11 そして我が旅
辺境の国グラスタニア王国を出発してもうだいぶ月日が流れました。
こちらの世界での故郷、グラスタニアもよい国だったと今は思います。
辺境とはいえ、魔物の脅威もさらされず、立派なお城と豊かな農地が広がり、平和なゆったりとしたのどかな国でした。
これでもわたしは前世は都会っ子。
花の都の東京出身でしたから辺境国の住人になったことには最初は少々戸惑いましたが、穏やかな土地柄で住めば都でした。
その第二の故郷、グラスタニアをも離れて危険を伴う勇者様の旅に参加するのは決して本意ではありませでしたが、選ばれたからには精一杯やります。
ま、名乗る役職もない雑用係ですけどね。
トラックに跳ねられ、うっかり屋の神様に土下座してもらって特別な力をもらったわけではありませんから仕方ありません。
わたしは、ただコンビニで唐揚げ弁当買ったら異世界に転生しただけの人間。
コンビニ訴えてやりたいくらい。
さて、すっかりたるい空気が漂っている馬車内。
精神的に疲れてきました。再び荷台の外に出て勇者様に囁きます。
「勇者様、お疲れでしょう。どうぞ中へ。わたしが馬を操りますから、中でゆっくりお休みください」
旦那、ハーレムが広がってますぜ。
アル中とおたくとお説教がひしめく魔境ですが。一応皆さん美人ですし。
さあさあ、どうぞ馬車の中へ、と誘います。
「いいや、大丈夫だよ。エレーナ、気を使ってくれてありがとう」
やっぱり断られました。
うーん。引っかからないか。
わたしたちの勇者様は、初対面の時は女性メンバーに眼を輝かせていたのに。こんな綺麗な人たちと一緒に旅ができるのかと田舎の青年丸出しだったのに。
結局すごすご馬車に戻ることになりました。
わたしは力不足です。
勇者様は、眼をみはるようなナイスバディがお好みなようで、わたしのようなお子さまは対象外です。
その上、淡泊な性格にみえるせいか、不感症女という位置づけのようです。
前世からの性格が影響しているので、どうしようもないです。
ところでわたしたちが何故勇者様を名前のフォルウィンで呼ばないのか、ルビーさんやマリーさんのように名前を呼ばないのか。
これはいくつかの理由があります。
わたしたち一行は勇者パーティーを名乗っていますし、グラスタニア王国公認の選抜メンバーです。
しかし、巷では勇者という職業はありません。
トレジャーハンターの集団やごろつきの集まりと一見区別がつきません。
わたしたちが積極的に「勇者様」と呼ぶことで対外的に、そのようなならず者集団とは違うことをアピールすると同時に、フォル君に自分が勇者であるという意識を持ってもらうために、勇者様と呼ぶようにしているのです。
彼、勇者様は田舎の農村出身です。一応は土地持ちの自営農家なので、決して低い家柄ではないのですが、貴族ではなく、本来ならばそのまま土地を譲り受けて、日々農作業に精を出すお兄さんになるはずでした。
その秘めた能力を王国の予言者に見初められ王都にやってきて勇者たるべくそれ相応の教養や素養を急拵えで学ばれましたが、やはりリーダーとしてまだまだ慣れないところがあります。
なるべく、こちらも意識をもって頂くように勇者様と呼んでいます。
馬車の荷台は相変わらずの混沌です。
「うひゃあ酒、酒。たまんねえなあ」
「そ、それは幻覚キノコの酒漬けですぞ! 飲むものでは……ああ、このアイテムは、超絶レアなのに!」
「いいですか、神の教えを遵守することが幸せの道……」
この光景を眺めながら。
わたしはこの勇者パーティ、かなりの欠陥があると考えています。
このどうみてもゲームファンタジーに酷似した世界において
おたく、酒飲み、ヒステリー、不感症
ヒロイン役が不在。
これだけ女性キャラがいながら、メインヒロインもサブヒロインもいない状態なのです。
勇者様だって男の子です。魔王討伐にひたすら命を捧げる修行僧のような禁欲的な旅なんてできません。
ヒロインを置かなければ。
え? だったらおまえがやれって? わたしの前世を知っていてそれを言いますか。
男とくっつくのは無理だから、「だから」、わざわざしょぼい地味なスキルでも、手に職をつけて細々とやっていたのです。
それができるならさっさと相手をみつけて身を固めてこじんまりと小さな幸せを築いています。
ともかくわたしたちは、旅を始めた時のような、期待に満ちあふれた初期段階を過ぎ、気がついたら、なんとなく毎日旅をしている状態になっているのです。
最終目的のための魔王討伐も、今のところ大きな手がかり無しですし先はまだまだ長そうです。
それを補うような魅力的な出会いもありません。
食って寝て起きたら、移動して、魔物と闘って次の街へ向かう。
そりゃ勇者様も毎日がルーチンにもなります。
不甲斐ない女子キャラ(わたしたち)のせいで、めっきり草食になってしまったようです。
草食なのは構いませんが、旅への意欲をなくしてしまったら大変です。
だからそのうちに一発勇者様が奮い立たせるようなイベントをご用意すべきーーわたしは今思っているのです。




