36 第三防衛線
「もし、エレーナさん」
はあ……。
今度は白い狼ですね。
早く宿に帰してください。
道の反対側にマリーさんがいました。
なんか子供を四、五人連れています。
「あなたは、神より与えられた富を分け与えるべきと思いませんか? それこそが得た金銭の正しい使い道……」
マリーさん、とても優秀で信心深い聖職者の鏡であることは認めます。でも少し世間ずれしていて何かトラブルがパーティー内で起きても、「これも神が与えた試練なのです」とかいって、具体的なことは何もしないことも多いのです。
無償で頼みごとを引き受けたり、慈善活動を始めたり。
お金に関することで、私が結局後始末することも多いのです。
そして一番困ることにお布施が大好き。
慈善事業は結構なことですが、持っているお金をあとのことを考えずに振る舞おうとするのです。
なんて色々言いましたが、そういう自己犠牲なところは敬うところです。そして心をより鬼にしなければいけません。
「恵まれないこの子たちに、慈悲を」
「駄目です」
即答します。
この子たち、顔色や身なりから身寄りのない浮浪児ではなくどちらかというと素行の良くないものを感じました。
「ああ、エレーナ。なんて冷酷な言葉……あなたには心がないのですか?」
涙を拭う仕草をしてくれます。泣き落としは、もう先の二人がやっていますので効きません。
「私たちの路用のお金ですよ、マリーさん」
「今こそ我らが神の力をーーさあ、あなたたちも」
絶対、違うーー。こいつら、その辺の悪ガキだろ。もの欲しそうな目ーー。たぶんマリーさんの馬鹿正直なところにつけ込んで、利用されているのです。
「よく見てください、この国はそこまで貧困にあえいでいるわけでもなく、秩序もあります。こういう国ならば修道院とか孤児院があると思うのでそこに任せれば……そこにできる範囲で寄付をすればいいんですよ」
ああいうところはしっかりしてるので、多分身を切るような寄付はお断りでしょう。
極力傷つけないように、なるべく理路整然に説明をします。
「今この子たちを救いたいんです!」
相手もなかなか手強い。
なおも引き下がりません。ここは少し嫌われ役を演じなければ。
「そういえばマリーさん、ずいぶん、綺麗なものをお召しになっていますね、きっとそれを売ればーー」
なるべく笑顔で。
みるみる顔色が変わり、不機嫌そうに背を向けられました。
「こ、これは駄目です」
痛いところを突いたようです。第一の矢が炸裂。
「こ、こんなに苦しいのはおかしいです」
こちらも三つ前に立ち寄った町で前に聖職者たるもの、神の祈り身なりを正しくしなければならないと、さんざん説教されて買うことにした、最上の法服です。
教会の説く奉仕や自己犠牲、質素倹約の精神と矛盾しているな、と思ったのですが、買い換えの時期だと思っていたので、奮発して受け入れることにしたのです。結構彼女にも俗っぽくて可愛い面もあるなと心の中で苦笑いしつつ。
「あなた、わたしたちが稼いだお金をきちんと管理しているのですか?」
暗にわたしが横領しているかのような物言いです。
流石にその言い方はむっときます。というより商人ギルドの名誉を傷つけています。
ここは彼女を叱らないと駄目でしょうね。
「マリーさん」
一つ咳払いをします。
「な、なによ……」
「いくらなんでも言い過ぎじゃないでしょうか」
「そんなことありません」
「帳簿がありますので、この記述に疑問があるなら、いくらでも質問は受け付けます」
「勇者様にもチェックを毎日してもらっていますし、ギルドから監査を受けることもあります。帳簿に嘘をつくことはギルドに加盟したその日に、八つ裂きにされても構わないと誓うのですよ」
どん、と突きつけます。
「さあ、帳簿のどこにまちがいがあるかご指摘ください。場合によっては勇者様にも疑いをかけることになりますが」
さらに目の前にずい、と。
「わたしも皆さんと話し合いで決めたお小遣いしか受け取っていません」
思わぬ反撃に、マリーさん目がちょっと涙目になっています。
「う、ものの例えよ、たとえが悪かったなら謝るわ」
流石の聖職者もついに怯みました。
「じゃあ、私は定時のお祈りがあるからーー」
早足で先へ行ってしまいました。
まあマリーさんとは折り合いが悪いのです。というか一方的に敵意向けられているのです。
聖職者たちからみると商人関係者などは金儲け、拝金主義、俗世にまみれた欲望の塊のようにみえるようです。
先輩からも旅に出発する前に要注意だ、苦労するぞと言われましたが、本当にそのとおりでした。
個人的な感情を出さないようにこちらは振る舞っていますが、あちらはそうしてはくれません。
「……けち」
舌打ちされました。なんとでもいってください。旅を守るのが私の役目です。




