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魔族王子とオススメの店

更新遅れてすみません!

今回は少し長いです!

 さて、シオンが待ちかねている迷宮探索を明後日に控えた訳だが。

 今一度、確認のために自己整理をしてみよう。


 大前提に、迷宮探索とは何をすれば終わりなのか、という事。

 それは、迷宮そのものを壊すのではなく、迷宮主を倒す事。魔物の『氾濫』を防ぐ事が第一条件であるため、魔物を産み出す力を失わせればいい。簡単に言えば、もうこれ以上ないってぐらいにボコボコにすればいい。

 迷宮自体に迷宮主が魔力を送り込んで、魔物を生成するため、迷宮主と迷宮のリンクを切れば、新たに魔物が産み出される事もなくなる。魔力を注げる場所があっても、その魔力を注ぐ者が居なければ、魔物が定期的に巡回するだけのダンジョンなんだから。


 だから、迷宮主に逃げられても何ら問題はない。1度、その迷宮から迷宮主が離れてしまえば、また戻ってきても迷宮には魔力を注ぐ事が出来ないのは既に証明されている、という。

 定期的に迷宮自体から産み出される魔物も存在するが、それらは『氾濫』を起こさない。自我が無いから、である。決まった行動しか繰り返さないそいつらは、魔力が尽きれば勝手に朽ち果て、そしてまた勝手に新たな魔物が迷宮から産み出される、これの繰り返しである。だから『氾濫』の心配は無いのだ。



 厄介なのは、迷宮が魔力を注いで作った魔物だ。大抵の魔物が自我があり、自分で考えて動ける。最低限、迷宮主には逆らえないという縛りはあるが。

 だからこそ氾濫は起きる可能性がある。時間が経てば、迷宮主から作られた魔物は増え続ける。やがて、その迷宮には収まりきれないような数になるだろう。だから、迷宮の外に出ていく。それも、多くの数が。それが、シオンが何度も言っている『氾濫』だ。


 ちなみに、迷宮とダンジョンは別物である。

 迷宮主である魔族が作ったのが迷宮。

 周辺に生息する魔物が住みかとして作った、もしくは住み着いたものがダンジョンである。忘れ去られた遺跡や、怪しく光る洞窟なども、魔物が住み着けばダンジョンになる。魔物に滅ぼされた村の跡地なんかも存在する。




 とまぁ、ここまで迷宮の話だった訳だが、これから行くのは、本気の本気で死地だ。

 ジャイアント・クラブキングなんかじゃ比較できない強さを持つ相手のいる場所なのだから。

 回復魔法の師匠――フィルナの事なら、恐らく勇者よりも知っている。彼女が昔と同じステータスだったとしても、今の俺では太刀打ちすら出来ない。傷を少しつけるぐらいが関の山だろう。その些細な傷すらも瞬時に治してしまうのだろうけど。聖剣を持つ勇者であればあるいは、といった具合か。まぁ、未だに勇者の本気中の本気に出くわしていないから何とも言えないが。


 少なからず、俺では無理だ。

 軽くあしらわれて終わりだろう。もし戦うとしたら、後方支援だな。あと、フードは深く被っていこう。顔を見られたら不味いことになる。魔王の息子が勇者パーティーにいるなんて魔国で知れ渡ったら、きっと大混乱になる。魔王の事なんぞどうでもいいが、ノエリアに迷惑はかけたくない。時期魔王候補の筆頭だろうから、あまり家名を汚したくはない。……家出とかしてる時点で汚名もクソもないか。


 勇者にはフィルナとは知り合いだと口が裂けても言えないので内心に想う事にするが、俺はフィルナ師匠の戦い方、立ち回りというのが何となく分かる。鍛練の時に見つけた癖なんかも、頭に入っている。というか、鍛練の指導者の癖を見つけなきゃ、こちらが一方的にボコられるだけだしな。隙を伺う、というのは一番始めに教えられたものだ。


 まず、フィルナ――彼女は基本的にヒットアンドアウェイ、つまり攻撃しつつ自衛で回復もするスタイルだ。

 攻撃するようで攻撃しない。攻撃しないように見せて、実は攻撃をしてくる、という相手に読みを持たせないようにするのが彼女の特徴だ。後ろに下がるときは、回復か能力アップの魔法を唱えてくる。


 幼い頃、何とかタイミングを読んで攻撃する瞬間を狙ってカウンターの攻撃をしていた記憶が甦る。当時のような1日1日が緊迫した時間だったからこそ、鋭敏な勘が養われたのだろう。今でも、この勘は頼りになる。


 とりあえず、フィルナ師匠にバレずに行動すれば、後は勇者がやってくれる筈だ。

 戦闘はとりあえず、置いておくとして。


「――どーしよっかな、今日は」


 宿の自室の窓を眺めて、俺はぼやく。

 迷宮探索まであと2日。

 昨日と違って、今日は本当にやることがない。

 午前中は武器の手入れで潰せたが、午後から暇だ。あまり睡眠をしないというのも中々に癖があるものだと、俺は今日知った。


 とりあえず、一階でコーヒーでも飲んで落ち着いていようかな。

 冒険者をしていて、こんなに長々とした1日は久しぶりだ。

 一階に下るため、部屋を出る。と、


「ん? なんだ、ユクスも下に行くのか?」


 丁度、同じタイミングで部屋を出てきたシオンにばったり会った。


「……暇だしな。コーヒーでも飲もうかと」


「そうか。暇なら、冒険者ギルドで依頼でもしてみたらどうだ? 私は、まだ装備が無いから行けぬが……」


「いや、ギルドの依頼は無理だ。迷宮探索までぐらいは休んどけってギルマスが俺を出禁にしたからな。全く、体が鈍るっての」


「で、出禁になったのか……。く、くふふっ! あまり私を笑わせないでくれ、ふふっ」


 そう言って、お腹を押さえて笑い出すシオン。いや、笑い事じゃないんだが? 体も鈍るし、何より金が稼げない。沢山あるからと、たかを括っているとすぐに無くなるんだよ、金なんて。


「……いつまで笑ってるんだよ。ほら、一階に用があるんだろ?」


「ああ、すまない。すぐに行こうか」


 俺とシオンは一階に下る。

 階段の近くにあるカウンターでは、唇の上にペンを乗せて、暇だという事をアピールしているリラちゃんがいた。俺があげたヘアピンをちゃんと付けてくれている。


「あ、ユクスさん! シオンお姉さん! べ、別にサボってないからね!?」


「俺ら相手に気にしないでいいよ。あ、コーヒー2つ貰える?」


 俺はコーヒー2つ分の銅貨をカウンターに置いて、ホールの窓側の席に着いた。向かいの席にはシオンが座る。

 そういえば、念願の金に困らない生活が今だけ出来ている事に気付く。冒険もせず、優雅に1日を過ごす。ああ、3年前の俺、願いが叶ったぞ。


 金と言えば、この人間国の通貨のシステムに慣れるのに少しかかったな。

 魔国時代は、頼めばなんでも手に入ったからな。

 この国では、国内共通で金貨や銀貨などのコインのような通貨を用いて商売をする。価値の高い順に、金貨、銀貨、銅貨だ。銀貨は銅貨10枚分の価値があり、同じように金貨は銀貨10枚分の価値がある。

 もしかしたら、魔国も俺が知らないだけでこんな貨幣制度があったのかもしれない。そういえば、俺って魔王城以外の魔国の場所に行ったこと無いな。や、どうでもいいけど。


「お待たせしましたー! こちらコーヒーです!」


 と、その時、リラちゃんがトレイに乗せてコーヒーを2つ持ってきてくれた。


「おう、ありがとうリラちゃん」


「ああ、ありがとう。ここのコーヒーはコクが深くて美味しいと女将さんに伝えておいてくれ」


「はい! 何かあったら呼んでね!」


 リラちゃんはまたカウンターに戻っていった。

 俺はコーヒーカップに手をつける。そして一口だけ飲み、それから砂糖を入れる。よく言われるが、俺はコーヒーの飲み方が変わっている、らしい。苦い味と甘い味をどちらも楽しみたいがために、このような飲み方になってしまった。

 

「あ、そういえば、私の分のコーヒー代を今出そう」


「ん? あー、気にすんなよ。誰かに物を奢るなんて、これからそうそう無いだろうし、小金持ちの今だけさせてくれ。こんなことも俺のしたかった事の1つだったからな」


「そ、そうか。なら、その言葉に甘えるとしようかな」


 俺達はコーヒーを飲む。

 窓側の席という事もあり、空の日差しが俺達のテーブルに当たっている。窓から見える景色には、黄色の小さな鳥達が木の枝に乗って楽しそうにさえずずっていた。

 ―――ああ、なんて優雅な日常なんだろう。

 俺が幼少期の頃から、一番願っていた平和で平凡な日々が今実現したんだ。感涙すら覚えそうだ。


「おうユクスー!! 今日の夜開けとけよ! 前言ってた店に連れてってやるからなー! あ、もちろん一人で来いよ! んじゃ、ギルドで待ってるわー!」


 ああ―――台無しだ。

 優雅な日常を堪能しようとしていたら、いきなりギルマスがこの宿に突撃して来やがった。これにはシオンも驚きを隠せていない。目を点にして、頭の上にクエスチョンマークを3個ほど浮かべている。

 しかも、言うだけ言ってすぐに帰るから、リラちゃんも困惑している。

 な、なんだあの人。ていうか、前に言っていたお店……とは? そんな約束した覚えは無いんだが。討伐祝いに飯でも奢ってくれるのだろうか。いや、それはこの宿でもうしてたな。あれ、勿論ギルドの経費で落としているんだよね? 自腹とかじゃないよな? 自腹だったら本当に申し訳ない気持ちになるんだが。


 まぁ、とにかく今日の夜は暇だし、行ってみようか。どこ行くのかは、行ってみてからのお楽しみって事で。


 俺はコーヒーを飲み干す。

 丁度、夜まで暇なんだ。シオンも暇してるらしいし、迷宮探索やら、迷宮探索後の話やら、色々片付けておくか。

 そして、コーヒーを飲み終えたシオンに俺は話しかけるのだった。








     ◇







 日が暮れた頃、俺は背後に誰も居ない事を確認して、冒険者ギルドに訪れた。

 基本的に、冒険者ギルドは夜までやっていない。夜に魔物と戦うのは危険だからだ。こちらは基本的に暗闇で視界が悪い中、相手は夜目が効いている。圧倒的不利だ。大型の魔物を討伐するために、野宿なんかをする事は割とあるが、ただの依頼は基本的に夜間は禁止だ。


 だが、今日は違う。

 夜だというのに、明かりが点いている。

 ギルマスが俺を待っているのだろう。

 扉を開ける。


「悪いな、待たせちまった」


「いや、これくらいじゃねえと店も開いてないからな、早速行こうぜ」


「ちなみに、これから行くのはどんな店なんだ? 飯でも食うのか? それとも飲みか?」


「あー、どっちかっていうと、飲みの方だな。ま、行ってみりゃ分かるさ」


「店の名前くらい教えたっていいだろうに。ケチめ」


 なんて悪態を突きつつ、俺はギルマスの隣を歩いた。

 大通りの真ん中を抜けて、少しした場所にある飲み屋通りに、その店はあった。ピンク色のネオンで店の名前が書かれてある。

 店の名前は『クラブ☆エンジェル』。

 ―――これ、名前からして如何わしい店なんじゃないのか? ピンク色だし、看板。いやこれ帰った方がいい。ロクでもない事になりそうだ。


「悪い。用事思い出したわ。めちゃくちゃ行きたいけど、用事あるから仕方ないよな。じゃあな」


「おいおい、ここまで来て帰るってそりゃ無いだろ? いやな、実はここに2名限定の割引チケットがあるんだよ。ほら、飲み代1%割引のチケットがさ」


 そう言うと、ギルマスは懐からピンク色の紙切れを1枚取り出した。

 確かに、そこには割引1%の文字が書いてある。


「割引1%!? それ割引されてなくね!? いやいやいや、銅貨が1枚減るか否かの狭間だぞ。オッサン、それマジで割引チケットじゃないからな? なんなら、カモにされているまで見えるぞ!?」


「まま、いいからいいから。あ、ちなみに俺の押しはミウちゃんって言ってな、巨乳で黒髪の子な?」


「聞いてねーーーーーーよっ!!! バカかあんた!? マジで帰る!」


「なんだ、貧乳好きだったのか? だったらリアラちゃんとか、ティアちゃんとかだな」


「だから、聞いてねえっつの!! あと、女の子は胸だけじゃねえ! 外見もそうだが、中身なんだよ重要なのは!」


「お、そうか。じゃあユーラちゃんだな。あの子は歳もユクスと大して変わらないし、いいんじゃないか?」


「いや、だからそういう事じゃなくてだな……っておい! バカ、離せって! 行く気は無いんだって! クソ、力強いなぁオイ!」


 猫のように、俺は襟首を掴まれ、この如何わしい店に連れていかれた。

 ギルマスという事もあり、やはり力が強い。抵抗は出来なかった。流石に街の中で魔法なんてぶっぱなせないし、ああクソ、やられたわ。

 大きな扉を片手で開けて、俺達は―――俺は強制的に―――店内に入った。


 店の中は比較的広かった。金の幸運邸のホールより広く、またとても賑やかだ。

 引きずられるように、俺はギルマスと共に受付のような場所にやってきた。ここまで来ると帰れないと悟る。何故なら、玄関の扉、無銭飲食の防犯用に内側から魔法で開けられないようになっている。解除には受け付けに話をつけないといけないらしい。


「おいユクス、お前は誰を指名する? あ、俺はいつものミウちゃんとケーナちゃんで。え? ケーナちゃん指名入ってる? じゃあローテーション待ちで頼むわ」


「知らん。どうでもいい」


「あーじゃあユーラちゃんで」


 未だに襟首を掴まれて2足歩行が出来ない。

 というか、僅かな希望を持って、ちゃんとした料理屋なのかもしれないと思ったが、やっぱり如何わしい店だった。

 こんなの、シオンに知られでもしたら、絶対にドン引きされる。勇者パーティーの面汚しとか言われそうだ……。はよ帰りたい。

 そう言えば今思い出したが、確かに金の幸運邸でパーティーをした際に確かにギルマスは女の子を紹介すると言っていたな。あれ、紹介するってこういう形で? いや、別の形でもきっと困ってたけど、あれは酔いどれの戯れ言じゃなかったんだな……。勝手に了承なんてするんじゃなかった。


「では、2番テーブルにお願い致します。お客様2名様ご案内でーす!」


 黒服の受付の男が言うと、店内の黒服の店員が復唱する。

 ギルマスがようやく襟首から手を離したので、俺は何とか自分の足で2番テーブルに向かった。


「あ、これメニュー表な。おすすめは……」


「聞いてねえっつの。……って、ハァ!? この酒、金貨1枚もすんの!? た、高過ぎる。一番安い酒でも銀貨5枚って。こ、こここ、ここは危ないって。マジで帰らんと、金が無くなる」


「落ち着けって、大多数は俺が出してやるからよ。あ、ちなみに一番安い酒を頼むと女の子から睨まれるぞ。それと、酒をチビチビ飲むのも睨まれる。気を付けろ」


「八方塞がりじゃねーか!! はぁ、どうすんだよ、マジで。シオンにだけはこの事バレたくないな……」


「ったく、勇者の事なんざ今は忘れてもいいだろ。根気摘めるのはよくねえよ。ほら、女の子が来るぞ。辛気くさい顔は止めとけ」


 ギルマスの言った通り、俺達の席に女の子が二人やってきた。一人は黒髪で巨乳の女の子。もう一人は背の小さなボブカットの女の子。二人とも綺麗なドレスを着ており、そして美人だった。


「ミウです! おじさんまた来てくれたんだぁ! ミウ嬉しいな!」


「あ、ゆ、ユーラです! よろしくお願いします!」


 二人は俺達の席について、自己紹介を始めた。

 ミウと名乗る女の子はすぐに隣に座るギルマスに体を密着させ、ユーラと名乗る女の子は礼儀正しくお辞儀をした。


「俺の事は説明要らねえな! で、こいつは、そーだな、適当にゆーくんとでも呼んでやってくれ」


 なんだよゆーくんって、と思ったが、名前を知られるのは確かに得策ではない。その辺りはギルマスも考えているのだろう。

 ここだけ、乗っておくか。


「あ、お二人とも何か飲みますか? ちなみにぃ、私は今、これ飲みたいなぁって」


 ミウが指差したのは――金貨1枚もする酒。ちなみにボトルではない。人数分の一杯ずつで金貨1枚だ。高過ぎる。

 この女、正気か? 


「ガハハハ! 任せろ任せろ! 景気付けにそれを頼むかなぁ!」


 このオッサンも正気じゃなかったらしい。 

 ここにいる奴ら全員狂ってやがるわ。魔族の俺でもドン引きするわ。金をなんだと思っているのか。せっかく貯めた金をここで散財するのはあまりにも惜しすぎる。

 どうやって帰る口実を作ろうか。


「あ、あのゆーくん……でいいんだよね? ゆーくんは何歳なの?」


 そんな事を考えていると、俺の隣に座ったユーラが話しかけてきた。

 まぁ、そこのミウとかいう奴よりは話がまともそうだな。


「俺は18。成人ギリギリだ」


「そ、そうなんだ、私も18歳なの。私ね、遠い村からこの街に稼ぎに来て、でも、戦う事が好きじゃないから冒険者なんかなれないし、どうしようか迷っていた時に、このお店のオーナーさんに出会って、それでこの店で働いてるの」


「へぇ、なんでまた、稼ぎにこっちに来たんだ?」


「なんか、頑固者のパパの事が好きになれなくて、農家を継げって言われてるけど、弟の方が力持ちだし、私は農家を継ぐ気はなくてね。家出まがいだったんだ。あ、でも弟もママも好きだよ、もちろん」


 ……それは、俺と境遇が似ている。

 家族との衝突で家出、俺も同じだ。

 なんだろう、同じ境遇の人とは出会うことが無かったから、話したい事が増えてしまう。

 気を許したら良くないって思ってるんだけど、こんな目にあった人なんてもう居ないだろうし、なんかモヤモヤするな。


「……実は、俺も似たような経験をした事がある。親父が厳しい人でな、小さい頃は自由の効かない生活をしてたんだ。だから、君の言ってる事、共感は出来る」


「そ、そうなんだ。私も、私と同じ経験をした人なんて、出会った事無いから、ゆーくんが初めてだよ。この事を話すと、他のお客さんは同情してくれるだけだったから、共感されたのなんて本当に初めての事なんだ」


 そっか、と俺はいつの間にかテーブルの上に置いてあった酒のグラスを手に取ると、それを一気に飲み干した。

 正直、飲みやすくない酒だ。渋いし。こんなのが金貨1枚だなんて思いたくもない。

 アルコール度数も高そうだ。ま、キュアーの魔法をするからそれは関係ないけど。


 酒を飲み終えた俺は自然な素振りで、首の裏側に手を当てる。キュアーをするとき、首筋に手を当てると効果が出やすいと師匠から教わった。キュアーを自分にかける際は、いつもこの姿勢でやっている。

 自然な素振りだとしても、ユーラはもの不思議そうな目でこちらを見ていた。

 っと、変な誤解を生む前に弁解しないと。


「あ、俺、酒を飲むと癖で首筋を触るんだよね。酒が絡まなくても、よくやるんだよ。ずっと昔からの癖っていうか、慣れっていうか」


「そっか、癖なんだね」


 そう言うと、ユーラも同じ酒を飲む。

 ユーラも酒を一気に飲み干した。

 そして、俺がやったように、首筋に手を当てる姿勢をとった。一瞬、こいつも回復魔法の使い手かと思ったが、ユーラの次の言葉で違うと分かった。


「へへ、ゆーくんの真似……なんて」


 ……ほんの、本の少しだが、胸が高まった、ような気がした。

 いやいやいや、違う、違うぞ。断じて違う。きゅんとしたなんて思っていない。

 真似をしたユーラも照れているようで、顔が少し赤い。


「おいユクス、顔が赤いなぁ! どうした、酒が強いお前でも、あの酒はダメだったか? ガハハハ!」


 赤くなってない。

 というか、あんたが俺の名前をバラしてどうすんだよ。偽名の意味無いじゃないか。

 ちなみにギルマスは先程からミウがおすすめする酒を頼みまくっている。ブルジョアめ。


「……ユクス?」


 ユーラが小さく呟く。


「そ、俺の名前。あんま気にしないでいい。ゆーくんでいいし。や、ゆーくんがいいって訳じゃないが」


「そっか。ねぇ、ゆーくんの後ろの名前は何て言うの?」


「……あー、何て言うか、俺は家名が好きじゃないんだ。俺が家出をした時から、家名なんて無くなったんだ。だから、後ろの名前は無いな」


 あ、ごめんね。と謝るユーラ。

 別に謝ることじゃないと返す俺。

 それから、俺はユーラと他愛もない話を続けた。途中、ギルマスに勝手に頼まれた酒を飲んだりした。その都度、俺の真似をユーラは繰り返した。きゅんとはしてない。断じて。


 ユーラと話していると、時間の感覚を忘れてしまう。なんだか、懐かしいと思うような感覚すら覚えてしまった。


「お、やべ、もうこんな時間か。おいユクス、そろそろお前は帰れ。勇者が待ってんだろ」


 赤くなったギルマスは、俺にそんなことを言った。おい、酔ったからって要らない情報をペラペラ喋るんじゃない! 

 ちなみにギルマスは、最初から指名されたミウの他に、ケーナと名乗る女の子も隣に座らせている。途中からやってきた女の子だ。


「え? 勇者……?」


 ユーラがまた、小さく呟いた。

 ギルマスの地獄耳は、その小さな言葉も聞き逃さなかった。俺的には運が悪いな。変なことは喋るなと睨むが、本人は気が付いてすらいないらしい。 


「ああ、このゆーくんな、あの勇者と一緒に戦って、この街を救ったんだよ。だから、報酬がわりに今日奢るってわけね。あ、そうそう、勇者パーティーに参加することになったから、今のうちにサインでも貰ったらいいんじゃねえか? なんつって! ガハハハ!」


 ぶっとばすぞ。おいハゲ。

 マジで要らない情報をよく喋る。

 別に自慢をしに来た訳じゃないし、そもそも勇者パーティーに入ってるのに、こんな場所に来るのもアレなんだよな。

 ほら、え? じゃあなんでここに? みたいな顔してるよ、ミウとケーナ。


 ユーラは、二人と違い、神妙な顔つきでこちらを見ていた。

 え、サインはあげませんけど?


「や、自慢話に聞こえるから、言ってなかっただけで、隠すつもりは無かったんだ」


「……珍しいね。ここで自慢話をしないお客さんて。ゆーくんが初めて。あ、もう帰るんだよね? 店の前まで送るね!」


 ああ、そうだ。

 ようやく帰れる。

 ちなみにギルマスはまだ飲むそうで。

 明日のギルマスの仕事に間に合うのか? いや、でも金の幸運邸でオールしたときも、次の日はピンピンしてたしな。ったく、本当に異常な奴。


「じゃ、お代はギルマスが持ちで。先に帰るからな。じゃあ、また今度な」


「おう、気を付けて帰れよ。あ、ユーラちゃんに手なんて出すなよ!」


「うるせえハゲ! そんなことするか!」


 俺は急ぎ足で受付に向かう。

 代金はあのハゲが払いますと言うと、すぐに扉を開けてくれた。

 何時間ぶりかの外の空気。やたらと美味しく感じられた。


「あの、今日はありがとう。その、ゆーくんの話は面白かったし、楽しかったよ!」


「いや、俺も結構愚痴っちまった。なんか、悪い。似たような過去を持ってるからか、いつもより話しまくったし、聞いてるのも疲れたろ」


「そんなこと無いよ! 本当に、楽しかった。……昔に戻れたようで」


 最後は本当に、言葉を発したのか分からないぐらいに小さな声で聞き取れなかった。が、まぁ悪いことは言ってないだろう。


 俺はうんと伸びをする。

 座り続けているのも、難儀なものだ。

 さて、帰ってベッドで横になろうか。


「じゃあ、俺は帰るよ。わざわざ見送りなんてありがとな。今日は楽し―――「やぁ、ユクス」


 ―――瞬間、絶望を具現化したような気配を背後に感じた。

 直ぐ様俺は振り替える。

 そこには、満面の笑みのシオンが居た。その隣にはリラちゃんもいる。

 な、なん……だと? なぜ、この場所がバレている? いや、なんでリラちゃんまで? そして、二人ともなんで満面の笑み? その笑みの裏側に隠れた狂気を感じるのは気のせい?

 数々の疑問が脳内を駆け巡る。

 と、とりあえず俺は、二人に声をかけた。


「……や、二人とも、奇遇っすね。どうしたんすか? こんな夜に」


「……本当に、奇遇だな。【こんな】場所で会うなんて、な?」


 マジで笑顔だけど、目が笑ってない。

 ニコニコしてるけど、瞳のハイライトは消えている。

 ちなみに声をかけた瞬間、リラちゃんは威嚇する犬のように俺を睨んできた。


「ゆ、ゆーくん。この方達はお知り合い?」


「へ!? え、うん、まぁね。知り合い、かな? うん」


「……ゆーくん? へぇ、もうそんな仲なんだ。このお店の可愛い女の子と知り合えて、本当に嬉しそうだな、なぁ、ゆーくん?」


「ひっ!」


 何か、鬼のようなオーラを漂わせて、そう言ったシオンに怯え、声にならない声を出してしまった。


「……怪しいと思ったんだ。昼間、ギルマスが何かを叫んでいたからな。一人で来い、何て言うからなんだろうと思ったさ。ああ、リラちゃんも同じ考えを持っていてな、協力してもらったのさ。街の人とかに聞き回ってね、ああ大変だったよ、君を見つけるのは」


「…………いやな、俺も被害者なんだ。あのギルマスに連れてこられてな、半ば強制的に……」


「腕に女性の体をくっつかせて言う台詞では無いな」


「……最低です……」


「んえ!? ちょ、ユーラ!?」


 気が付けば、確かに俺の左腕にしがみつくような形でユーラがくっついていた。

 恐らく、眼前のシオンの恐怖を感じてしまったのだろう。無理もない。

 だが、この姿勢では、胸が腕に当たる事は避けられない。ましてや胸元が大きく空いているドレスを着用している。


「なぁユクス。勇者パーティーに誘ったのは私だが、流石にこのような店に入るのは良くないとは思わないか? 君だって、女漁りが趣味だとは吹聴されたくないだろう?」


「そ、そうっすけど。……と、とりあえずユーラ、離れてくれ」


 そう言うと、すぐにユーラは離れた。

 さて、これからどうしようか、と思っていると、ユーラが俺に言葉をかけた。


「ご、ごめんね。彼女さん、だった?」


「い、いや、違うけど。けど、言うなれば戦友っていうか、リラちゃんは世話になってる子っていうか」


「ふぅん、そっか。でもなんか、邪魔しちゃったみたいだね。ごめんね!」


 いや、ユーラが謝る事じゃない、と言おうとする前に、またもや襟首を掴まれた。

 今度は勇者に。

 こいつも力強いなぁオイ!


 そしてどんどんユーラが小さく見えていく。

 どうやら俺は引きずられているらしい。

 やがてユーラや店なんかは見えなくなった。

 怖くて後ろを振り向けないんだが、なんて弁護しよう。いや、有罪ギルティじゃないはず。執行猶予とかありそうな気がする。

 と、とにかく今はなんて弁護しようかだけを考えよう。

 そう思い、俺は引きずられながらも宿に向かうのだった。







     ◇







 少年が勇者と思われる人物に引きずられて去っていくのを見送った少女は、また呟く。


「……ふぅん。あれが勇者……ね」


 その口は笑っていた。

 先程の眼前の二人のように、怖い笑顔ではなく、こちらは言うなれば悪い笑顔。何かを企んでいる顔だった。


「そっかそっか、彼、勇者のところにいるんだね。これは、少し【お話】をしないといけないかな?」


 呟いた少女は、振り向き店に戻ろうと歩みを進める。

 大丈夫、焦ることはない。


「だって、すぐ会えるからね。待ってるよ、ゆーくん? ふふっ……」

 

 少女の笑いは夜の暗闇と共に消え去る。

 この事を、連れていかれた少年が知るよしもない。




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