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歪り花と人喰い魔女②


 距離を一度置いて魔女を観察し、傷を与え続ければ押し切れそうだと気付けたところまでは良い。

 けれど、そのまま立ち止まっているのはきっとまずい。

 立ち止まるのは駄目だ。魔法を極めた彼女には、離れた敵こそ得意な相手に違いない。


 それなら次は近づくしか無い。

 刃の魔法使いがニアに攻撃を入れた時も、彼女の間近に居た。さっきは負けたけど、どちらかと言えば近くの方が苦手なはず。接近戦なら今のわたしだって戦える。

 この足なら、スキをつけば詰めることも出来る。


「"歪む虹色(グルームバブル)"」

 手の平に特大の魔力を練り上げ砕く。歪の魔法が作り上げたのは、巨大なシャボン玉。

 街の上空を覆う程の虹色は、光を屈折させてうっすらと七色の模様を街全体に映し出した。


「身を裂く戒め"野薔薇"」

 魔女の足元から野薔薇を生やして縛り上げた。時間稼ぎだ。ツタが全身を縛り上げる前に凍りつき、ガラスの塊のようにバリンと割られた。当然のように凌がれているけれど、十分だ。


「歪め」

 フッと、街が突然闇に落ちた。無くなったのは光だけなのに、音まで消えて静まった。おそらく魔女は何が起きたか分かっていない。わたしを見失って魔法も繰り出せないようだった。

 これはわたしの魔法だ。街の上空にあるシャボン玉で、太陽の光を歪めた。今は街へ降り注ぐはずの光を全て極一点に注ぐため、かき集めている。

 こちらにとっては完全な闇じゃない。夜でも見えるフクロウのように、目の作りを歪めてある。今のわたしには彼女の姿が見えている。


「これ、前もやってた気がする」

 きっと記憶を失う前の魔法だ。だから自然に出来たのだろう。魔女の目は暗闇に慣れていない。距離を詰めつつ、かき集めた光でスポットライトのように魔女を照らして焼いた。


「アア、アアア!」

 白い光線にさらされた魔女が吠える。皮膚の表面がグズグズと溶け、斑に火傷を広げていく。

 思った以上に効いている。けど、それはそうだ。怪我を治す力が今は弱いのだから。魔女は日の光からから逃れようと身体をふらつかせつつ、一振りの刃を作り出した。閃く刃先が打ち上がり、一瞬でシャボン玉へと届く。


 大量の空気が一度に弾ける音。上空で行き場を失った歪の魔法が、大規模な爆発を起こして衝撃の波が巻き起こるのと、わたしが魔女の懐へついたのは同時だった。


 日がいつも通り降り注ぐ。目は見えている。火傷が治る前に、爪を練り上げ振りかぶる。

 魔女が鈍色の魔力を練り上げ体を覆った。おそらく体を固める魔法。


「歪め"黒爪"!」

 ケンカのやり方なんて知らない。でも関係ない。不意をついたお陰か、歪の魔法で身体を強化してあるからか。メチャクチャに振った爪を彼女は避けきれない。


 鈍色の魔力で固められた体は、鉄のように硬かった。でもこちらの爪の方が強い。黒爪が沈んでお腹を裂いた。五本の傷から血を吹き出して、わたしの顔を赤く染める。

 やった。そう思った瞬間、また雷が走った。

 バチィッと空気の膨張する音。血管全てを電流が駆け巡る。首は引きつり骨がギシギシと鳴いた。


 でも、歪の魔法はわたしの命令通り止まらない。黒い魔力が心臓をバクンと収縮させ、痺れて動かないはずの身体を操って、今度は左の爪を振り切った。新たに五本の飛沫が舞う。自分でそうしたのに、痺れの残る神経は刺激を返して、全身引き裂かれるように痛みが走った。


「うあ! ああっ――」

 景色が霞んで、色が抜けていく。多分瞳も白んでいる。バチバチするものが頭をかき回し、現実は遠ざかる。

 それでも止まっちゃ駄目だ。泣きそうな程の鈍痛の中、歯を食いしばって相手を見据える。


 水の魔法が切り傷を泡立てている。回復される前にもう一度、今度は右の爪を振るう。新たな傷に魔女の表情が歪む。


「あ"ッ!」

 すると必ず反撃が来る。ビキリと空間に亀裂が入ったかと思えば、左のふくらはぎより下はその断裂によって切り落とされている。それでも、ここで叩き込み続けるしかない。

 黒い魔力が足の形を成す。もはやその場で立ち止まり、魔女を切り裂くことだけに集中する。


「わぁぁぁ!」

 左の黒爪を振るって腕を切る。

 同時に水が高圧力で飛び出して、胸の中心に風穴を空ける。

 ヘリクリサムはとっくに降り続いて、傷を素早く塞いでくれている。

 もう一撃。魔女の左肩から顔を裂く。

 街の残骸の一つがこめかみを打ち抜き、鈍い痛みが頭の中で反響する。不死の花で間に合わない分は、歪の魔法で修正して。


「ま――てぇ!」

 接近を嫌がった魔女が、影の魔法で沈み込もうとする。だけどわたしの足の方が疾い。

 無理やり抱きつき爪を立てる。引き止めている間に黒い魔力で長い尻尾を作り上げた。魔女の胴体を絡め取り、逃げる方法を消していく。

 捕らえると同時、閃光が胴を横から貫いた。

 本来なら取り返しのつかない風穴。でも回復を全て魔法にまかせ、わたしはただ爪を振るう機械となる。


 爪で一撃入れるたび、魔法が必ず身体を撃ち抜く。集中が切れかけて黒い魔力が綻ぶ。練り直して再び爪を肉に通す。痛みに景色が白むたび、不死の花がわたしを気絶からすくい上げる。


 魔女は自身を巻き込まないようにか、大規模な魔法を繰り出さない。それでも向こうの魔法がずっと強いけれど、回復の早さならわたしがずっと上。

 少しずつ、確実に魔女の方が追い詰められている。


 一つ爪を振るうたび、五つの血飛沫が上がる。こちらは時々骨ごと粉砕される。

 それでも傷は癒やされて、後ろに引くなと押してくる。


 塞がりかけた傷口を裂く。

 左のお腹が抉れる。

 傷の少ないところを引っ掻く。

 耳が腐れて落ちていく。


 互いに暴力を交換しあい、魔力が暴風のように行き交った。

 頭の中がマグマみたいに沸き立って、きっと魔女もそれは同じ。時間が圧縮されていく。魔法の余波が周囲に巻き散らかされ、広場は本来の形を失っていく。


 人喰いの血と、歪な力を持った花がこの場を満たし、その中心で二匹の人喰いが暴れ続けている。

 肉を裂く感触。そして新しい痛み。交互にそれらが襲って、でも止まれない。

 鼻の奥に何かが届いてくる。これはきっと、死の臭いだ。

 それにももう構わない。死も、自分さえも忘れて、無我夢中で暴れ回った。


 さっき刃の魔法使いが作った地獄の牢も、中はこんな感じだったのだろうか。

 でも今はニアだけじゃなく、わたしもいる。

 二人で苦痛を分け合える。

 彼女と落ちていけるなら、地獄がどれほど深くても、底につくまで耐えられる。


 いつまでだって走っていける。どこまでだって落ちていく。だって、いずれたどり着く地獄の底で、ニアは助けを求めて泣いているのだから。


 だから待ってて、ニア。底へついたら、きっとわたしが救ってあげるから。そうして後は、かならず一緒に……


 爪の切り込みが深くなってきた。いける。魔女の魔力が弱まってきているのが分かる。

 終わりの近づく予感。

 ただし、この闘争にタイムリミットがあることを、わたしは完全に忘れていた。

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