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12 昼下がりの馬車

「ところでエレーナちゃん、さっき寝言を言ってたけどまた悪霊がみせる前の世界とやらの幻?」


 シルヴァさんの趣味の話がようやく終わって、今度はわたしの番が来たようです。


「はいそうです」

「せっかくだから話してみてよ」


 退屈しのぎに私も一役買えと言うことですね。


「はあ、皆さんがよければ……」

 

 正直、この世界に転生した今、地球での日本での知識なんてあっても悪霊呼ばわりされるだけで、クソの役にも立ちませんでした。

 でも、この悪霊憑きエレーナが役に立つ場を見つけることができました。

 皆さんの暇つぶしの相手。

 とりあえず、さっきみた私の夢を話します。


「あれは、わたしがコンビニに入った場面でした」

「コンビニ?」

「はい、コンビニというものがあっちの世界にはあります。昼も夜も、明るく輝いて、どんなお祭りや休息日でもやっているお店です。そこでは温かい飲み物も食べ物も豊富にあって、いつでも欲しくなったときは手にはいるのです」

「へえ、ねんがら年中、そりゃいいね、酒もかい」

「もちろん、お酒もいろんな種類があります。穀物酒から蒸留酒、ぶどう酒まで一通りはそろってます」

「かー、最高だねえ、いつでも酒にありつけるってえ」

「エレーナ、あんたがやってみたらどうか? 商人なんだからさ」

「わたしには無理です、あれはやるには一人の力だけでなく壮大な労力と能力が必要なんですーー」

 欲しいですね、異世界にコンビニ……誰か作ってくれないでしょうか。

 街道のわき道に数キロメートルおきにあれば、いつでも苦労はしないのに。

「それに大変なんです。休むことがないので、ちょっと丈夫なくらいでも体を壊しちゃいます」

「だろうねえ、あたしだって飲んだときには休みたいもんねえ」

「わたしも研究に没頭しすぎて、ふと気が付くと三日三晩何も飲まず食わずで、危うく飢え死にするところだったですよ」

「はは、そんなのシルヴァだけさ」


 大丈夫、向こうの世界にもいっぱいいます。なんとか廃人って人たちがいっぱい。


「でも一番いいのは……一人でも困らないことですね」


 こっちでは生きるだけでも一苦労です。


「はは、エレちゃんらしいや」


 皆さんを楽しませることができたようです。

 このパーティでは悪霊憑きこと前世の記憶は隠してはいません。

 わたしは別の世界でふつうのおっさんだったというのは、周囲にも、またメンバーには繰り返し話してはいます。

 信じる人はいませんけどね。

 信じてもらおうにも、それを証明する手だてもありません。


 だから、悪魔憑きのエレーナまたは嘘つき妄想少女。

 それで終わりです。

 


 ガタゴトガタゴト。時々、ガコンっと大きく揺れます。

 こっちの世界ではアスファルトなんて舗装された道路なんてありません。

 せいぜい森、山谷を切り開いただけの道。

 馬車は砂埃を立てながらごとごと揺れ動きます。


「あはははは」


 馬車はわたしの前世で大盛り上がり。


「するとエレナのいた世界では、ヒコウキってものが空を飛んだり、ジドウシャってのが道を走ってるっていうのかい?」

「はい、それを使えば、一日で世界の反対側まで行くことができるんです。ジドウシャなら自由にあちこちを馬よりも早く移動できて……」

「あははは」

「ほえー、凄いですよ。あ、わかった。それは天空の世界にいるという竜騎士ドラゴンライダーですな。自由に竜を操って駆け回るというーー」

「いいえ、それにそんな大層な身分でなくても誰でも乗ることができるんです。お金もそれほど必要ではないですし」


「それじゃあ、エレナも世界中を旅して回っていたのかい」

 首を振った。

「いいえ。私は普段、一日中部屋に閉じこもっていました」

「部屋に? なんでまた……自由に世界を旅できるんだろ?」

「わたしはあまり好きではなくて……」

「何をしてたんですか」

 

 シルヴァさん興味津々。結構受けたようですね。


「パソコンとスマホというものがあって世界中どこにいても遊んだり会話をしたりすることができるのです。手紙も全部瞬時に送ることができるんです」

「とんでもなく飛べる鳩でもいるのかい?」


 いまいちネットの概念がわからないようです。郵便制度もなく、手紙のやりとりもままならないこの世界では情報通信の概念など伝わるはずもありません。


「よくわからないけど、そんなことができるのかねえ」


 きょとん、とした顔をしたままだ。


「部屋の中で一日中閉じこもっても結構楽しく生活できるんです」

「そんな牢獄みたいなところ、あたしはいやだねえ」

「いいや、わかるですよ、魔法の研究をやっていたら、気がついたら翌日の朝になってたことなんて何度もあるから、ああ、そっちの世界に行って魔法の研究に没頭したいですな」

「残念ですが、魔法はないんです」

「な、魔法がない!? そんな、この世界の根元を支配する魔法がないとはーー」

「魔法の代わりに科学というものがあって世界の出来事の理を支配しているんです」

「ななな、なんとーー、それでは意味がないですねえ」


 しょぼん、とシルヴァさんは残念がります。


「ははは、エレーナ、あんた、詩人になった方がよかったんじゃない? ほらよく自分が鷹になって空を飛ぶ詩とか、あるじゃん」


 結局、わたしの妄想と片づけられます。話しても、心配ないでしょう?


「残念ながら……その才能はないですよ。学校の成績、悪かったですから」


 国語の成績も読書感想文の先生からの評価もお察しでしたので。


「エレーナちゃんに憑いている悪霊はほんと不思議ねえ。だいたいみんな地獄はどうだとか、天国の世界はどうだとかなのに、ひと味もふた味も違いますよ」


 私の前世話は退屈な時間の多いこの旅では、それなりに皆さんの暇つぶしにはなるようです。

 私の異世界転成も役に立ったようですね。


 けれどもそうでない人も中にはいます。


「まったく、くだらない。前世なるものの存在は教会が否定しています。全ての生命はこの世界の女神、アシュリス様によって作られているのです。死んだらまたアシュリス様の元にお戻りになるのです」


 法衣服のブロンドの女性がじと目でこちらを睨んでいます。


「耳を洗いたくなりますわ。悪霊憑きの言霊など……世が世なら悪魔審判にかけられても仕方がありません」


 そして耳を塞ぐような仕草。

 まあ彼女の前では滅多なことは言えません。冗談が通じませんので。

 そしてパーティーきっての堅物。


「はあ……まあこれはわたしが勝手に話している妄想ってことで……」


 別にこれまでも前世の話をしても忌み嫌われたり笑われるだけだったので構いませんが……。


「わたしの前ではそのような不信心なお話、清らかな精神を造る鍛錬のための妨げお気をつけてください」


 耳を塞ぐような仕草をして睨まれます。


「まあまあ、堅いこと言わないで」

「そうそうですよ」


 お二人がマリーさんを抑えてくれました。

 メンバーは微妙な均衡を保っています。でも基本的にいいひとたちです。



 さてここまでで、だいたいおわかりだろうと思いますが、パーティーメンバーはわたしも含めて全員女性です。

 勇者様を除いて。

 紅一点ではなく黒一点。

 ハーレムです。

 とはいえ、どスケベ野郎だからハーレムを選んだわけではないことは勇者様の名誉ために申し上げておきます。

 これはたまたまそうなっただけで、かつては男子メンバーがいたのです。

 初期メンバーからずっと一緒のわたしたちですが、一人離脱した仲間が一人。




 聖職者ひーらーのマリーさんが空気を微妙にしてくれたおかげで、わたしの前世で盛り上がったおしゃべりは一端終わりを迎えました。

 そして再びのどかな時間。


「……」


 わたしたち勇者パーティー、今は五人ですが、いずれメンバーは増えていきます。


 おそらく最大で十人くらい。

 もっと大人数でもいいじゃないかという意見もあるかもしれませんが、これぐらいが一般的なのです。

 勇者パーティーは軍隊のような大人数にはしません。

 それには理由があって、最終的に魔界に突入した時に、禍々しい猛毒のの障気溢れる世界をゆくときがきます。彼の地ではそうそう大人数ではいけません。

 あくまで少数精鋭。

 エルフの森を探しだして、魔界への扉を開く

 天界の騎士とも言われるドラゴンライダーを仲間にするそうです。

 そして賢者様。

 まあ、それはまだ随分先の話です。

 そうすると必ずこの先あぶれる者が出てきます。

 おそらく真っ先にその対象候補にあがるのは、中途半端なスキルな私でしょう。おまけに悪魔憑きの不名誉な呼び名を持つのですから、今いること自体がかなりの奇跡です。


 戦士、魔法使い、聖職者。まだ非常にオーソドックスな初期メンバーです。騎士が一人離脱したせいで、わたしの離脱が遅くなった現実はありますが、おそらくその未来はそれほど変わらないはずです。

 ちなみにメンバーから外されたら退職金はありません。

 そのうちまた一人でとぼとぼ故郷グラスタニアへ帰国の途に着く日がやってくるでしょう。

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