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91 幕間 闇に堕ちる千年帝国④

 かつて魔族を地上から駆逐し、勇者が建国したというバロ二ア帝国。

 あれから千年の時が流れ、繁栄を極める帝国が、すでに再び地上に蔓延り始めた魔の手に墜ちている。

 皇帝はすでに操り人形、魔族の意のままに動く。

 皇后も同様に取り憑いており、その虜に墜ちている。

 皇太子も、その次の皇子も、皇弟夫妻も。


「ああ、この国は……世界はもうおしまいだ」


 夜な夜な魔の娘が何匹も皇帝に集っては、皇帝から精を搾り取り、そして快楽におとしてゆく。

 皇帝は堕落、ふ抜けさせられ、そして政務はあの魔女が握る。

 

「不覚……不覚……」


 原因は全てこの自分にある、とリザールは自分を責める。

 今から半年ほど前、夥しい金銀宝石、賄賂を渡されて、大臣が宮廷の女官に登用したその女、エンナが魔の手先だった。


わしがあの女を宮廷に入れてしまったばかりに……」


 たかが女官。一人入れても影響はなかろう。

 金に目が眩んだ。

 平民の身分からのし上がり、人一倍権力欲が強く敵の多かったリザールは、手にした政治権力を維持するための資金にしようと、邪に考えた。だがそれが致命的だった。

 悪魔につけ込まれた。

 悔やんでも悔やみきれない。

 絶対権力たる皇帝皇族が宮廷に入り込んだ魔に取り込まれてしまい、国家が乗っ取られた。


「おや、リザール大臣、まだそこにいらしたのですか」


 今更、ずっと前に気づいていたはずだが、白々しく話しかけた。

 体には禍々しい紋様が暗闇にも怪しく浮かび上がっている。


「エンナ殿、その……陛下にお伝えしたいことがありまして」


「陛下は、ご覧の通り、お取り込み中です。私が陛下の代わりに、御用をお聞きしましょう」

「しかし……」

「言ったではないですか、陛下は、お取り込み中だと」

「はっ」


 首をすくめた。

 帝国を陰で操るエンナになす術はなかった。

 いまや一国の宰相でさえも、この一女官に逆らうことができない。


「さ、先ほどのこと……なんとかなりませんかな、エンナどの建国記念式典のこと」

「それは会議で決めたとおり。意味のない式典などになぜあなたたち人間はこだわるのですか」


 あざ笑うエンナの口元からは鋭い牙が闇に白銀のように光った。

 目の前に魔族が平然とのさばっている今、勝利の式典など意味はなく、滑稽であるのは、その通りだった。

 しかし大臣はなおも反論を試みた。


「しかし、中止に異を唱えたハインツ将軍に同調するものもいるはず。あの人事、ちとあれは強引。かえって混乱を招きますぞ」


 あまりにも惨い。流罪と変わらない、と密かに同情する者は多いと思われる。

 辺境に飛ばしても、奸賊を除く、と兵を挙げたら、帝国を揺るがす一大事となる。国への忠誠心篤いハインツ将軍ならやりかねない。


「その心配は無用ですよ、大臣」


 ほんのわずか窓から差し込んでくる月明かりに何かが光った。


「そ、それは!!」


 エンナはいつの間にか血塗れのマントと兜を持っていた。甲にはめ込まれた金色の三日月の印は、ハインツ将軍のものだった。兜を無造作に床に放り捨てた。カランカランと乾いた音を立てて床に転がる。


「ハインツ将軍は、任地に赴く途中で不運にも事故に遭われたーー」


 薄笑いのまま、冷たく言い放った。


「どうしてもその下らぬ式典とやらをやりたいのなら、適当な代理にやらせておきなさい。そうね……リザール大臣、あなたが適任だわ」


 興味も無さそうに、応えた。


「それから、大陸中からこの帝都を目指して勇者を名乗る一行がやってきているそうですねーー」

「そ、それもエンナ殿の指示されたとおり……喧伝しております」

「もっともっと呼び寄せなさい。資金、宝石、武器、望むままのものを与えると、国内外に広めなさい」

「し、しかし……」

「いくらかかってもかまわない」


 リザールは知っている。今、帝都には巷に蔓延る魔物を討伐するため旅をする勇者を名乗る一行が各地からやってきている。暢気にやってきた連中を惨殺する。魔界に脅威となる芽を摘んでしまう。

 これでは人間は手の打ちようがない。


「わかりもうした……」


 震えながら絶望に肩を落とした。


「ではその件は大臣にお任せします」


 天窓から差し込む月の光に照らされると、その禍々しい文様がよりはっきりと浮かび上がる。

 エンナの姿は、少女だが確かにその体ははっきりと女の体をしていた。

 大臣の横をすり抜け、立ち去ろうとしたエンナの背中に、荒げた声を投げつける。


「エンナ殿、例の件は守られるのだろうなっ」


 ぴたり立ち止まって大臣に振り返り首を傾げた。


「例の件とは? なんのことでしょう?」


 魔性の輝きを持つ赤い瞳に見つめられると、大臣の心に恐怖がどうしようもなくもたげる。体が勝手に震える。


「エンナ殿らに協力すれば、我が家族は、助けると。忘れたとは言わせぬぞ」


 必死の形相で訴える。

 心に残っているわずかな勇気を振り絞った。

 妻と娘。

 絶望の中で今はそれだけが大臣の心の支えとなるものだった。


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