9 うちの女戦士さんは飲んだくれ
しょうがない。
そうこうしているうちに言動もだんだん怪しくなってきました。
「ああ、ウルサい。頭の中から誰かが飲ませろってうるさいよっ」
耳を塞いで頭を振ってのたうちまわっています。
しかたがない。
奥の手です。
傍らの道具袋を開き、取り出します。
こちら、何もないただの麻袋のように見えますが……。
わたしがここに手を入れると……。
「えーっと、あ、あったあった」
袋の奥から、しっかりとした手応えを持ってゆっくりと取り出します。
一本の瓶が出てきました。
「じゃーん」
勇者様がアレイの神殿で「勇者の誓い」をあげた際につかった儀式のための聖酒。
聖酒といっても実際は果実から作った蒸留酒なのですが、その余りをまだ大切に保管しています。
なんでこんなものが唐突に小さな袋からでてきたかといいますと。
実は、わたし(エレーナ)、道具管理のスキルを持っています。
手品のようにもみえるこの技、これがわたしのスキルです。
便利な四次元袋で、これを使ってパーティーのアイテムとお金の管理を担っています。
袋の入り口に収まる大きさのものならば、だいたい二百個ぐらいは入れることができます。
それにほかの人には取り出すことができないので、セキュリティも万全です。
以上で説明終わり。特に成長したりとかスキルアップもありません。
もう勇者パーティーの下級職ばりばり。
一見地味に見える職業ですが、勇者様の大事なお金と貴重なレアアイテムを預かる関係上、高い職業意識と倫理観を持っていないとできない大事な職業です。
たぶん。
しかもこの能力、10人いれば2、3人ぐらいは訓練すれば持つことができるらしいのでそこまで珍しくはありません。
ただ商人関係のお仕事に役立つのでそれなりに需要はあるらしいです。
余談ですがアレイの神殿にもついて触れておきます。
勇者として魔王討伐を志す者は、ここで勇者の誓いをたてるという儀式を執り行うのが慣例です。
それを経てはれて勇者を名乗れるといえます。
そんなに大層な儀式ではありません。だいたい5000エールほど払えば神官の方々により儀式を行ってもらえますので、誰でもなることができるうえに、このアリナシス大陸にはこの神殿が10カ所あります。
ただかつて魔王を倒したという古の伝説の勇者が、この神殿で誓いをたてたということで、今現在勇者の旅をする者は、必須とされてきました。
正義を貫くこと。
魔王討伐を成し遂げるまでは、快楽に溺れず質実剛健を旨とすること。
神への信仰は揺るぎないこと。
力を過信しないこと。
等々。
ただし最近この儀式も形骸化して、誓いをせずに勇者を名乗る者も増えてきています。
それでもわたしたちは由緒ただしきグラスタニア王国の使わした勇者パーティー。そんじょそこらの勇者を名乗る輩とは違うということで、儀式はきちんと済ませました。
幸いアレス神殿の1つは故郷グラスタニアの近くにあったので旅を開始した早々に、勇者の誓いをたてて、晴れて勇者とそれに従うパーティーをアレスの誓いの証明書付きで名乗ることとなりました。
それはともかく。
瓶の蓋をしゅぽんと取ると、アルコールに混ざった果実の甘い香りが放たれます。
「ああっ流石エレーナ」
さっそくお酒の匂いをかぎつけたルビーさんはすぐに、起き上がりました。木のコップに注ごうとしたら――。
「一口だけですよって、あ!?」
鷹が獲物を捕らえるがごとく、私の手から瓶を素早くひったくります。
「ああ、一気飲みはダメです! それ、この先も使うかもしれないんですからっ」
「んぐっ」
手遅れです。ぐびぐび飲み干されてしまいました。
「ああ、もう……あれだけ言ったのに」
すっからかん。
結局全部飲まれてしまいました。
こっちの世界でもお酒飲み過ぎは怖いです。
前世の世界でも、それで退職を余儀なくされた人を二、三人ほど顔を重い浮かべることができます。
絶対。ダメ。です。
ポンコツパーティーに見えるかもしれませんが、アレスの神殿では、誓いの儀式のついでに1000エールを追加で払えばしてもらえるという神殿の占い師さんの鑑定より、勇者様の潜在能力を判断していただき、最上級という評価をいただいています。
「おお、こ、これは……なんということじゃ。この炎の揺らぎはみたこともない」
定番の台詞と占い師さんの慌てふためいた顔が今でも思い浮かびます。
魔法陣の中の炎にうつる揺らめきの中から、占い師さんが見いだした我らが勇者様の秘められた能力は、とてつもない。神様や魔王に比肩する力を持っている可能性がある、とのことでした。
皆さん大盛り上がり。
へえ、わたしたちの勇者様が。
流石だね。
「そうか? へへ」
賞賛に照れまくる勇者様。
「これっそこの小娘ーー」
歯が数本かろうじて残っているおばあさんが突然わたしに向かって怒り出す。
儀式中に魔法陣の中にわずかに足を踏み入れていたと注意されました。
わたしが特別なスキルを持ってない平民だと聞くと、占いには影響していないだろうとのこと。
「いいや、大丈夫じゃろう」
わたしは注意されてテンションだださがり。
でも、わたしたちの勇者様はやるのです。