30 町の検問
フォル君。
道も平坦となり、揺れる音も収まります。
広がる麦畑を抜けてゆきます。青々と茂った時折すれ違う馬車や人の声が聞こえ徐々にその数が増えてきました。
おそらく街が近いのでしょう。
「よっしゃあ、あがり」
「あー、ちょっと待って、今の無し」
緊張感も解け、ルビーさんや、シルヴァさんはこの世界のゲームに興じています。マリーさんはお祈りを捧げているのでしょうか、じっと手をくんでいます。
「おーい、エレーナ、検問だ」
勇者様がわたしを呼ぶ声が幌の外から聞こえてきます。
来ました。やっとわたしの出番です。
「あ、はいはい」
荷物を抱えて外へ出る準備をします。
検問。
ここで手間取ると、二、三日足止めを食うとがたまにあります。
そうするとそれだけ無駄な費用が発生してしまいます。
馬車から外に出ると、大きな川が見えました。この川を越えるとシエレンの町のようで、長い橋がかかっています。そしてその橋の手前に、兵士たちの詰め所と検問所がありました。
商人や物資を運ぶ馬車や荷車と人足で行列ができています。
「よし、次ーー」
列を前に進めていくと、兵士のいかめしい声も聞こえてきました。
身分を確認する書類や、荷物の検査を順番に受けます。
「よし通れ」
「ありがとうございます」
並んでいる順番に審査を受け、次は私たちの番です。
私が馬車から降りて応対します。
担当は若い兵士さんたち二人のようです。
来ている甲冑はまだ新しく、また着慣れていない雰囲気がでています。
顔には髭はまだなくかなり初々しいです。おそらくは初年兵と思われます。
きっとどこぞの田舎から出てきて、ようやく兵士の訓練を終えて配属されたということろでしょうか。
「よし、次の者。前へ」
わたしたちの番がやってきました。
兵士さんの前に歩み出ます。
こちらの世界でも、女はどうしてもなめられる傾向にあります。
こういう時は、はきはきとした受け答えが一番です。
「はい、兵隊さん、よろしくお願いします」
作り笑いだけども笑顔を見せれば厳しい兵士さんたちは表情を変えなくても、少し和らぎます。
「随分大きな街ですねえ、立派な城壁で驚きました、これからわくわくしますよ」
「そうだろう? この辺では一番大きな街だからな」
お、意外にフレンドリーな兵士さんです。
いかつい格好をしていますが、中は人の良い青年ですね。
「それに……兵士さんも、格好いいですしね」
元気な笑顔で答えます。
ちなみに、こう見えてもちゃんと、人とやりとりする程度のコミュ力はありますよ。
兵士さんも笑顔で返してくれます。
「はは、上手だね、お嬢ちゃん」
子供のお世辞と受け取って貰えたようです。
「旅行証は持っているかな?」
言葉遣いも丁寧です。もっと横柄な言い方をする警備兵もいます。
どうやら悪質な兵士ではなさそうです。
「はい、ここにあります」
脇に抱えた箱から一枚の紙をすぐに取り出します。
「馬車一台、要員は6人です。荷物と人数、ご確認ください」
どこもこんなものです。むしろ賄賂を要求されないだけだいぶましです。これだけで、ポイントが高いです。
おそらくシエレンの町は、いい感じの町でのんびり過ごせそうです。
「ほう、これはグラスタニア王国発行の国王直々の旅行証ーー」
「メンバーの人数と属柄も間違いないかと」
「リーダーのこの男と、戦士、魔術師、聖職者、商人」
すると隣の少しは年上とおぼしき兵士が話しかけてきた。
2、3年目の兵士さんといったところでしょうか。
「ひょっとしてこれはグラスタニアの……勇者様ご一行……」
「あら、わかっちゃいました?」
この世界の兵士であれば、だいたいどこの国でも、勇者やそれに従う戦士といえば憧れである。敬礼の姿勢を取る。
周囲がざわつきはじめたので、あんまり目立ちすぎても、この後に支障がでます。
「いや、僕もあこがれてたんです、いいなあ、世界を旅するって、いつかは僕ももっと外の世界を知りたいーー」
話が弾むと、その後の手続きはスムーズに行きました。
検問を終えた証明書もいただきました。
「勇者様、無事おわりました」
「おうエレーナ」
検問を終えて、そのまま川にかかる石造りの立派な橋を渡り抜けてゆきます。
結構な時間、雑談をしてしまったので人の列ができてしまっていました。
少し振り返ると、あの新兵お二人が先輩兵士に怒られている様子も見えました。
ちょっと余計なことをし過ぎてしまいましたね。兵士ならば、職務に忠実で無駄をしてはいけないのに。
原因はわたしですがね。
どうもごめんなさい。
時たま煩雑だったり、尋問が行われることもありまし、悪質な時だと賄賂を要求されることもあって、手続きにてこずる時もあるのです。
しかし、この国はそれは無く、役人や兵士の質は悪くはないようです。
二つ前に訪れたサルハ王国などはひどいものでした。
検問の兵士にさんざん待たされたあげくに、さらにいちゃもんをつけられ足止めをくう。
「グラスタニア王国発行の旅行許可証はお見せしましたが」
通常みせれば、それでパスなのに、さらに入国審査と手数料を請求されました。
「最近はどの国も勇者を送り込むのが流行っていてな、それに身分を偽る者が多いんだ。貴様らは本物なんだろうなあ。格好もみすぼらしいし」
ジロリと睨まれました。
それで察しました。
「そこをなんとか……」
「ああ? 勇者一行といっても、きちんとした審査を受けないとなあ、頼まれても特別扱いは」
審査役の兵士さんに追いすがる振りをして服を掴みます。
そして、そっとポケットに銀貨銅貨を数枚入れたら審査はすぐに終了になりました。
その後も宿の宿賃をふっかけられたり、こっちの馬車が接触したから修理費寄越せとか。
荷物を盗られたり取り返したり、散々な思いをして早々に通り抜けたのです。
そういうこともあるのです。




