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77 幕間 帝都の裏酒場

 帝都バロンは大陸の西端に位置しており、東にはエグナ山脈の雄大な白い頂の群れが望める。都の中央を貫くように流れるベス川は、エグナ山の雪解け水を水源としており、下流の肥沃な農耕地帯を抜けたあと、そのまま海へとたどり着く。海への玄関口である港町マイリと帝都の間では人や荷物を載せた船の往来が盛んである。

 高い城壁に守られた都は主に四つの区域に分かれて構成されていた。

 北側に皇帝皇族が住む皇宮や行政府、兵営が置かれた国家の中枢地区、そしてその東には、貴族たちが立派な屋敷が構える上流層地区があり、西側に市場や商店や宿、酒場が立ち並び賑わいをみせる商業区域、そして南部の一般庶民が暮らす地区。

 それらを取り囲み、外敵の侵入を阻むため高い城壁に囲まれている。

 中心には教会本部の寺院と尖塔があり、都の象徴となっていた。

 さらに城壁の外にも都にやってきてそのまま住むようになった者たちが暮らしており、さらに都市の拡大し続けていた。


「暁の半月亭」は多くの人々が行き交う西側商業地区の大通りから離れた路地裏にある。人気の無い場末の酒場であった。

 建物は古びた煉瓦造りで、看板も錆びている。

 周囲は昼間から仕事もせず酒をあおる者たちが道端に屯し、ならずものたちが集まる場所として、地元の住人も近づかない場所であった。

 その朽ちた看板の下を一人の少女がくぐっていった。

 酒瓶を抱えて飲んだくれて倒れている男の傍らを通り過ぎた時に、女の腰に下げている剣がガチャリと鳴った。


「ふお、……誰だ、勝手に乗りこえたやつ……」


 イビキを掻いていた男は一度目を覚ましたが、すでに少女は通り過ぎて店の中に姿を消した。

 また寝入ってしまった。

 

 薄暗い店内では、いかつい男たちがテーブルとカウンターを囲んでカードに興じていた。

 そして酒を酌み交わす。

 ふいに店の中にいる荒くれ者たちの視線が一斉に入り口に注がれる。



「おい、来やがったぞ」


 女剣士、それもまだ年もいかない少女がただ一人フードを深く被って佇んでいた。

 へへ、大きくなれば美人になるぜ。

 本当に聞いたとおりまだガキだな。

 男たちはへらへらと笑う。


「こんにちは、ガンガさん」


 少女が先に口を開いた。

 フードから揺れる美しい銀髪は薄暗い店の内で妖しく輝く。


「よう、エンドラ……とかいったっけ嬢ちゃんは」


 店の一番奥のテーブルに座る男は、この町の冒険者を裏で仕切るガンガその人であった。

 先にルシオとこのエンドラが酒場で散々にやりこめた男でもある。

 服や防具も体に入りきらず、太い腕や足がはみ出ていた。

 巨体のせいで、テーブルは一回り小さく子供用に見えるほどであった。


「ガンガさん、その後、調子はいかが?」


 未だ彼女に捻りあげられた腕が癒えていなかった。

 その腕は腫れ上がり、布が巻かれていた。


「いかが、じゃねえよ。お前にやられたここがまだ痛くてたまんねえよ」


 腫れ上がって赤くなった腕の関節をさすっていた。


「あら、それはごめんなさい」


 裏稼業にとって一番大事な面子を潰されたのだ。多くの目の前で恥をかかされたガンガは、いつもなら、この小娘の細い首を捻り潰すところだ。

 だが、この男の危険をかぎ分ける嗅覚は確かだった。

 決してこの少女剣士、エンドラに手出しをしなかった。


「へへ、だが、こっちは助かったぜ。おめえのおかげで、ルシオ(あいつ)は借金を返すことができたんだしな」

 

 テーブルの上に数多の金貨の山に手をつっこんですくい取った。

 重く鈍い音を立てる。


「でも、やりすぎではないかしら? ルシオ(かれ)に賭事をけしかけていかさまで全部巻き上げるなんてーー」

「おや、証拠でもあるのかい?」


 ガンガはトボケるように言ってのけた。


「ふふ、あなたたちの小悪党っぷりは嫌いじゃないわ。まあ、それはどうでもいいわ」

「おめえもそんなことでここに来たわけじゃねえだろう? 俺に何の用だ?」


 エンドラはガンガの察しの良さに声をあげずに笑う。


「あなたは見た目以上に頭が回る……折り入って頼みがあるの。だから、そのお金の件はわたしも不問にするわ」


 小馬鹿にしたものいいだが、ガンガは煽りには乗らなかった。


「ほう、頼み事かい俺たちに……一体なんだ?」

「この帝都に、勇者や冒険者を名乗る者がたどりついたら、わたしにその都度情報を流しなさい」


 ガンガの情報能力を見込んでのことという。


「ほう、そんなことはわけもないが……」


 冒険者界隈を裏で仕切るガンガの下にはその情報は必ず入る。


「おめえさんの目的は一体なんだ」


 この少女、エンドラを見くびってはいない。

 そもそもエンドラの正体がガンガの情報網をもってしてもわからなかった。出自も目的も闇の中。恐るべき相手とみていた。


「この紋章を知っている者を探しているーー」


 エンドラの手には古びた羊紙に、みたこともない紋様が描かれていた。


「ふん、これがどうだっていうんだ。色んな古代遺跡や洞窟を探索したが、見たことねえな」


 ガンガは裏稼業を始める前は、いっぱしの冒険者だった。目利きがきくのはそのためだ。


「これを知るものは必ずこの帝都にやってくる。わたしはずっと探しているの……」

「ふうん、なんだか知らねえが……しかしルシオ(あいつ)を勇者におだててるのはどういうわけかい」


 ガンガは見抜いていた。この無名の少女剣士は、とてつもない力を持っている。それが何故能力も器量もろくにないルシオについていっているのはさらに不自然だった。


「どうみたって勇者にも冒険者の頭にも向いてないあいつをなあ。ははは、あんな奴を勇者に仕立て上げようってのは魔王か何かの企みかい。確かにあんな奴が勇者に祭り上げられたら、この世界は終わりだ」

「察しがいいのね、その通りよ」


 エンドラの薄笑いに、ガンガは肝を冷やす。



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