風の噂にも流れない話。
道を歩いてるときに石を蹴ったことがあるでしょう。
そんな程度のお話です。
夕方、帰宅のために僕は電車を待っている。
この時間の駅のホームは帰宅ラッシュ真っ只中で実に人口密度が高い。
人を米粒と見立てるなら、まるで半球の形を保つチャーハンの様な。
駅のホームは皿で。
と、考えているうちに自宅方面へ向かう電車が来た。
シューッという空気を輩出するような音と共にゆるりと止まる電車。
その電車の扉が開き、流れ込むホームの人達。僕もその一人。
空いている席に座り「ふぅ…」と声ですらない息を吐く。
扉が閉まり発車する。
自宅までは距離があるため乗っている時間は退屈になってくる。
電車に揺られながら景色を眺めて物思いにふける。僕の日常だ。
物思いにふけると言っても晩御飯を何にしようかと考えているのが殆どだが。
(そうだ、今日はチャーハンにしよう…)
駅のホームで考えていた半球型のパラパラのチャーハンで今日の晩御飯は決まった。
止まる電車、外は見慣れているが降りたことのない場所。
まだまだ自宅までは時間がかかるなと思い、僕はチャーハンの作り方を入念に考えることにした。
で、まずもって「パラパラのチャーハン」の「パラパラ」とは何か?
炒めた米の一粒一粒がくっついていない状態なのは確かだろうが、それなら似たような言葉で「サラサラ」がある。
サラサラのチャーハン。あまり美味しくなさそうだが…。
スプーンで掬ってもこぼれ落ちて最低限の量しか掬えないかもしれない。
そう考えるとサラサラのチャーハンはパラパラ以上のパラパラしたものなのかもしれない。
つまり米が離れすぎずくっつきすぎずのバランスをとった作り方が必要か。
チャーハンの大体の作成方針が決まったので、自宅の冷蔵庫の中身で必要な食材を考える僕。
まずは米。これがないとチャーハンは作れないが冷やした米があるので問題ない。
次に卵。米と米を離す役割をもつ食材だ。
無くても作れるだろうが卵の入ってないチャーハンは物足りないと感じてしまう。
(そういえば卵を切らしてたじゃないか…!!)
なんてことだ。
チャーハンにおいて米を引き立てる重要なポジションの食材を切らしてしまっていた。
(駅に着いたらそのままスーパーに向かうか?)
現段階で僕のお腹は給料日前の財布の中身以上にすっからかんだ。
食べれるのなら1秒でも早く食べたいのだ。
いや、そもそも財布の中身がすっからかんなのは僕だけかもしれない。
今は財布がどうのよりも食材をどうするかだ。
(コンビニに卵を買いに行くか…?それならチャーハン弁当を買った方が早いか)
もはや作る工程の考察よりもいかに早く食べるかが主題になっている。
顎を人差し指と親指で挟み天井を見上げる。
僕がこういうときは大体何も考えていない。
脳が思考を諦めた証拠だ。
しかし葛藤は続く。
自分で作った最高のパラパラチャーハンか。
手早く食べれるコンビニのチャーハンか。
僕は料理が得意というわけではない。
故に最高のパラパラチャーハンを作れるかと言われればそれは分からない。
もしも少しでも失敗すればそれは最高とは言えず、よもやパラパラですらなかったら僕はふて寝するまではいかないが「コンビニでチャーハン買っとけば良かったかなぁ…」と嘆くだろう。
気持ちで言えば自販機に小銭を入れても反応しない上に返金のレバーを引いても返ってこない時ぐらいに落ち込む。
かたやコンビニ弁当は既に出来上がっている故にすぐに食べられる。
だが問題なのはそもそもチャーハン弁当が置いてあるのか。
更には僕の求めるパラパラ具合を実現できているのか、というギャンブル性の高い選択だ。
この空いた腹と僕の脳は「チャーハンを寄越せ!!」と一致団結して精神を、または単なる気分をそれで上書きしてそれ以外を考えられなくしている。
そこにチャーハンが無いという事実は想定でさえ絶望を感じるほどだ。
天から垂れた蜘蛛の糸が千切れた時の様な、肉体的にも精神的にも堕ちる感覚。
ハイリスクローリターンと言ったとこだ。
だがこれは決断しないと行けない。
自分で作るか、手早く済ませるか。
僕がどちらかに軍配を上げるまでに両軍の争いは苛烈なものとなっていた。
地が争いの勢いで揺れるほど、最早どちらかに贔屓をした意向を示さないと一生決まらないことだと僕は思った。
歯を軋ませて汗が頬を伝う。
苦渋に苦渋を重ねて僕は軍配をどちらに上げるかを決断した。
「お客様、終点でございますのでご降車をお願いします」
目の前で駅員さんが柔和な笑顔で語りかける。
一瞬何が起きたか分からなかった。
目の前のチャーハン戦争は?どちらが勝ったのか?
それを考えつつ周りを見渡す。
そこは見慣れない駅のホームだった。
「すみません…今降りますので」
駅員さんに軽く会釈をして座席から立ち電車を降りる。
ホームの看板を確認すると僕の自宅のある駅から数えないと分からないほどの数を跨いだ先にある末端の駅だった。
ここで目を擦りと同時に僕は理解した。
電車で寝て乗り過ごしてしまったんだなと。
後書きです。
作者のイ夢です。
なんてことのない虫も報せないお話です。
ただ思い付いたものを書きなぐったりしたものでもあります。
気に入ってもらえれば幸いですが、お気に召しませんでしたらごめんなさい…。