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45 山道を行く

 馬車は、ゆっくりゆっくり細く通りにくい山道を進みます。

 つづら折りカーブもいくつも通り過ぎました。


「いやあ、景色いい」


 ルビーさんが馬車から身を乗り出して、のんきに声をあげました。

 ちょうど山が開けたところで雄大な景色が望めるのです。

 景色の良さはやっぱりこっちの世界の方が勝ります。


「ほら、あれあれ。エレーナ、みなよ」


 私も外を覗いてみるとーー。


 わたしたちが数日前に後にしたシエレンの町が遙か遠くに小さく見えました。

 かなり高い場所へ来て空気も澄んで涼しい。

 のどかな空気です。

 それにルビーさんのために、お酒もたっぷり買いましたし、シルヴァさんの趣味のお話にもつきあって、マリアさんのお説教にも付き合いましたので馬車内は至って平穏です。


 とはいえ、決して順調なわけではありません。

 本来は三日で越えられる行程だったはずが、まだ半分も来ていないのにもう六日目です。余裕を持って食料を準備してて本当に良かったです。

 それもこれも出だしからトラブルに見舞われたせいです。

 いきなり、皆の不調のせいで、出発見合わせ。

 特に勇者様の風邪がなかなか治らなかったおかげで、三日間、シエレンの町にとどまりました。

 さらに、出発の翌日は大雨で、ぬかるんだ道を行くことになりました。

 天気予報のありがたみを改めて思い知らされましたね。

 おかげで、途中何度もぬかるみにはまったり、増水した川や山から溢れ出た水に行く手を遮られました。

 もう着替えもありません。

 皆泥だらけです。

 一度だけ泥の魔獣に襲われました。

 炎と聖なる法術で撃退。


 念のために用意していた車輪も役に立ちました。

 三日目に突然ガタっと音を立てて、馬車が動かなくなりました。

 またまた盛大につんのめって何事かと調べてみたら、車輪がダメになっていました。

 これも半日がかりで、修理したんです。


 勇者様も、道中、至って誠実に馬車馬に鞭打ってくれています。

 金貨を喪失した反省が効いているようです。

 まあ当分お小遣い無しというのが大きな理由ですけどね。

 当面、遊べません。

 ようやく前借りしたことの意味に気づいたようです。

 朝三暮四です。


 途中、少し道が広くなったところで、馬車を止めての休憩時間。

 携えてきたパンと塩漬けの野菜で質素な食事を取りました。

 塩分補給は大事です。ことこっちは体を動かすのが基本です。いっぱい汗もかきます。

 後は水分補給。


「ルビーさん、お酒は水じゃありませんから」


 酒樽に手を伸ばそうとしていたルビーさんのその手をぴしゃり。


「ちぇ、けち」


 道中、昼間っからお酒は飲まないという内々の決まりを再度徹底することにしました。最近、ゆるゆるでしたからね。

 羽目を外していいのは町中だけ。

 物見役をシルヴァさんにお願いして、しばしくつろぎます。

 お昼寝しても大丈夫です。

 大きな石をベンチ代わりに腰掛けて水筒の水を飲もうとした時でした。


「疲れてないか? 馬車で疲れただろう」


 なんと勇者様は私の肩を揉んでくれるではありませんか。

 肩を揉み揉み。


「勇者様、ちょ、くすぐったい」


 しかし、わたしは今は肩こりをしていません。


「なあ、エレーナ。ものは相談なんだが……」


 さわやかなイケメン笑顔を見せてくれました。

 前世、おっさんだからぜんぜんときめきません。


「ダメですよ、勇者様。わたしからの借金は」


 にこやかに返事しますとがっくり肩を落としていました。


 そして。

 再度出発随分高いところまで来ました。

 急に坂道がなだらかになり、広がる景色も青々とした非常に美しい草木に変わりました。

 高原地帯に出たようです。

 見事な草原が広がっています。

 さらに行くと、遠くにポツンと農家が見えてきました。


「お、エレーナ、見えてきたぞ、あれがそうか?」

「そのようですね……」


 ああ、ここがシエレンの商人さんが言っていた峠の途中で牧畜と農業を営む夫婦がいるという、休息場所ですか。

 シエレンの街の人の話では、ここで休むといい、といっていました。


 石造りのその家の前まで来ましたが、実にのどかなな農家です。

 柵で覆われた牧場の中では、羊がのんびり草を食べていたり、木舎から鶏の声が聞こえてきたり。

 そして自分たちで耕して食べるであろう畑があります。

 こんな自給自足の暮らしをしてみたいものです。


「よし、ここで一息させてもらうか」


 皆異論はありません。

 馬車を農家の脇にある木陰に繋ぎます。


「んー、のどかでいいねえ」


 降り立ったルビーさん、大きな体をのばすことができて、気持ちよさそうです。

 この雨まみれ泥まみれの三日間、狭い馬車で、我慢してくれました。

 いびきと寝相が悪くて何度も押しつぶされそうになりました。寝ぼけて抱きついてきたりけ飛ばされたりもして、萌えない百合でした。


「座りっぱなしでお尻がいたいです……」

 

 シルヴァさん。ずっと本を読んでいました。


「これしきの苦労、なんともないですよ」


 マリーさんも同じくお尻さすっています。

 同じく結構、神の試練だそうです。ずっとその試練に耐えてたんだそうです。

 お尻に悪い試練ですね。

 みんな、雨の中の馬車旅ですっかり退屈、体がなまっているようです。

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