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21 幕間 帝都の美酒と月夜

 「黄金の三日月亭」はバロニア帝国の帝都バロン随一の酒場として名高い。

 大陸中から集められた数多の美酒を堪能でき、料理は山海珍味を取り揃えている。

 そして千人を一度に収容できる客席は、昼も夜も酔客で溢れかえり、そこかしこで仕事を終え一杯やりにきた商人、あるいは旅の途中に立ち寄った冒険者、あるいはお忍びで訪れている貴族が入り乱れ、舞台の上では踊りや音楽が常に奏でられていた。

 数多の給仕人たちは戦場さながらに調理場と客席を行き来し、酒や肉を客席へ運んでゆく。

 眠ることを知らぬ不夜城であった。


 単なる飲み食いをする場に留まらず、商人は金儲けの話はないか、冒険者は何か貴重な情報はないか、虎視眈々と機会を狙っており、そして、この後引っかけた女を連れ込もうと企む者もおり、人間の欲望が入り乱れていた。


 花の帝都を訪れたら一度はここに立ち寄り酒を飲め。人の世がここにある。

 とある旅人は、そう言葉を残した。

 



 その夜も「黄金の三日月亭」は多くの者が訪れ賑わいをみせていたが、いつもとは違う熱気に満ちていた。

 理由はとある一団が、この酒場の注目を一心に浴びていたことだった。


「おお、あれが北方地方イスタル王国からやってきた勇者様たちか」


 当代きっての勇者一行がこの酒場を訪れていた。

 各地で魔物を狩り、名声をあげ、この帝都にやってきた。

 魔物が再びはびこる気配を見せ始めた昨今、どこもかしこも勇者を名乗る一行は歓迎され、一旗揚げて、名を馳せようと志す者も数知れなかった。そして皆この帝都を目指す。

 その中で特に名を轟かせ、随一の実力を持つとされる今日の一行の到着は、帝都の演劇小屋の芸者役者を凌ぐ時代の寵児であった。

 今日の酒場の話題をさらっていた。



「今日はオレたちのおごりだぜ。つい今しがた皇帝陛下に謁見して金をたんまり下賜くだされたからな」


 いたる所のテーブルで勇者たちから振る舞われた酒や食べ物で偉大なる勇者様に乾杯、魔王討伐祈念の声があがる。

 酒場にいた者たちは、大いに盛り上がった。

 その勇者を名乗る一行たちは、賓客をもてなす最高級の席を占めていた。


「おいおい、ジャリス。いきなり無駄遣いして大丈夫かよ?」


 仲間の戦士の男は、自らも大きな杯では飽きたらず、樽を抱えて詰まっている高級ぶどう酒を飲み干す。


「なーに、なくなったら、また集めればいいぜ。金を払ってでも魔物を退治したいやつらはたくさんいるからな」

「そういうガンド、おめえも随分豪勢なもん、身につけてるじゃねえか似合わねえぜ」

「へっこれで魔族でも魔獣でもかかってこいってんだ」


 ガンドと呼ばれた男が振りかざす自慢の大斧は、都で有名な鍛冶工が作ったものでどんな堅い岩石鉱物でも振り下ろせば、破壊できるという逸品だ。

 甲冑にもそこいらの剣も弓も跳ね返すという最高の金属が使われている。

 装備はすべてが地上で最高のものを取りそろえていた。


「いい時代になったもんだ、ついこの間までごろつきだった俺たちが今や英雄だもんな」

「勇者に鞍替えして本当、正解だったぜ。魔王様々だな」


 帝都で取りそろえた武具一式をひけらかす。

 酒場にいる他の冒険者たちがおお、流石だと驚く。

 流石、大陸で最強の名を馳せている勇者たち。

 周囲の畏怖と敬意に、得意満面だった。


 酒場には音楽が奏でられる。景気のいい弦楽器や太鼓の音。

 場は大いに盛り上がった。

 

 勇者を名乗る男は、周囲に、多くの女たちを侍らせて、また酒を浴びるように飲んでいた。

 傍らの女を抱き寄せた。


「勇者様ぁ、もっと旅の話、聞かせてぇ」


 勇者と呼ばれた男、ジャリスの熱い胸を金髪の女がなぞる。


「あたし、憧れてたのよ、こんな強い人についていきたいって」

「魔王を倒したときは、またここに寄ってね」


 おだてられ、ますます意気盛んになる。


「なーに、魔物なんて、ちょっとこつを覚えりゃ簡単だぜ」


 武勇伝を得意げに語る。

 洞窟で魔物を倒した話、魔物の鋭い爪が首を掠めた話。魔物が住まう岩山で竜を対峙した話。確かに数々の場数を踏んだのは確かだった。


「魔界に一番乗りするのは俺たちだぜ。名付けて、「暁の勇者」」


「おいおい、名前まで決めたのかよ」

「もっと良い名前にしようぜ」


 センスねえ、と仲間がどっと笑う。それにつられて周りの客も笑う。

 うるせえ、じゃあお前等が考えろ、と勇者を名乗る男は酒臭い息で、言い返した。


「オレたちにかかりゃ、悪魔なんて、いちころだぜ」


 勇者を名乗る男が酒をぐい、と飲み干した時、透き通るような冷たい女の笑い声が、一同を突き刺した。 


「ふふふ」


 その女の笑い声は男たちの酔いを一時的に醒ます。

 ああ? と酒で赤くなった顔を声がした方向へ向ける。


「なに、笑ってるんだ?」

「ああん、何者だ?」


 自分たちに逆らう者などいない、と思いこんでいた一行は声をした方へ怪訝な顔を向ける。

 静かな語り声が再び発せられた。


「お気を付けください。魔族はいつどこに潜んでいるかわかりませんから、戯れ言でもそのようなことは言うべきではありませんよ、勇者様方」


 一人呟いているのか、それとも聞かせているのかわからない。赤いグラスを見つめたままだ


「なんだ? おめえ。いつの間に」


 いつの間にか、荒くれ勇者たちの隣席に銀髪、碧眼の少女が一人座っていた。

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