4 悪霊憑きの少女と呼ばれて(もう少し回想)
お誕生日のお祝いはどこへやら。
周囲の子たちにもわたしの様子がおかしいことに気づかれてしまいました。
話しかけても上の空。好きだった花で作ってもらった冠も首飾りも、反応しない。
そして意味不明な言葉を発しまくる。
「ここ、日本じゃない……わたしは……」
なごやかだった空気が一変しました。
皆真っ青な顔をして。
逃げていく子。泣き出す子。
「エレーナに悪魔がとりついた」
「うわあああん怖いよおお」
何が起きたんだ。
いやいや。ちょっと待って。
みんな散り散り。
「どうしてこんなことになったんだ……」
わたしはそれからもずっと頭を抱えていました。
転生した。
しかも何故か女。まだ七歳。しかもどこか別の世界。
その上、騒ぎは大きくなってしまう。
しばらくして、五十過ぎの女性がやってきました。
「どうしたというの? まあ、エレーナさんが?」
法衣を纏った厳かな雰囲気と落ち着いた物言い。
ついには、孤児院の院長の耳にわたしのことが入ったようです。
「院長先生、わたし……なんでここに……」
院長先生はじっとわたしを見つめます。
この五十過ぎの院長先生は、厳しいところもありますが、基本子供想いでした。
勉強、遊び、そして衣食住。あらゆる面で身よりの無い子供たちの面倒をみてくれる味方です。
ずっとわたしの面倒を見てきた人なので、すぐに異変に気づいたようです。
「先生……」
わたしから子どもらしい笑顔や無邪気さがなくなっている。
「こっちへ来なさい」
そして、魔除けの準備を、と付き添いのシスターに言伝。
他の子供たちから引き離され、孤児院の医務室へ連れて行かれて、椅子に座らされて、脈やら熱やら見られました。
助手の二十代くらいの女性がわたしの脈を計ってくれています。
そしていくつか問診。
「悪いところは無いようね……頭をぶつけた様子も無いし」
何か誤解をされているようなので、院長に首を振りました。
院長はわたしのことをじっとのぞき込みます。
「あ、の、院長先生、わたしどこも悪くありません」
「じゃあなあに? エレーナさん。遠慮せずにおっしゃいなさい」
「その、わたし……わたしではないような気がするんです」
わたしは一体誰なのでしょう? とも付け加えました。
まさか七歳児から、そんな質問を受けると思っていなかったみたいで、院長は、豆鉄砲喰らった顔をしていました。
「自分でない? 何を言っているの? あなたはエレーナよ。他に誰だって言うの?」
「わたしはその……どこかの……男の人だったような気がするんです。サラリーマンで会社帰りにお弁当買ってコンビニでたらここにいて……」
初老の院長の呆気に取られた顔。
やっぱりわかりませんよね。
「ここは……どこなんですか?」
部屋をキョロキョロ。知っているのに初めて見るようなこの感覚、何だろう。
「孤児院よ。先代のグラスタニア王が慈愛の心を持ってお造りになられた施設なのですよ」
頭を撫でられながら諭されました。
「グラスタニア?」
「あなたの祖国なのですから、忘れてはいけませんよ」
院長もシスターもとても優しくて、混乱しているわたしに丁寧に教えてくれました。
「そ、そうでしたっけ。あ、ありがとうございます」
うやうやしく頭を下げました。
「急に大人びたもの言いになって……」
身体的にはどこもおかしいところは無い。
ただ様子がおかしいのは確かで、七歳児らしくない。
院長の診断の結果ーーわたしに低級な悪霊が憑いたという診断だったようです。
早速孤児院の礼拝堂に連れて行かれて、除霊の儀式。
祭壇の前に座らされて、聖なるお言葉を唱えてくれました。
「さあ悪魔よ、エレーナから立ち去りなさい」
ふん、ふん、と祈りと一緒に気合いを込めてーー。
「大丈夫よ、あなたに憑いた悪霊はじきに出て行きますから」
「……はい」
前の世界のわたしが悪霊扱いされたのは不満でしたが、そのお払いの間、周囲の様子を伺って、状況を確かめました。
入り口では孤児院仲間たちが、こちらの様子をうかがっています。
こっそり戸の隙間から目が光る。黒、赤、青。色とりどりの瞳。
一人一人の顔と名前を思いだし、自分の立場と記憶を整理。
そうして今の自分と自分の前世の折り合いをつけることに腐心しました。
しばらく静かな環境で落ち着いてお祈りと質素な食事をすれば治る、とお払いの儀式は終了。
その日は薬湯を飲んで別の部屋で早々寝かせられました。翌日も翌々日もお休み。
そして三日も過ぎた頃には、わたしも自分の元来の記憶を思いだし、また置かれている状況を再認識しました。
自分が何者なのか。
今のわたしはエレーナ。
親の顔も知らない孤児院の少女。
ここはグラスタニアという国。
ついでに、自分の体のことも色々。
女の子になっちゃってましたから。
まあ本当にご想像のとおりのことをしました。
そのせいでさらに悪魔憑きが悪化したと思われて治療が延びてしまいましたけどね。
「もう大丈夫、エレーナさん。あなたの悪霊は追い払ったわ」
落ち着いたようすなので悪霊憑きは収まったと院長は判断してくれました。
「そ、そうですか」
とりあえずここから元に戻してもらうために取り繕うことにして殊勝に頭を下げて御礼を伝えました。
「どうもご心配をおかけしました」
それでようやく、孤児院の子供部屋に戻されました。
「お帰りエレーナ」
「大丈夫だった?」
早速女の子たちがわたしを心配して集まってくれました。
「悪魔なんて、あたしが教会のホウジュツでやっつけてやるんだから」
「俺が倒してやるぜ」
みんなの会話からこの世界がどんな世界かも、探りました。時折魔法やら魔王、魔物なんて言葉が飛び交っているようなので、この世界はファンタジーゲームのような世界であることが伺えました。
言葉も問題ありません。衣食住もとりあえず貧しいものの確保できそうです。
あとは孤児院での日常即ち掃除、学習、お祈り、食事、そして遊び――。
慣れればなんてことはない。
なので、少し身の上のことを考えました。
わたし、なんでこの世界に転生したんでしょう?
コンビニに寄って自分の部屋に帰ろうとしていただけだったのに。
さっぱり理由が思いつきません。
色々思い悩むうちに、自分なりに答えがでました。
ああ、そうか。そういえば、こういうの定番でしたね。
突然異世界に召還とかされて、特別な力を与えられる物語。
きっとわたしは、何か特別にすごい能力を持っているのかもしれません。
敵を一睨みで倒す能力とか、既にレベルが99に到達しているとか。特別に何かを作り出す力とか。
そしてバッタバッタ敵を倒して、大活躍。
みんなから驚かれ、敬われて、慕われる。
わたしもそんな役割を神様から貰えたのでしょうか。
意図的なのか誤ってこうしたのか。
きっとそのうちに神様が、やってきてわたしに土下座するのかもしれません。
わくわくします。
早くこいこい。
そんなことを思いながら、孤児院での日々を過ごすようになりました。
でも一向に神様は謝りに来ない。
毎日、お祈り、勉強。そして他の子とお遊戯。
わたしは平凡な子のまま。おまけに女の子です。
あるいはこれから目覚めるのかもしれません。
そう思ったわたしは、時間を見つけては孤児院の裏にある一本杉の丘の上で、わたしに秘められた能力を調べる訓練をしばらく重ねました。
ひょっとして、ネットゲームの世界でレベル999だとか。
視界の脇にウインドウが見えるのかも。
「ステータスオープンッ」
静寂に包まれました。
いやいや、ひょっとして召喚する能力か。
「いでよ、わたしの使役悪魔よ」
辺りは再び静寂に。
実はパワー系?
「うおりゃああああ」
壁にパンチして指を捻挫。
まさか聖女? おっさんが聖女になるべたべたな展開か。
「奇跡を起こしたまえっ」
まだ見つけることはできません。
「はあ……はあ……」
思い当たる能力を探すネタが尽きてしまいました。
魔法を作ったり、武器や道具を無限に作り出す力も探してみましたが一向に駄目。
「エレーナちゃん、何やってるの?」
気づくと、恐る恐る遠くからわたしをみつめる孤児院仲間たち。
「みんな、ここは本当はゲームソフトの世界かも……と思って色々試して」
言い終わるまでにみんなが散ってしまいました。
早速院長に報告がいってしまいました。
それから10分後。
「もう大丈夫ですから、いや、もう結構ですから」
また悪魔祓いの儀式を受けることになり、両脇を大人に抱えられて足バタバタさせてあの儀式部屋に逆戻り。
「院長先生、悪魔じゃないんです、わたしが東京にいたときの記憶で……ゲームみたいな世界……」
そしてまた悪魔よりも恐ろしく神妙な顔をした院長先生と再会です。
「消えうせよ悪魔ああああ!」
「うひゃっ」
ばっしゃん。
効く耳持ってもらえず、今度は冷たい水を頭からぶっかけられました。
それを何度か繰り返してようやくわたしは、あまり前世のことは喋らない方が良いということを学びましたら。
その頃にはわたしエレーナはすっかり変な子扱いになってしまっていました。
でも冷たい視線にもめげません。
一体いつチート能力とやらが目覚めるのでしょう。
その日を心待ちにしています。
その後特に何も起きないまま七年ほどの月日が流れました。
なおその頃ついたあだ名は悪霊憑きのエレーナ。嘘つき少女。
今のわたしの別名です。