54 無事任務完了ですが
「さて、引き上げるか」
日が傾きかけました。
一日費やしましたが、一般的なコボルト退治としては上出来です。
三日かかるくらいもありますからね。
帰り道、勇者様たちと話をしながら帰りました。
「まあ、これでしばらくは大丈夫だろうな」
「ええ」
いずれまたどこかからやってくる可能性は大です。
コボルトは完全な駆除は難しいです。この世界では、切っても切れない腐れ縁のようなもの。
まして、人里離れて牧畜を営んでいる以上は、宿命です。
でも警戒心恐怖心が強いですし、もし生き残っていたとしても、仲間をやられたので仕返しにくるということもありません。特性として基本三日も経てば怒りは忘れてしまうのです。即物的な生き物です。
「そういえば、エレーナは法術で治してもらうのは初めてだっけ」
「はあ……」
「これで、戦闘も感じがつかめたんじゃない?」
ルビーさんも煽ります。おだてに絶対に乗ってはだめ。
「いいえ、結構ですっ」
あんなのが日常茶飯事なら、馬車の引きこもり、勇者パーティーの下位職で十分です。
でも、振り返ってみると、退治は順調に終わりました。
被害はわたしのお尻だけで済みました。
そのお尻、傷は治っているのですが、なんか違和感があります。
さすりさすり。
三日ぐらいは変な感じは残るそうです。
「しかし、あれは……」
なんか見覚えがあるさっきのあの印、どうも気になりました。
前世で大変お世話になったものとどうも似ている感じが……。
「しかし、コボルトは森の外に出れば向こうからは襲撃してこないのが、セオリーだったのにな……」
勇者様はまた別のことを考え込んでいます。
「これも魔界がこっちの世界に進出してきている兆候なのでしょうか」
シルヴァさんも学問的な観点から分析します。
「次に駆除する時は、もっと慎重にやらないといけないなあ」
ルビーさんも違和感を感じたようです。
いつになく真剣です。
皆さん、わたしのお尻を犠牲にして、いろいろと判明したことがあるようです。
役に立ったようでうれしいです。
日が暮れる前には牧場に戻ることができました。
何もかもが順調です。
わたしのお尻以外は。
もちろん、農家に戻ってコボルト退治が無事に終わったことを告げると、老夫婦さんからは感謝感激されました。
お礼に、と夜は貴重な牛肉の料理を振る舞ってくれました。
お酒も古い蔵の中から出してきていただいてルビーさんも大喜びでした。
「みんな、よくやってくれたな」
「お疲れさまでした」
「かんぱーい」
ちょっとした宴会。乾杯の音頭は勇者さまです。
「ありがとうございます、勇者様」
主客逆転しちゃってます。
とっても美味しかったです。
私のお尻を犠牲にして。
「今日はエレちゃんががんばったんですよ」
「敢闘賞だな」
「あらあら、ありがとう、お嬢ちゃん」
奥さんに頭を撫でられました。
「はあ、お役に立ったなら、幸いです」
愚痴の一つも言いたいぐらいですが、飲み込みました。
せっかくなのだから、と今日はやけぐいです。
お酒も飲めませんし。
あー、まだ違和感がお尻に残ってます。
翌日。
コボルと退治も無事に終わり、さらにお礼の自家製乳製品などをいっぱい貰って、農家の老夫婦にさよならを告げました。
何度もお互いにお礼をいいつつ出立。
再び本来の度に戻ってゆきます。
まあ、多少のトラブルはありましたが、ゆっくりと過ごすことができたと思います。
出発すると、やがて道は悪路に、そして寒さが増してきました。
高原地帯からさらに高度があがって生えている植物も、背丈が低いものに変わります。ゴツゴツした岩場も増えてきてーー。
いよいよ、今回の旅程の難所にさしかかります。
「うわっ危ない」
片側は切り立った岩肌、そしてもう片側は崖の下。そのかなた下に急流が流れているのが見えます。
そして道もこれでもか、という細い道。
馬車もかなりぎりぎり。
少し外れて、落ちたら崖の下まっさかさまなんて、きわどいところも通ります。
「もうちょっと……ゆっくり……」
高いところ苦手なわたしにとっては生きた心地がしません。
勇者様に懇願します。馬車が上手でないわたしでは、逆に危険です。
「わかってるって。気をつけてるよ」
景色も山に埋もれて良くない。
落石でもあったら大変ですし、こんなところで、魔獣に遭遇しないようにと祈ります。
「どうか無事に抜けられますように」
こんな時だけ祈りを捧げるわたし。
こっちの世界の神様を根っから信仰していませんし、前世でも、わたしは初詣にすらいかない不信心者でした。無神論者でもないですが。
なので、誰に祈っているのかよくわかりませんが。
しかし、残りの方々はリラックス。
ルビーさんは早速農家でもらったお酒を他人の分まで飲んじゃってます。
シルヴァさんはのんびり書物を読んでいます。
旅慣れしてますね。
幸いここでは敵にはぶつかりませんでした。




