10 聖職者様と祈ります
ルビーさんが、いい気持ちで寝てしまって馬車には平穏が戻ってきました。
しかしその後も私の役割は続きます。
「こほん、エレーナさん」
白い法衣の女性マリアさん、普段はマリーさんと呼んでいますが、グラスタニアの教会支部から参加してヒーラーの役目をしている聖職者の女性です。
若くして随一の法力を持ってパーティーに参加しているとても信仰心のある女性です。
そのマリーさんが、にこやかな顔をしています。綺麗なブロンドの髪もより一層綺麗に輝いています。
はいはい。またわたしが相手ですか。
「なんでしょう」
「つかぬことをお聞きしますが、エレーナさん。あなたにとって、幸せとはなんでしょう?」
知りません、ともいえず。
始まってしまった。
長い移動時間、することが無くて手持ち無沙汰、誰彼かまわず捕まえて、お説教を垂れて自分の信仰を他人にぶちまけたくなるみたいです。
逃げ場はありません。
マリーさんに捕まってしまいました。
「お風呂に入ったりとか、おいしいものを食べたりとか……楽しいことをしている時が一番ですか」
本当は信仰とか神様への想いを語るべきなのでしょうが……。
難しいことを考えることを頭が拒否しているので、とりあえず本音をいってしまいました。
「それではダメです!」
その目がぐわっと大きく見開かれます。
「おおっ」
一喝されてしまいました。
「幸せとは、より神のお近くにいられること。これ以外にありません」
つばが飛んできています。
「私たちに与えられた試練なのです。再び魔物が蔓延り始めたのは神への信仰を疎かにした報い。しかし恐れることはありません。私たちは今こそ教会の指導のもと心を一つにして悪魔に立ち向かうのです。さすれば必ず道は拓けることでしょう」
お説教タイムが始まりました。
「エレーナさん」
「はい」
正座をして、聞かされます。
ことわたしのような商人系の職は聖職者さんたちからは、お金儲けしか頭に無い金の亡者と思われているので格好の標的です。
この世界では聖職者は、王侯貴族と対等とされるくらいに、身分は高いとされていますので無碍にできません。
ことプライド高いですから。時には、利益のために貪欲に挑戦する私たち商人職とは違います。だがしかし。
「でも、神様って本当にいるんでしょうか?」
あえて地雷原を突破していくことにしました。いったん始まると夜寝るまで続きますから。
聖職者を前に禁句を言ってしまいます。
「なぬ?」
マリーさんの目の色が明らかに変わりました。
「本当にいるのであるならば、孤児院なんて必要ないし、わたしだって、もっといいスキルを与えてくれたっていいものなのに。神様っているんでしょうか」
「そ、それは人にはあらかじめ決められているのです。神が私たち人に与えた試練なのです」
「なんでそんなひどいことをするんですか。わたしは……うう。この世界には神も仏もない……」
ふと仏様はいないよなと思いましたけど。
「あなたは感じないのですか? わたしは感じているのに……ああ、なんて哀れな人でしょう。悪い誘惑と欲望にきっと毒されているのです」
「これでも毎日まじめにお祈りもやってるつもりですが、それでもダメですか?」
「ダメですっ。あなたのような信仰が揺らいでいる人は特に、朝と夜の祈りを欠かしてはいけません」
「はあ、わかりました」
「わかったならよろしいのです。では共に祈りましょう」
あんまり煽り過ぎて怒らせて異端者にされてもしょうがないので、ギリギリのラインでとどまります。
こっちの世界で覚えた祈りの言葉を唱えます。
「えーと、偉大なる神よ。大地の精霊よ。罪深き我らに真の救済を……」




