55 リディナ隧道(トンネル)をゆく
半日ほどそんな悪路をゆくと、ついにきました。
切り立った高い岩山の麓にぱっくりと空いている黒い穴。
この峠道の最大の難所。リディナ隧道にぶちあたりました。
山の中腹から一気に反対側へ突き抜けるトンネルです。抜ければ、もうリディナ王国領となります。
いわゆるバイパストンネル。
ここを通る必要はありません。
ただしここから先の峠道は、さらに道が酷くなり、馬車が通るのも危ない細い断崖絶壁ギリギリを通る箇所がいくつもあるそうです。
転落、あるいは岩山の崖崩れなどの危険がとてもあり、そのためにこの坑道が作られたそうです。
大幅に行程をカットすることができるのですが、こっちはこっちで危険です。
何せ手ぼりですから。
土木技術はまだまだ未発達のこの世界のこと、崩落の危険はあります。
しかも、この手の洞窟、穴には必ず魔物が潜んでいます。
暗闇な上に、怖いことこの上もない。
しかし引き返すわけにもいきません。
「ここか、リディナ隧道ってのは」
「えーっと、そうみたいですね」
入手した地図を広げて確認します。
反対側に双子の頂が見える、とあるのでここで間違いありません。
さて、隧道の入り口は何もありません。
看板なども無いですし。
あるいはこういうところには、そこを管理する国の兵士がいたりするのですが、やはりここ最近は隅々までこういうところの管理が行き届いていないようで、詰め所らしきものの跡があったのですが誰もおらず、草ぼうぼうで一部朽ちています。鳥やリスのすみかになっています。
「ひでえなあ……」
こういう管理がなされていない、坑道は、洞窟などと同じく、色々なものが住み着きます。
コボルトなら可愛いのですが、こういう深い暗闇、魔獣が住み着きやすい。なにより死霊が出やすいのです。どこからか集まってくるようです。
より魔界に近い暗闇の世界であるせいか。
また死霊は強力です。生命の理とは違う系統のものですのでーー。
そしてこの世界の坑道。どういうわけか、やたら長いのです。どれくらい長いかといったら、青函トンネルよりは、まだ短い程度、といったらわかりますでしょうか。
ここで立ち往生したら最悪です。
「さて……行くか」
「よし」
みな、気合いを入れて入ります。
鬼がでるか蛇がでるか。
武者震いをご存じでしょうか。
今のわたしは、苦手なホラー映画を二本立て続けにみた感じ。
「おーい」 おーい、おーい。
大声出したら、どこまでも響きます。
このトンネル洞窟の中での野営となったら最悪です。ひとときも休まることができません。
早く抜けたいです。
松明の燃料はばっちり用意していますがね。
馬車は坑道の中へと入っていきます。
「ああ……」
入り口の光がどんどん小さくなって、豆粒の大きさになっていきました。
ついには辺りは暗闇のみ。
そして時折、ぴちょん、ぴちょんと音がします。地下水が染み出ています。
あるいは水たまりとなっているところもあります。
馬車がずばっと深みに入ることもあります。
またずぶぬれです。
隧道を通る時には大抵、同じく旅をしている一行と思われる方たちとすれ違ったりするのですが、全くすれ違いません。
きっとここを通る人がいないのでしょう。
ここで大活躍なのが、聖職者、そして焼き払う炎を使える魔法使いです。もちろん、わたし、道具士の出番などありません。
顔を出していたら、ぴちゃっと水滴が襟元に落ちました。
「ひゃうっ!?」
あー、びっくりしたあ。氷のように冷たかった。
「ま、ま、ま、まだですか? 出口は」
震えてなんかいません。
「入ったばっかりだよ」
勇者様によると、半分の半分も来ていないそうです。
「おや、エレーナ殿は、こういうの、苦手ですか?」
シルヴァさん、平気な顔です。
まあ骸骨のアクセサリーとかも平気でしている方ですからね。
「いい、いいえ」
「大丈夫ですよお、エレーナ殿。大船に乗った気でいてください。」
肩をぱしぱし叩かれました。
「洞窟坑道程度に出てくる死霊なら、わたしが退治できますよ」
マリーさんも同意してくれます。
頼もしいですね……。またわたし、小さくなります。
片やお二人は見せ場である、とばかりにはりきっています。




