93 幕間 闇に堕ちる千年帝国⑥
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「その身体は……ああ、嘘だ」
二人とも黒い翼と尻尾、そして頭には角。魔の眷属そのものだった。
「そ、そんな……」
大臣はがっくりとその場にひざまづいた。
「二人とも最後まであなたの身を案じていましたからーー」
絶望に震える大臣の耳元で、エンナは変わらぬ薄笑いでささやいた。
そしてくくっと笑った。
変わり果てた二人を目の当たりにし、大臣の目から涙が流れだす。
何が起きたのかを理解してしまった。
「話が……違う」
その後は、絶望と嗚咽で、声にならなかった。
「これは心外。全て約束を果たすため、魔界最高の魔術を駆使したのですよ。人間を魔族に転生させる秘術。大臣、あなたとの約束のために」
エンナはその時の様子を愉快げに語る。
大臣のいない間に屋敷が魔の手の者に襲撃された。
捕らえられた二人は極秘裏に、地下深い場所につれていかれた。
恐ろしい悪魔たちに囲まれながらも、必死に恐怖と戦い悲鳴を堪える娘、セレナと、観念したように、俯く妻のリンダ。
やがて、連れられた場所は、実験室の如く恐ろしい器械や祭具が置かれた部屋だった。
拘束されたまま棺桶のような薬液槽に寝かされる。
魔族たちによる詠唱が始まる。
その先頭にはエンナが立つ。
やがて、黒いおどろおどろしい液体が浴槽に注がれ、二人の身体を覆っていく。
黒い液体は身体にまとわりついて包み込んで行く。
二人はやがて飲み込まれて行く。
恐怖に涙をこらえつつも気丈に振る舞う二人。
「娘のセレナさんは、気丈に振る舞っていました。泣きもせず、命乞いもせず、ただわたしを睨みつけて……。くそ女、最低なごみくず、だとか罵倒してくれていましたよ。なんと強い子なのでしょう。あの純粋な青い瞳からわたしを突き刺す視線、今思い出しただけでも、胸がゾクゾクしてきます……」
「セ、セレナが……」
箱入り娘、と思っていた。恐怖に耐えられないと思っていた。
気丈に悪に引かなかった。悪魔に屈した自分と違ってーー。
「そして、あなたの奥さん。わたしはどうなってもいいから、夫を救ってほしい、許して欲しい。わたしに懇願した」
エンナが耳元でささやく。
約束にわずかに微笑む。
眼を閉じる二人。涙が一筋流れる。
薬液から再びその姿を現し、その眼を開いたときには、不適な笑みと恍惚とした笑みを浮かべる。
その身体には翼と尻尾、角が生えている。
黒い爪と唇。
そして二体の淫魔はエンナの手足に忠誠のキスをする。
エンナは薄笑いを浮かべる。
「今や二人は、わたしと快楽に忠実なしもべとして、仕えてくれてます。これからも末永くわたしの下で使ってあげますので、ご安心しなさい」
その崩れ落ちた大臣の前で、二人の頭を愛しげに撫でる。
ああ、エンナ様。
ありがとうございます。
二人はエンナを潤んだ瞳で見つめひざまずいている。
「ま、待て……これは、あんまりですぞ、なんとか、なんとか元にーー」
泣き崩れた大臣は、エンナに縋ろうとした。最後の慈悲を求めてその手を伸ばした。
だが、その手はエンナに届かなかった。
大臣の腕に何かがからみついた。
紐のように絡みつき、しばりあげた。
「なっ、なんだ、これは……」
振り返ると、妻と娘が間近にあった。
自分の目の前に。
「パパ、行っちゃ駄目」
「あなた、行かないで」
黒い角の黒い翼、そして尻尾ーー。
暗い部屋の中に、ぎらぎらと悪魔の赤い瞳が光る。
「ひっお、おまえたち……」
父は自分を締め付ける黒い尻尾から逃れようとした。
二人は獲物を捕らえようとする眼だ。
しゅるり、と蛇が這うような音がした。
「ぐわっ」
二人の長い尻尾があっという間にリザールの身体を捕らえてまとわりつく。
脚に巻き付き、腕をしばりあげる。
身体の自由が奪われてゆく。
「あは、パパ捕まえた」
「もう離さないわ、あなた」
そして二人に押し倒される。
仰向けにみると二人が舌なめずりをしている。
「え、エンナどの、約束はどうされたっ……セレナを止めてくれっ」
「パパーーやっと会えたねっ」
セレナが四つん這いで、にじりよってくる。尻尾で父を捕らえたまま。
「これはリザール大臣、あなたとの約束ですよ。二人の身の安全を保証した上で、返せ。三人で再び暮らしたい、と。だから、たった今、返したのですよ。思う存分、再会を楽しんでください。ああ、そうそう彼女にも約束しました。あなたちにはもう関わらない、と」
だがエンナは、笑みを浮かべながらも何もしない。ただ、たたずんでいるだけだった。
「それは……違うっいくらなんでもーー」
「残念です。大臣、まだあなたには、もう少し使い道があったのですが、しかたありません。これはあなたと娘のセレナさんと交わした約束ーー悪魔として守らなければいけません」
冷酷な瞳で薄笑いを浮かべるだけだった。




