6 仲間といろいろ馬車の中
さて勇者様と妙に哲学的な会話を交わした後に、再び幌の中に戻ってきました。
そしていつもの定位置、馬車の一番真ん中に着席。
お三方をかきわけ、無事帰還。
前からも後ろからも一番出にくい位置がわたしの居場所です。
よっこいしょ。
そして何も起きない時間が過ぎていきます。
聞こえてくるのはがらがらごろごろ車輪が回転走る音ばかり。
暇になりました。
「ふわあ……っ」
また大きなあくびをしてしまいました。
はっと気づくとルビーさんもシルヴァさんも苦笑しています。
「あははは、エレーナはあたしに負けず大胆でいいねえ」
「いいですよ、気にしないで思いっきりやって」
いけないいけない。
孤児院時代、だらしないあくびをする度に、「エレーナ、淑女は人前でおじさんのようなだらしない欠伸をしてはいけません」と孤児院の院長からよく注意されていました。
ある時わたしは前世がおっさんだったから仕方ないという反論をしたところ、また院長の顔つきがみるみる変わっていくのをみて再び悪魔が憑いたと騒がれかねないことを悟り、以来じっと我慢していいつけを守ってきました。
足は広げすぎないように。足音は静かに。口開けて居眠りしないように。食べるときは音を立てずに。
守ってないでおっさん臭さを出して院長だけでなく周囲に見つかるとまたぞろ悪霊憑きのエレーナと揶揄されたりしますので、直すように心がけていきました。
この旅でも、きちんと守っていますが時折今のように気が緩んでしまいますけどね。
どうせ旅をするなら、堅苦しくすることなくのびのびしてやりたいものですから。適度に力を抜いてほどほどに。
そしてまた一時間ほど経過しました。
何も起きていません。
相変わらず暇です。
今日二回目。
そもそもこの魔王を倒す旅そのものが終始暇です。
ゲームファンタジーみたいな世界で勇者と一緒にする旅ならば、毎日新しい出会いと発見に満ち溢れている……というのは間違いで。
もうそれなりな期間旅を続けていますが、ほとんどこういうシーンばっかりです。
馬車の中でごろごろして、街までの到着をひたすら待つ。
「エレーナちゃん、食べる?」
欠伸も出し尽くすほどに退屈を持て余していると、魔法使いのシルヴァさんが、袂に忍ばせていた袋から丸い堅いものをつまみ出して一粒わたしにお裾分けしてくれました。
前に立ち寄った町で買った干菓子だそうです。
白くて時間が経っているのか、少し糖分が結晶化しています。
「はい。いただきます」
お礼を言いつつ受け取ったその手で、放り込んだ途端に淡泊な甘みが口に広がりました。結晶成分でジャリジャリした舌触り。
砂糖の塊みたいで、味は転生前の世界のお菓子と比べたら格段に劣ります。
でも……。
「んんー、甘い」
おもわずほっこり。
こちらの世界ではそもそも食べる物自体が豊かではなく、味もいまいち。
これでも貴重な甘い食べ物なのです。
口の中でころがしてじっくり味わいました。女の子になっているから、というわけではなく、前世から甘いもの好きは変わらず。
「まだいっぱいあるから、欲しければいってねえ」
そういって自分も一粒口に放り込んでいました。
お菓子をくれた彼女シルヴァさんは魔法学校からの抜擢。
伝統あるグラスタニア王国の王立魔法アカデミーを飛び級、しかも首席で卒業した超秀才だそうです。
でもそのことを鼻にかけたりしませんし、とっても気のいい子ではあります。悪霊憑きと言われていたわたしにも、最初から臆する様子もなく接してくれました。(魔力研究家でもある彼女に言わせるとわたしのは悪霊が憑いているのではないと見抜いてくれています)
彼女と初対面の日のことは忘れもしません。
出発前にグラスタニアのお城で、これから旅をするメンバーたちと初顔合わせをした日でもあります。
孤児院を出ていろいろな経緯を経てわが勇者様の旅の一員となることが決まってお城へお呼ばれしたわたし。
お城の一室で他のメンバーと共に彼女シルヴァさんと対面。
登場した彼女は期待を裏切りませんでした。
「おおっ」
振り返るとドアの近くに立っていたのは、とんがり帽子と外套。そしてなんか宝玉がはめられた杖。
もう魔法使い、魔術の専門家であることは間違いありません。
分厚い魔術書を重たそうに脇に抱えて。
しかも……幼い外見。
綺麗なさらさらの銀髪。碧眼。艶のあるほっぺ。
あら可愛い。
まさか、こんなに小さな子が……。
と思ったらあっちも目を輝かせてこちらに近寄ってきました。
「わあ、かわいいですっ」
わたしが思ったことを彼女が先に口にしました。そして手を握って。
ほっぺたすりすり。お人形扱い。
「持って帰りたいぐらいですよ」
「うぐ……」
きつく抱きしめられました。
わたしがやりたかったことをされてしまいました。
そう、わたしも人のことはいえないのです。
こっちの世界ではそれなりの年なのに、いつまでも子供扱いされる悲しい容姿。
さんざんペットのごとく愛撫されて、10分後ようやく離してくれました。
「あなたもこの名誉ある旅に加わるのですね?」
「は、はい」
「わたしはシルヴァーナ、シルヴァと呼んじゃってください」
なぜか頭なでなで。しかも身長は微妙に彼女の方が上のようなので、年下扱い。
「え、わ、わたしは……エレーナ」
「ああ、あなたが悪魔憑きのエレーナ殿ですか。聞いてますよ。変わり者と呼ばれている者同士楽しくやりましょう」
どこへいっても変人扱いで警戒されがちなわたしを初対面から肩組んでぽんぽんされて同族認定してくれました。
「いやーそれにしてもエレーナ殿は可愛いです」
可愛いのはあなたです。