5 そして勇者様と行く旅
(あれから七年か……)
コンビニで弁当を買って帰っていたわたしがこちらの世界に転生して、もうそんな月日が経ったのですね。
孤児院の日々。
悪魔憑きと呼ばれたこともありました。
信じれ貰えず、あきらめて隠して、こちらの世界の商業を学び、商人として生計をたてようとした時もありました。
そしてわたしは今、勇者一行パーティーに加わっています。
出発して以来いくつもの国や町を通り過ぎ、前に立ち寄った片田舎の村では森に巣くっていた魔物を退治しました。今はまた次の町シエレンへ向けてひたすら馬車に揺られています。町に至るまで長い距離があるため、もう何日もこうやって馬車に揺られています。
「いたたた……」
腰上げてお尻を擦る。
幌馬車といっても西部劇の駅馬車ような優れものではなく、荷馬車に毛の生えたようなもの。乗り心地無視で振動がダイレクトにきますので、結構お尻にきます。
でも、慣れてくるとそんな中でも寝られるようにはなりました。
こんなオンボロでも馬車は前の前の町でお金はたいて買った我がパーティー屈指の高級品。
それまで徒歩が中心だった移動効率は格段にアップし、二頭の馬とともに大事な資産です。
外では勇者様が馬車を操ってくれています。
時折鞭を当てる音が聞こえてきます。
「あ……」
馬車の中の一同が顔を見合わせます。
これまでひたすら坂道を上ってきた馬車はゆっくりとした下り坂にかわります。
どうやら、やっと峠のてっぺんを越えたようです。峠を越えて麓へ下ればもうすぐシエレンの町と聞いています。
幌からひょっこり顔を出して、外の景色を眺めます。
外には明らかに日本のものとは違う、荒涼たる岩山の景色が広がります。
天を突くような山々。白いものが神々しく多い被さっています。
彼方にみえる山の谷間の雄大な氷河が今にも流れ落ちてきそうです。
「うわあ……エベレストみたい」
その遠くには明らかにエベレストクラスの山々がひしめいています。
「エベレスト?」
きょとんとする馬車の一同。異世界なんだから知らなくて当然です。
「ああ、わたしが前にいた世界で一番高い山ですよ」
ああ、またエレーナのあれか、という反応をされます。もうこの反応にも慣れました。
まあエベレストを実際に見たことはないですがね。かつて海外旅行の趣味がなかったわたしは、せいぜい家族旅行でハワイに行ったことがあるだけです。
「やあ、エレーナ」
気分転換のため、馬車の外に出たわたしに青年が気づきました。
馬にピシピシ盛んに鞭打っています。
「お疲れさまでーす、勇者様」
「どうした?」
「いえ、今どの辺かと……街までもうだいぶ近づいたのでは」
もうそろそろ流石にこの馬車に揺られる日々は飽き飽きです。
街の灯が恋しいです。
「まだ峠を過ぎたばっかだから、あと一日はかかるなあ。いや魔物にでくわしたらそれ以上はかかるかとおもうぜ」
「はあ、そうですか」
少しがっくりーー。思った以上にかかりそうです。
どうも今日も野営になりそうです。
「はっ」
青年の馬をけしかける声。
馬車台に腰掛けて馬をしきりに操っています。
彼はフォルウィン、スタイン。フォル君とも呼んでいますが、アシリナス大陸東端の辺境国、グラスタニア王国のさらに辺境の出身の青年です。要するにど田舎者です。
しかし、まさにこの青年が私たちの故郷、グラスタニア王国から見いだされ勇者の称号を受け、王様から魔王討伐の命を受けた勇者。
私たちパーティー一行のリーダーです。
敬意の念を込めて勇者様と呼んでいます。
一際立派な長剣を背中に背負い胸当て、腰当てと簡単な装備はしていて最低限の臨戦態勢は取っています。魔物がいつ襲ってきてもよいようにするためです。
余談ですが、わたしも勇者様も、一応は成人しています。この世界はだいたい十四~五歳くらいから大人と見なされるのです。わたしももう、お酒も飲めますよ。こっちの世界でも極端にお酒に弱い下戸なので飲みませんけど。
「勇者様、変わりましょうか? お疲れですよね」
手綱を渡すよう手を伸ばします。
わたしもこの世界に来てから、馬を操ることを覚えました。
この世界では最大の移動手段、自動車と同じなのですから。必要となれば、それは必死になって覚えましたよ。
「ああ、ありがとう、エレーナ。でもまだ大丈夫だ」
「そうですか。いつでも言ってください」
「やあっ」
びしいっと音がしました。勇者様が馬に気合を込めた一鞭を当てました。
ひひん、と馬が鳴きます。
馬車のスピードが少しあがりました。
「……そら、少しでも急がないと、明日になっても町に着かないぞ」
馬を叱咤します。
そして勇者様は少し沈黙しました。
「なあ、エレーナ」
「はい、なんでしょうか」
横見ると、勇者様は正面の雲の彼方を見つめておられます。
「運命ってやつは、存在するんだろうか」
「は!?」
突然難しい質問に面くらいます。
「よく神官がいうじゃないか、これこそ神のお導きとかってさ」
いつもとキャラが違います。
お小遣いアップの要求か。それとも欲しいものがあるのか。
思わず勘繰りたくなります。
「ここで俺たちが旅をしているのも、魔物と戦うのも、馬に乗っているのも、エレーナとこうやって話をしているのも、全部定められた運命ってことなんだろうか」
……哲学に目覚められたのでしょうか。田舎出身の勇者様には似合いません。
わたしの持論ですが、勇者様は、理屈をこねるタイプではいけないと思います。
もっとほとばしるような、熱いものがどこかからこみ上げてきそうな、そんな若者であるべきです。
「わたしごときではなく、神職のマリーさんの方が詳しいかと思います」
小難しいお話は、ここは適任者を紹介差し上げましょう。
「いいや。エレーナに聞きたいんだ」
「わたしですか?」
勇者様がわたしのお望みならば断わることはないですが。
「よくエレーナは言ってるだろ? 前世がどうとか、別の世界がどうとかさ。だから聞いてみたいんだ」
「はあ、まあ」
執拗にくいさがってきますね。
「お前からみたら、俺達はどうみえてるんですか?」
勇者様は傾きかけた日を眺めながら呟きます。
今日はまたひとしお面倒キャラですね。
「そうですね……この世界って誰かが作った世界だし、皆さんもいかにも作られたと思うことはあります」
ぶっちゃけゲームみたいな世界とは思っています。剣と魔法の世界なんて、べた過ぎます。
「どうしてだ?」
「前にいた世界でよく作られてたゲームの世界と凄くよく似ているんです」
「げえむ?」
おっとっと。向こうにしかない言葉と概念が出てしまった。
「いいえ、こういうちっちゃな箱というか板で遊んで……ファンタジー世界でレベルをあげたり、経験値をためたり……」
身振り手振りでスマホや携帯ゲームを説明。ぴこんぴこんと効果音も入れながら。
「さすが悪霊憑きだな」
やっぱり理解してもらえず勇者様は吹き出しました。ま、こういう反応は初めてじゃありませんからね。
気を取り直して話を戻すことにします。
「ま、ともかく、わたしは運命がどうだろうと、今は、魔王を倒す目的を与えられたのだから、それに向かっていけばいいと思います」
勇者は魔王を倒すのがセオリーですし。この世界が誰かが作ったなんて展開。そういうことになったらその時考えればいいんじゃないでしょうか。
「そうか、エレーナは達観してるな」
ははっと笑いながら馬に一鞭てました。
哲学的になった勇者様の気晴らしに、わたしの悪魔憑きが役に立ったようです。
いつもはこんなキャラじゃないんですけどね。
以上、わたしたちの黄昏ている勇者様でした。