リラちゃんとの買い物
「今日はあんた暇だろ? 最近、ウチのリラが遊び足りない遊び足りないって言って聞かないんだよ。買い物も兼ねて、今日はリラに付き合ってくれないか? もちろん、夕飯なんかは無料でいいからさ」
そんな事を、朝御飯を食べている時に女将さんから言われる。
ちなみに、俺は魔族なので1日や2日ぐらい寝てなくても平気である。飢餓感は拭えないので食事は取らなければならないが。
まぁ、お金ならたんまりあるから無理してギルドの依頼を受ける必要は無いし、別に他にやることも無かったので、
「いいですよ。今日は暇なので」
と快諾した。
本当に、今日は何しようかなと思いながら朝御飯を食べていた事だし、勇者シオンは自室のベッドで爆睡しているし、俺にとっては暇を潰せるいい機会だった。
……いや、そんなものは建前だ。
内心では、この出来事を素直に喜んでいた。何せ、俺とシオンは恐らくあと3日でこの街を出る。だから、一番お世話になったであろうこの宿の従業員に何か返せればと思っていた。ならば、この機会を利用させてもらおうという手立てだ。
……利用って言ったら言い方悪い気もするけど。とにかく、俺はこの人達に恩を返したい。
この3年間で一番身近にいた人達なのだ。
3年前、行く宛もない俺がこの街にフラフラと辿り着き、どうしようかと迷っていると、そこで女将さんに声をかけられたんだ。
行く宛が無いならウチに来な、と言ってくれ、そのまま俺は実に3年間もの間お世話になった。金がないと相談したら、いつも厨房の中にいる親父さんから冒険者ギルドを進められ、その親父さんの推薦もあり――実は親父さんは、引退済みの歴戦の冒険者だったりする――俺はすぐに冒険者になった。
それから、俺は金を集めた。魔物を倒して、核を売って報酬金を受け取り、それを宿代にする、という生活を繰り返していた。
リラちゃんにも世話になっている。
毎朝、俺を起こしてくれたり、笑顔でご飯を持ってきてくれたり、とにかく明るい子で、俺のようなひねくれ者でもリラちゃんと居れば、自然と明るくなっていた。
その反面、俺はリラちゃんを凄く羨ましがっていた事もある。宿屋の看板娘という、自分がやりたい事をやっているのだから。こんな幼少時代を過ごしたかった、なんて思うこともあった。
でもたまに、今日みたくリラちゃんと外出する日がたまにある。とても生き生きとしていて、ただの買い物がより一層楽しく感じるのだ。リラちゃんの明るい性格のお陰だろう。また、リラちゃんと話をするのも好きだ。何の話に対しても、笑って答えてくれる。
いつか、リラちゃんと結婚する人が現れたなら、きっとそいつは幸せ者なんだろうな、なんて思うこともあったりする。
さて、今日は久々の休日だ。
だからと言ってハメは外さないけどな。
「じゃ、あと2時間後、朝食が終わって準備が終わったらここに来ておくれ。今日は買う物がたくさんあるから、男手が必要なんさね」
「俺でよければ力になりますよ。いつも迷惑かけてますし、ていうか昨日こそ沢山迷惑かけましたし」
「いやいや、昨日は今月の売り上げのノルマを1日で達成したからねぇ。逆に助かったってものさ」
なんて言って、女将さんは洗い場に向かった。
さて、俺も朝食を終えたし、少しずつ荷造りでもしようかな。
この際、いらない物は全て売りに出すか。ま、明日辺りに売りに出そう。
この3日、出来る限り有用に使おう。
俺はそう思い、自室に向かった。
◇
2時間後、俺は私服でホールに降りてきた。久しぶりに私服を着た気がする。それなりにダサくはない……と思う。
一応、シオンの部屋のドアをノックしたが、返事はなかったので、まだまだ爆睡しているんだと思う。
「あ、ユクスさん! 今日はたっくさん買う物があるから、よろしくね! あと、お昼ご飯も作ったから、一緒に食べようよ!」
俺に気付いたリラちゃんが、歩み寄ってきた。今日も太陽の如く燦々とした雰囲気を吹かせながら、両手で持ったランチボックスを俺に見せてくれた。
ありがたい。もう美味しそうな匂いが漂ってきた。
ちなみに、リラちゃんは白のワンピースに大きな白の帽子という服装だ。彼女の綺麗な心を表現しているような服装である。
「……ああ、荷物持ちなら任せてくれ。一応、冒険者をやってるからな、鍛えてるんだ」
ま、冒険者になってから鍛えた訳じゃないけどね。
そして俺とリラちゃんは外に出た。
眩しい太陽の光が目に刺さる。この太陽光も慣れたものだ。いかんせん、魔国はずっと夜だからな。なんか夜の精霊の加護だとかなんとか言っていた気がする。
「それで、今日はどこに行くんだ?」
「今日はね、通りの鍛冶屋さんで新作の鍋を買って、その隣で新しいお洋服を買って、そしてお昼ご飯を食べて~、通りのお店で色々な食材を買って帰ってくるの!」
「ああ、そりゃあ男手も必要だわな。ま、荷物持ちはお兄さんに任せなさい」
「わぁい! お兄ちゃんありがとう!」
ああ、何でだろう。
ノエリアを思い出す。
というか、初めてお兄ちゃんなんて言われたな。ノエリアはお兄様だったからなぁ。
俺がそんな事を考えている一方、お兄ちゃんと呼んだリラちゃんは、少し赤面してもじもじしていた。恐らく恥ずかしかったんだろうな。リラちゃんもシオンと同じく、場のノリで酔いが加速するタイプと見た。後で言っておこう。
「じゃ、早速行きますかね。最初は鍋だったよな」
「そうだよ! じゃあ出発ー!」
ここから通りはさほど離れていない。
5分強で通りの入り口まで辿り着く。冒険者ギルドや街の門なんかは反対側の方にある。通りは冒険者ギルド側の方を南側、金の幸運邸側の方を北側と区別している。これから行く場所は、やや北側だから少し歩く事になる。リラちゃんが疲れないように、歩幅を合わせて歩いていこう。
そうして鍛冶屋に辿り着く。
ここは俺も結構、利用させてもらっている店だ。防具や、護身用のナイフなどはここで調達している。
店主の気前がいいんだ。何度も利用していると、顔を覚えてくれて、会う度会う度に武器の新作――まぁナイフとかだが――を無料で渡してくれたりする。
防具の手直しなんかも格安でしてくれる点も、他の店にはない特権だ。
俺はあまり人との付き合いなんて疎遠も疎遠であるが、この店と金の幸運邸の店はよくお世話になっている。ちなみに他の店には誰かに連れられて行った事以外無い。
「あいよ! お、ユクスじゃねえか! 聞いたぜ、お前の活躍をよ。どら、防具の手入れか? それともナイフの新調か?」
「こんにちは、ゲイツさん。今日は別の用事で来たんですよ」
「ん? 別の用事?」
そこで、ひょこっと俺の背中にいたリラちゃんが顔を出す。
リラちゃんを見て、鍛冶屋の店主――ゲイツという――は事を把握したようだ。
「あー! あれな、新作の鍋の話だな! おうおう出来てるぜ。いやな、前にリラちゃんとこの親父さんと飲みに出掛けた時にな、『お前鍛冶屋だから鍋とか作れるんじゃねえの?』って言われたから試しに作ってみたんだがよ、これが上手くいってな、店にも鍋コーナーを作ってしまう事態になったんだわ。ま、アイデア代って事で、これは無料でやるよ」
ワハハハハ!! と笑うゲイツさん。
ゲイツさんが持ってきてくれたのは、一見にして何の変鉄もない鍋だった。どこの家庭でも使っていそうな鍋だ。
「これな、実は魔法加工してあって、絶対に食材が張り付かないし、取っ手の部分には力がなくとも簡単に鍋を振れるように加工してある。簡単に誰でも料理が出来るといいと思って作ったんだが、予想以上にバカ売れでよ、もしかしたら今月は装備の売り上げよりも鍋の売り上げの方が高いのかもしれん。それって武具屋としてどうなんだっていう葛藤があるんだが……」
う、うん。
確かに売れてる分、それは何とも言えないな……。
リラちゃんは、貰った鍋を袋から取り出して、思う存分鍋を上下に振って『すごーい! かるーい!』と盛り上がっていた。リラちゃんが片手で振れるぐらいなのだから、この鍋の効力はすごいことになるな……。恐れ入った。
「そうだ、折角来てくれたんだ、俺からお前に出世祝いでこれをやるよ」
そう言ったゲイツさんは、奥の部屋から何やら白い包み紙を持ってきた。何かを包んでいるような、妙な膨らみがある。案外小さいが、一体なんだろうか。
「これは……?」
「ま、開けてみな」
言われるがまま、俺は包み紙を開けた。
そこにあったのは、
「これは……魔核結晶?」
魔核結晶とは、古い迷宮やダンジョンで、回収されなかった魔物の核がその地の養分となった時に稀に作られる結晶の事だ。
核よりも純度が高く、この魔核結晶単体でも値が張る。これ1つで10年は遊んで暮らせるぐらいの価値はある。
なぜそんなに価値があるのか、それは最高級の装備を作る為に必要な材料だからだ。
だからこそ、何故その魔核結晶を俺なんかに渡したのだろう。加工もされず、そのままの魔核結晶を。
なんて問いは、俺がする前にゲイツさんの口から答えが出てきた。
「実はな、俺はその魔核結晶を加工する事が出来ないんだ。俺も鍛冶屋を始めて30年が過ぎようとしているが、魔核結晶を加工できるのはこの世界で限られた鍛冶士だけ。それは俺じゃあ無かったんだ。だから、これはお前が持っていけ。どうせ、これから勇者と一緒に世界を旅するんだろ。なら、これを加工できる鍛冶士と会えるかもしれん。少なくとも、この先ずっとここにいる俺より可能性はある」
「……本当に、いいんですか?」
「ああ、持っていけ。その代わり、もしこの魔核結晶を加工できた時には、俺に見せてくれ。間違っても売りに出すなよ。そん時はナフカ大迷宮の50階層に生き埋めにしてやるからな」
笑顔で言うゲイツさん。
笑顔が怖かった。
ちなみにナフカ大迷宮とは、この世界で一番大きい迷宮とされている場所だ。この街の近くには無いが、ウェルダム王国という人間国最大級の王国の近くに30年前に突如現れた迷宮である。最深部がどこまであるのか分からないが、今は80階層まで辿り着いているんだったっけか。
「安心してください。そんなことしませんから。それと、ありがとうございます。必ず加工した物を見せに来ますから」
そう言うと、ゲイツさんは笑ってくれた。
そう言えば、俺が、何で勇者と一緒に旅に出る事が分かったのか聞いたところ、どうやら今日の新聞にそう書かれた記事があったらしい。
いや、仕事早すぎるだろ、情報屋。
「じゃあ、俺達はこれで失礼します。世話かけました。ありがとうございます」
「ああ、また来い。いつでも防具の手入れをしてやるよ」
「おじさんまたね!」
俺とリラちゃんは店を出た。
扉を閉めた後、振り返って店を見渡した。
本当に、3年間ありがとうございました、そう念を込めて俺は深々と頭を下げた。
◇
ゲイツさんの店を出た後、今度はリラちゃんの洋服の買い出しのために服屋に来た。
袋に入っているが、鍋を持ちながら服屋に入るなんて思っても見なかったが、店に入るなり目を輝かせてはしゃぐリラちゃんのお陰で、そんな些細な思いは吹き飛んだ。
結局、一時間ぐらい店の中にいた。
リラちゃんは、気に入った服を持ってきては、試着室に入り浸りになっていた。やはり元がいいんだろう、どんな服を持ってきてもリラちゃんは似合っていた。その事をやんわり伝えると、とても赤面してしまった。言葉がクサ過ぎたんだ。素直に謝った。
店を出る頃には、俺の手元に買った服が入った袋が3つもあった。それなりの値段をしたみたいだが、事前に服代として女将さんからお金を貰っていたらしいので、それで事足りた。なんだったら、俺が出してもよかったんだが、悪いと言われて断られた。
そして昼時。
通りの中央にある、大きな広場のベンチで俺はリラちゃんが持ってきてくれた弁当箱の中身を頬張っている。サンドイッチだ。具材はハムとレタスや、卵なんかが入っている。ハムレタスはさっぱりしていて食べやすかったし、卵はいい具合に茹でられており、とても俺好みの味だった。
「その、どう……かな? ユクスさん。お味の方は」
「うん、めちゃくちゃ美味いよこれ。特に卵のサンドイッチなんか、その辺のお店より断然美味い」
「よ、よかった~。実はこれ、私が作ったの! 初めてお料理したから、勝手とか分からなかったけど、上手くいってよかったよ!」
「へぇ、これリラちゃんが作ったんだ。凄く美味しいよ。どうせなら、これを朝御飯とかで出せばいいんじゃないか? きっと売れるだろうし、何より客が満足するだろうからね」
「そ、そんなに誉めてもなにもでないよ~」
「や、そんぐらい美味しいって事」
うぅ~とへたり込んでしまった。
あれ、素直に感想を言っただけなんだけど、無意識に地雷かなんか踏んでしまったかな。
そんな事を思ったのだが、どうやら杞憂らしい。照れ顔で顔を上げたリラちゃんは、サンドイッチをハムッとかじりながら『ありがとう……』なんて呟いた。
思えば、こんなにしおらしくなったリラちゃんは初めて見るかもしれない。
そうだ、今、さっきの服屋でリラちゃんが試着している最中に買っておいた物をあげようかな。
「はいコレ、俺からリラちゃんにプレゼント」
「……え? この袋、さっきのお店のロゴが入ってるけど……開けていい?」
「いいよ。あんまし、そういうの選んだ事ないからさ、センスとかは期待してほしくないけど、きっとリラちゃんには似合うと思う」
「……! あ、これ、かわいい……」
俺が渡したものは、先程行った服屋のアクセサリーコーナーにあった、黄色のヘアピンだ。
服なんてセンスの塊みたいな物は選べなかったが、このヘアピンなら絶対似合うと思って買っておいたんだ。
黄色にした理由は、単純にリラちゃんのイメージと合致しているからである。
「ユクスさん! これ、今着けちゃってもいいかな?」
「どうぞどうぞ」
えへへ、と少し照れつつ、左のこめかみの上辺りにヘアピンをつけるリラちゃん。
やっぱり、リラちゃんには黄色が一番似合うと思っていたんだ。
「ど、どう……かな?」
「うん、可愛いと思う」
「……ふにゃぁ……」
猫のような声をあげてリラちゃんは俯いてしまった。顔中真っ赤にして。やべ、直球過ぎたらしい。
なんというか、リラちゃんって親戚のお子さんって感じがするんだよな。だから、気兼ねなく思った事が言えてしまう。
俺だって誰に対しても『かわいい』なんて言わない。リラちゃんだからこそ、この信頼関係があるからこそ、言えるのだ。
「さて、そろそろ食材の買い出しに行きますかね」
「……あ、うん! そ、そうだね!」
正午が過ぎた。
これから通りの露店を回って帰るとしよう。そう言えば、夕飯は無料で作ってくれるんだったよな。こんな荷物持ちぐらい、いつだって手伝えるから、なんて思うのは欲張りか。
とりあえず、俺は右手に鍋の入った袋を持ち、左手でリラちゃんの服が入った袋を持って歩く。まだまだ持てそうだな。ただ、これからが重いんだよね。野菜とか意外と重量あったりするし。
「大丈夫? 私、何か持った方がいい?」
俺に気を使ってくれたのか、リラちゃんが少し心配そうに聞いてきた。
俺は笑顔を作って答える。
「いや、まだまだ持てるよ。これでも前回より軽い方だし」
ちなみに前回は、総重量が40キロを越える野菜の箱を持って宿屋まで歩いた。それに比べれば、まだまだ序の口である。
「じゃあ、まずは八百屋からだな。ここで色々な野菜を買って、次に精肉の店に行って終わりだよね」
「うん! いつもの陽気なおじさんのお店だよ!」
ここから目的の八百屋は近い。
少し歩くだけで目的の店が見えるほどだ。
白いハチマキと藍色のサロンが特徴の八百屋の店主が見えると、リラちゃんは大きく手を振った。それに気付いた店主は、大きな声で言葉をかける。
「お! リラちゃんじゃないか! 何か買ってくかい? 安くしとくよ!」
「わぁい! おじさんありがとう! えっとね、まずはこれでしょ……次にこれ……それで……」
一つ一つ、品物を見定めては野菜を店主に渡していく。それを店主が袋に詰めていく。そうして袋に入った野菜達を俺が持つ、というローテーションが出来上がった。
ちなみにお金は最初に店主へ預けている。
さぁ、どんどんと荷物が多くなっていく。
別に荷物自体に重いとは思わないが、そろそろ指のスペースが無くなってきた所だ。後は抱き抱えるぐらいしか出来なくなってきた。
「あ、ユクスさん! 無理しないで、私が持つから!」
「わ、悪いな。じゃあ1つだけ頼もうかな」
そう言って、最後に渡された袋をリラちゃんに持たせた。最後は比較的軽い野菜ばかりだったから、リラちゃんでも軽々持てた。
「いやぁ、リラちゃんついに彼氏が出来たんだなぁ。うんうん、本当に大人になったよなぁ……」
唐突に店主が涙を流してそう言ってきた。
か、彼氏? 俺が? いやいやいや、流石に13歳に手を出したら不味いですよ!! 即刻逮捕案件ですよ!
リラちゃんもそれには激しく抗議の意を唱えていた。
「ち、違うよ! ユクスさんだよ! ユクスさん! 今日は私服なんだって!」
「……ユクス? おお、本当だ。いや、いつもフードしてっから気付かんかったわ。そういや、ユクスは村を救ってくれたらしいじゃないか。おっし、おまけにこの辺の野菜を全部やっからな!」
そう言って、追加で野菜を貰った。
流石にこれ以上リラちゃんに持たせるのもなんだし、俺が抱き抱える形で最後の野菜が入った袋を持つことにした。
リラちゃんから心配されたが、まぁ何とかなるでしょう。店主も一応、袋詰めをキチンと丁寧にしてくれたので、俺が落とさない限り、野菜が袋から落ちて転がる事は無いだろう。
リラちゃんに心配されながら、俺はリラちゃんの隣を歩く。
次は精肉屋だ。
まぁ、ここでは商品を買うのではなく、宿屋に注文の予約を入れるだけだから、荷物にはならないだろう。
――と思っていました。
「あら? 聞いたわよ、ユクス君、この街を守ってくれたんですって? もう、本当にありがとうね! 街の人を代表して、この特殊なお肉をあげちゃうわ!」
そう言われ、ワイバーンのレアカツを分けてもらいました。
もうこれ以上持てないので、小さな箱に入れて、それをリラちゃんに持たせる形になったけども。
俺は、リラちゃんに持たせてしまって申し訳ないと思っていたが、リラちゃんは逆にありがたいと思っていたそうな。
自分だけ少なく荷物を持つ、というのは何か抵抗があったらしい。罪悪感だろうか。まぁ、理由はどうあれ、申し訳ないが助かった。
女将さんが見たら何て言うだろうか。最悪、夕御飯の無料はなかった話にして許してもらおう。
そして、漸く俺とリラちゃんは宿屋に帰ってきた。
まず、女将さんが出迎えてくれた。
「あら、こんなに多くの荷物になっちゃったのねぇ。あ、じゃあお野菜とお鍋は厨房に、服とかはリラに渡して頂戴ね。って、リラ、そのヘアピンどうしたの?」
野菜を厨房に持っていく作業の前に、女将さんがリラちゃんのヘアピンに気付いた。
「これね、ユクスさんから貰ったの!」
「まぁ、ありがとうね。わざわざこんな可愛いものを」
「いえいえ、日頃のお世話の恩をほんの少しでも返せたらと思いまして。あ、これは女将さんに、これは厨房の親父さんに」
そう言って、二人分の小さな袋を女将さんに渡した。後で見ておくからね、なんて言われたが、大層なものは入ってないんですけどね。
荷物運搬やらが終わると、ホールで女将さんが無料でコーヒーを淹れてくれるそうなので、遠慮なくコーヒーを頼んだ。
女将さんは全然怒ってなかったな。よかった。
ホールに行くと、テーブルの1席にシオンが座っていた。俺はその対面の席に腰かける。
「体調はどうだ? 二日酔いは起きてるか?」
「……あ、ああユクスか。すまない、少し飲みすぎたようでな……頭がガンガンする。気持ちわるい……」
「典型的な二日酔いの症状だな。だからあれほど飲むなと言ったんだよ」
「……そういうユクスはどうして二日酔いになってないんだ? 同じくらい飲んでただろう?」
「俺の場合は、酔いが本格的に来る前にキュアーの魔法を自分にかけてたんだ。知らないだろうが、実はキュアーは酔い醒ましにも効果があるんだ」
まぁ知らないだろう。
何せ、俺の鍛練の指導者が『知ってる奴は少ないだろうな』とそう言っていたのだから。
それを聞いた勇者は口を開けて間抜け面を俺の前で晒していた。コーヒーカップを持ちながら、固まっている。勇者ですら知らない情報だったんだろうな。
「……ユクス、君は回復魔法の適正があるのか?」
「はぁ? 適正っつか、俺が使えるのはその辺の冒険者でも使えそうなやつばかりだぞ」
「……なぁユクス。もし君の話が本当なら、君は今すぐにでも大賢者を目指せるぞ」
「……な、なんだよ急に。俺がそんなに回復魔法使えるのが意外なのか?」
はぁ……と、大きなため息をシオンはついた。
そして、少し呆れたような声で話始めた。
「……通常、この世界の人間は回復魔法を『扱えない』はずだ。扱えるのは、大賢者か聖女か、もしくはとても稀なケースになるが、回復魔法の適正を持った人間だけだ。――もう一度問うが、先程の話は本当で、君は回復魔法の適正があるんだな?」
…………なん、だと?
この世界の人間は回復魔法を使えないのか……?
そんな馬鹿な。魔族ならこのくらい造作でもなかったぞ? 親父もノエリアも、俺が知っている全員がこの程度、余裕で使えるのだが。なんなら、ノエリアならもっと凄い回復魔法を使えるぞ? 切断された足とか治せるぞ?
さて、どうしよう。
異常に酒が強い体質なんだよな、なんて訂正しようか。いや、流石にそれはあり得ないか。ドワーフじゃあるまいし。
このまま黙り続けるのも、変な詮索をされる理由にもなるだろう。
ま、まぁこれも魔族なら余裕って事で、新しい嘘ではないだろうな……。冷や汗出てきた。
もう適当に言ってしまえ!
「……昔、俺に魔法を教えてくれたおじいちゃんから、ついでにこの魔法も教わったんだ。いや、幼い頃からずっと山籠りで、人とはあまり話さなかったし、この街に着いても基本的に一人だったから、一般常識が抜けてるらしい……。なぁ、あんまり俺は目立ちたくないから、その、この事はどうか内密に……」
う~ん、と頭を捻って、腕を組ながら何かを悩んでいるシオン。
咄嗟に出てきた嘘話にしては力作だったりする。……すみません、偉そうにする話ではありませんでした。
「……言いたい事はたくさんあるが、分かった。ユクスが回復魔法の使い手という事は内心に秘めておく事にしよう。君は私のパートナーだからな。常識のないという点も、パートナーである私が上手くカバーしよう」
「すまん! 本当に恩に着る!!」
思わず手を合わせて拝んでしまった。
よかった、何とか過ごせたようだ。
ああ、それでも隠さなければならない事は、これからも増えていくだろうな、このままでは確実に。もう少し慎重に生きていこう。
「そういえばシオン、お前の装備が届いたら次はどの街に向かうんだ?」
「……ん? 装備が整っても、この街を出るつもりはないぞ? 何せ、この街の近くに出来た迷宮を攻略しに行くんだからな」
「……………んぇ!? この街出ないの!?」
「……なんだ、出たいのか?」
「や、そういう訳じゃないけど」
な、何だと。
これもまた新情報だ。
俺はもう次の街に向かうんだとばかり思っていたが、違うらしい。
ま、この人間国全体の地図とか無いので、今俺がどの場所にいるのか分からない状態なんですけどね。
いや、だってこの街で果てるまで冒険者を続けるだろうと思ってたし、まさか勇者パーティーに誘われるなんて思ってなかったし。
「……ちなみにどんな名前の迷宮なんだ?」
「ええと、2年くらい前に新しく出来た迷宮らしくてな、近隣住民が騒ぐと悪いからと、あまり知らされてない情報なんだ。基本的に迷宮の魔物は迷宮の外に出ないから、一応は安心なんだが、聞いたことぐらいはあるだろう? 『氾濫』だ。稀に氾濫を起こすんだ。氾濫すると、魔物がわんさかと迷宮の外に出てくるからな。そろそろこの迷宮も突破しなければならないんだ」
俺は全く知識に無いので、とりあえず『ああ』とか『だよな』とか、相槌を打ち続けた。
なるほど、氾濫なんてあるのか。これは新情報だ。
「そうそう、この迷宮なんだがな、判明している情報では、迷宮主はサキュバスの姿をした魔族らしい。名前は……確か、フィルナと名乗っていたそうだ」
「…………………………へーぇ」
フィルナ。実は聞いた事がある。
というか、フィルナという名前のサキュバスを俺は知っている。
もし、その人だというのならば、その人は――。
―――――俺の回復魔法の師匠にあたる人物だ。




