46 峠の農家
「こんにちはー」
石造りの家屋の戸を叩いて、来訪を告げると、中からは話のとおりの老夫婦が出てきました。
「おや、どなたですかな?」
旦那さんの方はメガネをかけています。日焼けているのは、農作業に日々精を出している証です。
奥さんも白髪頭ですが、まだまだ張りがあります。
「こちらで休息を取らせていただけると聞きまして……」
ご挨拶をします。
「おや、旅人の方ですか」
「どうぞ、どうぞこちらへ。お疲れでしょう」
歓迎してくれました。中へ招き入れてくれます。
お茶を入れてくれるそうです。
「そのご様子ですとだいぶ悪路にやられたようですね。この峠は雨が降ると酷いことになりますからな」
お茶を運んでくる途中、わたしたちのすさまじい格好に苦笑しています。
「はい、そのとおりです……」
「せっかくだから、泊まって行かれますか」
なんと、ここでは頼めば旅人を泊めさせてくれるそうです。
雨に振られた影響で、途中川の水が溢れ出ていて、ぬかるみに取られ、その度に馬車を押しては抜け出すの繰り返し。
ようやく悪路を乗り切ったものの、これから峠の一番きつい箇所に行き当たります。
いい加減この泥祭りにも飽き飽きして、一同野宿も辛くなってきたところ。
綺麗なベッドで寝たいと思っていたところでした。
峠の茶屋ならぬ宿屋。
牧畜と農業を営んでいるこのお家に泊めて貰うことになりました。
お値段もベッド、お食事付きでお手頃な価格です。
値段交渉するまでもなく、良心的な宿ですので、もちろんここで一泊することにしました。
皆さん疲れていましたしね。
本格的な宿というわけではなく、農家の傍らに旅人を泊めているという感じなので、どちらかというとお部屋を借りる感じです。
お部屋はおそらく以前はお子さんが使っていたのでしょうか。そんな雰囲気があります。壁に落書きや彫った跡が見られます。
「はは……俺もやって母ちゃんに叱られたなあ」
泊まる準備を済ませると、お礼に薪を集めてきたり、羊の世話などのお手伝いを始めます。
畑の水やり、草むしりなどなど。
ついでに洗濯。
途中、お風呂はおろか水浴びもできず、雨に打たれる日々だったので、すっかり汗と泥まみれで乙女たちも……ごほんごほん。
お風呂も自分たちで沸かします。
近くには清流があり、そこから水を汲んできます。
「うう、重たい」
「がんばって、あともう少しですから」
「わかってます、お風呂のため……」
久しぶりに入れるとあって、マリーさんも水運びを手伝ってくれました。
山の向こうに日が消えていきます。
やがて、夕食の時間となります。
老夫婦と一緒に食事を取ることになりました。
テーブルの上のロウソクの明かりが厳かに燃えています。
スープとパンに、肉と野菜の蒸し焼き。
街で出される豪華な夕食とはいきませんが、ここのところ火も満足に起こせず、堅い保存用のパンをかじるだけだった私たちには、これでも豪勢です。
きさくなご夫婦で、話が盛り上がります。
ずっと二人きりだったわけではなく、三人いた息子さんたちは華々しさを求めて帝都にいったんだとか。
まあ、それも仕方ないでしょう。ここの暮らしも悪くなさそうですが、若いうちはそういうものを求めるものでしょうから。
旅についても話題になりました。
この先、リディナ王国、いくつか町を越えて西へ西へ。さらに帝国領に入れば、そう危険な場所はないはずだ、とか。
色々な情報をいただくことができました。
さらに昨今の情勢が聞こえてきます。
帝国の現皇帝陛下も積極的に勇者を集めていて、今、都には沢山の勇者一行が集まっているのだとか。
さすがこの大陸随一の国家で、その名に恥じません。
もちろんイニシアチブを取りたいという政治的な動機もあるかもしれませんが。
沢山のお金や、珍しい武器などを下賜されるそうです。
「俺たちも負けていられないな」
我が勇者様も俄然やる気を出します。
あちらこちらで勇者パーティーが結成、旗揚げされて、我こそは、と魔界の魔王を倒す競争になっています。
勇者ブーム。なんて状態です。
ともすれば、魔王、魔界からの脅威そっちのけでの競争になっています。
そんなに魔王倒すのって簡単なものなのだろうか、と。
ま、わたしの心配することではありません。
「それで……」
食事も美味しくいただき、さらに食後のお茶をいただいていた時に、ご夫婦が急に畏まりました。
「勇者様とお見受けして、お願いがあるのですが」
少し言いにくそう口をもごもごさせています。
「なんでしょうか、遠慮しないでください」
「実は……」




