16 勇者様との熱い誓い
さらにそれから小一時間。
今、わたしは焚火の番を一人でしています。
よく乾いている薪らしく、ぱちぱちと音を立てています。
「じゃあ、寝る前に入るか」
食事も早いうちに済ませ他の皆さんと交代で水浴びをします。
シャワーなんて無いので基本行水です。
きちんとしたお湯と石鹸のついたお風呂に入れる機会はそう多くはありません。ボタン一つでお風呂がわく装置はこっちにはないですし。
「はあ、そうですね……」
もう体がぶるっと震えます。
今日は結構寒いし、こんなのもう慣れた……というわけにはいきません。
はっきりいってかなりの苦行です。
でも一応わたしも今は女性ですから水浴びは欠かせません。できればやりたくないですが。
あ、もちろん前の世界でも毎日お風呂には入ってましたよ。
「じゃあ先に行ってくるわ」
最初はルビーさん。順番に一人ずつ向かいます。
上に着ている服は脱いで、後は外套だけ羽織った下着だけの姿で水浴びへ向かいます。
そしてしばらくすると戻ってきました。
流石、体力底なしで鍛えられている冒険者職。このヒンヤリした中でも涼しい顔をしています。
続いてマリーさん。
「これぐらい神の試練と思えば何ともありません」
さすが聖職者。でもちょっと体がぶるっと震えているのが可愛い。
お次にシルヴァさん。わたしと同じぐらいの背格好なのに、胸だけは立派で、その胸を抱えて戻ってきます。
「うー寒かったです……風邪引きそう……」
わたしはその間ずっとたき火番で残っていました。できればこのまま火にあたっていたい。
でも三人は見逃してくれません。
「おわったよ、エレーナ」
「行ってくるですよ」
「身汚い格好は勇者様の恥になってしまいますからね」
三連発くらいました。心の内が読まれたのでしょうか。
やれやれ……。急かされるように立ち上がります。
「はい、では失礼して」
この風の冷たい夜にあまり気が進まないのですが、それでもいかないわけにはいきません。たき火を離れました。
「さむ……」
月夜なので、明かりがなくても歩けます。
そして、湖畔の水が綺麗で浅い部分に降り立ちます。
入る前に、空を眺めます。
綺麗な月。
思わず見入って、見晴らしの良い場所に移動。
ちょっと湖畔の小高くなっているところへ。
ここなら木々に邪魔されず、空と湖の両方が眺められます。
「あれ」
ふと何か気配を感じたので、ふと茂みの裏側を覗いてみる。
最初は気のせいか? と思ったのですが確かに気配があります。
と、なんと勇者様がいるではありませんか。
「勇者様?」
「お、おお!」
びくっと驚いたようにのけぞります。
「何やってるんですか……警備に行ったんじゃ……」
最近やたらと釣りに行くとか狩りに行くとか言って結局何も穫れなかったといって戻ってくるのはこれでしたか。
「はあ……」
草むらに隠れていた勇者様は右手に何かを持っています。
おお、それは遠眼鏡。異国の職人が作ったという千里眼魔法が無くても
見えるという。どこでそんなもの手に入れたのでしょう。
それに今日は月夜です。湖畔が綺麗に見渡せます。
「こ、これは……」
願わくばこっち方面(炉系)に目覚めないことを祈るばかりです。
「水辺はいろんな猛獣も寄ってくるだろ? ほら、最近はオークにさらわれた娘をまわしたとかなんとか聞いたりするし、そんなことがうちのパーティーであったら大変だと思ってさ。さ、じゃあ、これで」
そそくさと立ち上がろうとします。
「勇者様。わたしは守らなくていいんですか?」
「ああ、もう危機は去った」
危機は去ったようです。
「覗いてたのではないんですか?」
少し意地悪をして追い打ちをかけてみました。
勇者様は田舎出身の純朴少年なので、嘘をついてしらをきるのはそれほど上手ではありません。がっくり膝をついてあっさり自白します。
「エレーナなら……わかってくれるだろ? なあ。エレーナの憑いてるなんとかとやらは、あれだったんだろ!?」
言外に自分の意を汲み取ってくれという思いが滲んでいます。
「はい、確かにわたしの前世、おっさんですが」
「最近また大きくなってきたよな……と思ったらいてもたってもいられなくなって、だが俺はみんなを統率しないといけない」
「はあ、そうですか。それで……」
勇者様は苦しんでいたのです。
リーダーたる自分と、若い男の子の自分。
普段は平静を装っているが、その実胸に熱いものを秘めていた。
道中のやたら哲学やったりたそがれてたりしていたのもそれが理由でしたか。
その狭間で水浴びの覗きをするに至ったようです。
「ふう……」
ため息一つ。
わたしもまだまだですね。そこまで勇者様の行動を見抜けませんでした。
様子がおかしいとは思いましたが、草食になったと思ったのはとんだ勘違い。
でも一安心。ひとつ判明した事実があります。
少なくともおっぱい星人は健在でした。
「わかります。そういうのが気になるお年頃ですもんね」
またはあ、とため息を一つ。
「な、エレーナならわかってくれると思った。やっぱ男としては見過ごせないよな?」
勇者様は縋るようにわたしの手を握ってくれました。
この状況ではなんの感動もありませんが。
勇者様の男としての立場を理解してくれる相手ということで微妙に信頼を勝ち得てしまっているようです。
確かに理解できないわけではありませんが…。
でもわたしはのぞきなんてやってないんですけどね。一緒にされるのは心外です。
本当ですよ。
「誰にもいわないで置きます」
常に寝食を共にする勇者パーティー内で、仲間同士の不信感が広がってしまったら大変です。
わたしが黙っていればそれで良いのならば……。
「た、頼んだぞ。流石、エレーナは俺の気持ちをよくわかってくれるな」
最後に熱い同士の友情の握手を無理矢理交わされました。
一緒にされるのは不満でありつつも同時に頑張れ、勇者様と声援を心の中で送るのでした。




