8 これもわたしの仕事
まだ街につきそうな気配は一向にありません。
そっと幌の外を覗いてみると峠は越えたものの、ごつごつした岩山ばかりの荒涼たる景色が広がるのみ。
ところどころに、低い草がぽつぽつ生えているだけ。
「うう……」
わたしの座っているすぐ隣で、うなり声が聞こえました。
「いけません、みなさん」
危険を察知したわたしは他の皆さんに知らせました。
この声の主はルビーさんです。
戦士。冒険者ギルド出身のルビーさんは、経験豊富、数々のモンスターを倒したことがある優秀な戦士です。
わずか七歳のおり、木こり作業を手伝っていたとき、山から下りてきて襲ってきた巨大人喰い熊をその幼さにもかかわらず斧でぶっ倒したという逸話があるのだとか。
その後洞窟探索やら魔物狩りの賞金稼ぎで数々の大金を稼いで、その名を馳せたグラスタニアきっての経験豊富な冒険者です。
ただし、大酒飲みです。はっきり言うとア○中の一歩手前です。
稼いだお金はお酒に消えてしまったそうです。
最初にわたしたちが故郷グラスタニア王国を出発する際、メンバー全員が一度集まり顔合わせして王様に謁見する機会があったのは前に述べたとおりですが、その時も彼女、体中からお酒の臭いがぷんぷんしていた。お酒好きは筋金入りです。
「うう……お酒が飲みたい」
「ルビーさん、落ち着いて」
さっきまで寝ていたのですが、彼女の発作が起こりました。
もう今回の移動中、合計五回目。
一応前の町でお酒も購入しましたが、そんなストックはすぐにつきてしまいました。原料の穀物果実だって貴重なこの世界。決して安いものではないし、宴会の旅をしているわけではないので、そんなに大量には持ち運びはしません。
「ねえ、エレちゃん、ないのお……買い込んだやつが」
わたしの腕をたぐり寄せるように掴んできます。
わたしのアイテム袋を探ろうとしているのです。
「残念ながら……もうありません」
ふりほどきつつ、首を振りました。
それはほとんどがルビーさん(じぶん)のお腹の中に収まってしまっています。
「うう、飲みたいよお」
馬車の中で騒ぎ出してしまいました。彼女、だだっ子になります。酒癖悪くても人に暴力振るわないのはましですが。
今魔物の襲撃があったらまずいです。
彼女はなんたって前衛の切り込み隊長ですから。
物理攻撃系は勇者様だけでは心許ない。
「我慢してください。街に着いたら、沢山飲めますから」
背中をさすって差し上げます。
「いやだ、今飲みたい」
「ほら、ルビーさん、いい子だから我慢我慢」
わたしの倍は身長ありそうな彼女の頭を撫で撫で。
なんか、子守の職業もやれそうになってきました。
「毎晩飲んじゃうからですよ。大事に少しずつ飲んでっていったのに」
シルヴァさんもあきれ顔。でも一緒にさんざん飲みにつきあっていた彼女も悪いのです。彼女はルビーさん同様にお酒強い。聖職者のような厳しい日常の戒律は無いので、お酒も肉もくらい放題。
実は前の町を出発してまもなく、手強い魔物の群にぶつかりました。
数の多さに手こずった末に無事撃退しましたが、勝利記念と称して爽快感と昂揚に携えたお酒をあけてしまいました。
これに弾みをつけて、翌日は月が綺麗だからとまた飲み。
「二つのお月様を見ながら飲むお酒は、最高」
とかなんとかいいながらシルヴァさんと二人で肩を組んで。
酔っぱらった二人を寝床に運んだのもわたし。
そしてさらに翌日には雨が降って気分が乗らないからと晩酌。
そんな調子なので、買い込んだお酒もあっという間に底をついてしまいました。
この世界の空には、金の月と銀の月の2つがあります。金色は天界。銀色は魔界を象徴しているんだそうです。
とっても綺麗です。空に大きな月が二つ並んで見えるのは圧巻です。月見酒でなく月見だんごならおつきあいしたいぐらいですが、そういう習慣はあいにくこちらにはありません。
そんなこんながあり、今、お酒は手元にはありません。
ついに我慢の限界が起きてしまいました。
「だあああああ」
突然ルビーさんはわたしのまたに頭からダイブ。
「うわっ!?」
わたしの足下に置いてあったシルヴァさんの瓶を奪い取ってしまいました。
液体の入った瓶は全てお酒に見えてしまうようです。
「そ、それはダメです。お酒ではありませんです! みなさん、止めてください」
「な、なんだって!?」
毒薬の入っている小瓶を飲もうとします。
敵に降り注ぐと骨まで溶かすという非常に残虐な攻撃アイテムだそうです。
「飲んだら跡形もなくなるですっ」
そんな危険物をそもそも手元においていること自体問題です。わたしの座っていた場所の足下にそんなものがあったんですか。が、今はそのことに構っている場合ではありません。
「やめてください、ルビーさん!」
慌ててひったくって取り返します。
さらにそれを取り返されそうになり。
馬車の中でドタドタ大変な騒ぎになりました。
「ああ、もう、うるさい! お祈りに集中できないではないですか」
馬車内の騒ぎに、聖職者のマリーさんがいらいらを始めてしまいました。
「ちょっと、エレーナさん、なんとかしてください」
矛先が何故かわたしに。
「はあ……でもルビーさんのお酒のことは今に始まったことではないですし……」
え、わたしですか? と言いたくなりますが、かといってルビーさんの介添えをする者も他にいないので。
いつの間にかわたしの仕事になってるようです。
「何か法術で、直す術はないのでしょうか」
「飲んだくれのために使う法術はありません」
にべもない返事……。
人々の救済を行う聖職者とは思えないほど冷淡です。