその問題は、もうなくなっている。」
蒼「どうやって世界を変えたの?」
ナキ「さっきと同じだよ。初めは区切りのない “全” だったものに、“自分” という区切りを作ることで世界を生み出しただろう」
蒼「じゃあ、また区切りを作るの?」
ナキ「そうなんだけど、また同じ区切りを作っても、新しい世界は生まれるかもしれないけれど仕組みは変わらないんだ。だから新しい区切りを作る必要がある……
その区切りというのは、実は “自分と自分以外が重なり合っている” という概念なんだ。それを生み出したことで、同時に、“自分と自分以外が重なり合っていない” という概念が生み出された。」
蒼「“自分と自分以外が重なり合っていない” って、元々の世界じゃん」
ナキ「でも実際その世界は、“自分と自分以外が重なり合っている” という概念があるから存在できるものだ。
“自分” として存在している者が全能者の孤独を思い浮かべた時、どうしても “自分” としての孤独を思い浮かべてしまうように、
“重なり合っている” という概念の存在しない “重なり合っていない” 世界は、僕たちには想像し難いものだ。存在している時の感覚さえも、まるで違うだろうからね。恐らく、ただ “重なり合っていない” だけの世界は、誰にも認識されない創作物、のようなものではないかと思う。」
蒼「全然実感が湧かないんだけど、“重なり合っている” って一体どういうことなの?」