勇者パーティーと新興都市ダーレルム
新興都市ダーレルム。
その街は、実は1ヶ月前に作られたばかりの街であった。
住民は僅か50人程度、その殆どが街のシンボルである大衆温泉の宿の従業員である。
街のシンボルとの事もあり、その宿【姫の夢】は1つの城のような外見だ。
宿の中はこれまであった宿屋の基盤を覆すような中身であり、部屋の数は50を超えるがそのどれもが全く違う作りになっており、客一人一人にあった部屋を提供出来るというモノ。
例えば冒険者ならば装備の手入れに使える道具があったり、試し切りに使える丸太人形があったり。
例えば貴族なら、宝石などをふんだんに使ったゴージャスな装飾を施された部屋に、個人用の露天風呂があったり。
例えば、この宿は種族関係なく宿泊可能なので獣人亜人が泊まる事を考え、寒さに弱い猫人族や鳥人族にはまったり休める暖炉の部屋だったり、獰猛な獣人族にはルームサービスで骨付きの霜降り肉を用意したり、さらには滅多に人前には現れないエルフ族の為に自然豊かをイメージした木製の部屋に景色の良い庭もつけた、そんな部屋も提供できる。
まさに千差万別という言葉が相応しい。
魅力は部屋だけでなく、提供する料理にも理由がある。
隣街に商業都市テルディアがある為、そこから大陸全土のあらゆる食材を取り寄せられるので、数多くの客の要望に応える事が可能となっている。
料理長もかつて王宮で料理番をしていた経験があり、旬の食材からオススメの地酒まで多くの料理に関する知識があるとの事。
自慢の一品料理はもちろん、食べた事のない他の街の郷土料理も完璧に再現が可能な点も、この宿の高評価の理由の一つである。
そして、設備はもちろんの事、接客の良さにも好評があり、リピーターもこの1ヶ月でかなりの人数を出している。
温泉の他には目立ったシンボルの無い街ではあるが、今まで貴族御用達であった温泉の大衆化という唯一性が買われ、ダーレルムの名前はたちまち大陸全土へ轟渡ったのだった。
もちろん、これまで貴族のものであった温泉を簡単に大衆化させたとして貴族達がこの街にやってきた事もあるが、宿の造りから質の良いサービスまでその全てを気に入ってしまい、クレーマーとして来たものの、今ではリピーターの1人となっている事も多いと言う。
大衆向けと謳ってはいるものの、料金設定は一泊で他の宿屋の1週間分となっているため価格としては低くは設定されていない。
が、それでもリピーターが付くとなれば、この宿の質の良さが見ずとも分かるだろう。
最後になるが、このダーレルムの最大のシンボルである温泉についてだが、これは実際に使ってみてのお楽しみ、である。
開湯1ヶ月たらずだが、効能豊かで疲れがたちまち消えてなくなった、だとか、温泉から上がると同時に美肌になっていただとか、効能については感想が多過ぎる為である。
ただ、皆が口を揃えて言うのが『とりあえずすごかった』。語彙力も無くなる程の高評価だ。
温泉街として有名になったこの街に、勇者パーティーもまた、訪れるのだった。
◇
俺達勇者パーティーがダーレルムに辿り着いた頃にはもう日が暮れていた。
だが、この街には真昼の太陽のように輝く建造物がある。
大陸最大級の宿【姫の夢】。
俺達は今その入り口の前に立ち尽くしている。
俺もシオンも、カリーナでさえも口を大きく開けてあんぐりと固まっていた。
「実際に目の前まで来ると、遠くで眺めてたさっきよりも凄さが伝わってくるな。下手すりゃテルディアの商人ギルド本部よりも立派な建物なんじゃないか?」
「何をバカな……と言いたいところだが、勇者の私ですら呆気にとられてしまうな、これは」
星々が照らす夜空の下、その大きな建物は存在感があった。
また、テルディアのように通りの露店で賑わうような雰囲気は無く、光もさほど大きくないものであり、それがまた自然の雰囲気を醸し出している。
「とにかく入りましょうよ。ひょっとしたら部屋が無いかもしれないのよ」
「そ、そう言えばそうだよな。アポなんて取ってないし、話じゃわざわざここに来て予約だけして帰って行く人もいるらしいからな。入らなかったら野宿になるが、まあ気を落とすなよシオン」
「それは絶対に嫌なのだが……ええい、とにかく入るぞ! 話はそれからだ!」
俺達は少し緊張感を持ったまま歩を進める。
店内も高級感のある絨毯や照明を使っており、さながら貴族の屋敷にいるように感じてしまう。
「すまない、3人なんだが部屋はあるか?」
シオンが受付のお姉さんに話しかける。
「はい、少々お待ちください、予約は頂戴しておりますでしょうか?」
「あ、いや、すまないが予約とかは無いんだ」
「かしこまりました、少々お待ちください」
そう言うと、受付のお姉さんは何やら貝殻のような物を手に取った。
少しだけ魔力を注ぎ込み、その貝殻が淡く光る。
どうやら通信機の類らしい。
その貝殻を使って誰かと話し合っている。
ちなみにシオンは緊張と心配で震えている。おい勇者しっかりしろよ。
「お客様お待たせ致しました。ただいまですと、3名様用のお部屋でございましたら空きがございますので、そちらで宜しければご案内可能でございます。部屋を覗いていかれますか?」
どうやら空き部屋があったらしい。
嬉々として受付のお姉さんは詰め寄るシオン。
「本当か!? ああ、是非見させてくれ!」
かしこまりました、と受付のお姉さんは言い、シオンに何かを渡した。
カリーナと2人でシオンの手を見る。
渡されたのは番号札のついた鍵だ。
「そちらがお部屋のマスターキーでございます。紛失された場合、弁償という形になってしまいますので、必ず無くさぬようお願い致します。では準備ができましたら、そちらの転移陣にお乗りください」
ちなみに額を聞いたらカリーナが卒倒しそうになった。かなりの高位な魔道具だった。
さて、案内通りに転移陣の上まで歩く。
すると受付のお姉さんが呪文を唱える。
転移陣が発動し、視界が一瞬暗くなった。
が、次に見えたのはとても立派な部屋だった。
「これは……凄いな」
思わず口から零れ出てしまった。
比べてしまって悪いが、今までの宿屋とは明らかに質が違う。
高い料金を払ってでもここに来る価値は確かにあると言えるだろう。
新品同様で埃一つない高級感漂う赤い絨毯に、最高級品質の素材で作られたであろうテーブルと、それと同色のスツール。
ちょっとしたインテリアには『薄暮花』と呼ばれる日の入り前の僅かな時間でしか咲かないとされる希少な植物がリビングに飾られている。
3人用というだけあり、ベッドはフカフカのシングルサイズが3つ横に並べてあった。
この部屋はとても広々とした空間だが、窓際には1人用の椅子とテーブルが用意されており、夜景を見ながら酒が飲めるようにもなっている。
ちなみに窓から覗いたところ、この部屋は最上階に位置しているらしい。
「ちょちょちょ、ちょっとこんなとこに泊まっていいのかしら!? 私の予想とだいぶかけ離れているんですけど、本当にここであってるの!? 部屋間違えてない!?」
「い、いや間違ってるならそれでいいが、もし通されたのがここであっているなら……」
「ああシオン。言いたい事は分かるぜ。部屋の料金だよな。正直、一泊するだけで1人あたり金貨20枚は余裕で行きそうだ。なんせ最上階の超絶スイートルームだからな」
「金貨20枚……あひゃぁ……」
間抜けな声を出したカリーナ。
それに反応したかのように、シオンの持っている鍵が突然震え出した。
「うひゃあ! な、なんだいきなり!? 鍵が震えだしたぞ!?」
よく見るために顔の前までシオンは鍵を持ってくると、不意にその振動はピタリと止んだ。
代わりに受付のお姉さんの声が聞こえてきた。
『お部屋には満足されたでしょうか?』
おっと、鍵にも通信機能があったのか。
通りで高い訳だ。
振動の原因が分かったシオンはホッと胸を撫で下ろし、一息つけてから返答する。
「そ、それは勿論なのだが……本当にこの部屋を借りて大丈夫なのか? 情けない話ではあるが、その、とてもじゃないが持ち金では対応出来そうにないのだが、もう少し安い部屋とかは……」
すると予想外の返事が返ってきた。
『あ、いえ、お代は頂きませんので、安心してお寛ぎくださいませ』
「……それは、タダで良いという事か?」
『はい、左様でございます』
その瞬間、シオンは鍵をベッドに投げ飛ばし、刹那のうちに俺とカリーナと顔を見合わせて作戦会議を開始した。
「ど、どういう事なんだこれは!? 騙されてないか!? 絶対騙されているよな!?」
「おおお落ち着け! まずはこの部屋にある罠の位置を把握するぞ! 多分通信機だけの魔道具だ。部屋自体は見えていない筈……!」
「いや、あの……え? 流れで私もコソコソしてるけど、2人ともいきなり何してる訳?」
「何ってお前、この部屋自体が勇者パーティーを油断させる為の罠かもしれないだろ!? 無料ってやつが1番怖いんだよ!」
「えぇ……私は逆に勇者パーティーだから、この待遇だと思うんだけどなぁ」
腕を組みながら、半ば呆れ顔でそう言うカリーナ。
「私、結構勘はいい方だから言うけど、ここの店員さんは嘘をついてないと思うのよね」
「魔族は狡猾だからな、すぐに嘘をつく。信用するなとは言わないが、魔族との戦いが何回もあったからな、私達も敏感になっているんだ」
「ふ〜ん、魔族はすぐに嘘をつく……ねぇ」
こっち見るな。
ニヤニヤするな。
「ま、警戒するのは悪い姿勢でもないし、確かにそう言われると軽率だったわ、ごめんなさい」
「ああいや、責めたのではないからな。問題はこらからどうするか、なのだが……」
「でも、今回はどうするつもり? 野宿は嫌だって言い出したのはシオンだからね」
「うぐぐぐ……」
「言っとくが俺は野宿でもいいぜ」
「それは絶対に嫌だ!!」
大声でシオンは否定する。
いいだろ野宿。
ちょっと前、テルディアに着く前までは良くしてたんだから、お互いにもっと慣れてる筈なんだけどな。
「じゃあもう答えは1つしかないだろ。お前らだけここで泊まっていけ。俺は野宿でいいから」
「わ、私らだけって、なぜお前だけ野宿になる!? 別に責任とか感じてるのならそれは……」
「いや違えよ。よく考えてみろ、女2人男1人の状況なんざ互いに嫌だろ。だから俺は野宿でいい」
「そ、それは……そそ、そうだな、ユクスも男だからな……あんまりそういう意味で考えた事が無かったからな……その、配慮が足りずに申し訳なかった」
「別にいいさ、こっちが身を守る方なんだから、いつもより過敏に反応してるだけだ」
「「………………???」」
ん?
なんか俺変な事言ったか?
「ん? 聞き間違えか? 今なんて言った?」
「いや、だからお前らと一緒の部屋なんて命が幾つあっても足りないよなって」
当然だ。
怒り狂うと何するか分からん勇者と、なんか知らんがキレると太刀を振り回す商人が同部屋なんざ、自殺願望持ってると言われてもおかしくない。
魔導書だってあるし、いざとなればフウリンだっているだろ。俺は野宿でも問題ないな。
「っつーこった。お前ら泊まるんなら連絡入れとけよ。俺は一足先に出るからな。んじゃあな」
俺は部屋の入り口まで歩こうと体を動かした。
その瞬間、肩を掴まれた。
「別にお前がどう思おうと勝手だが、お前は私達を誤解している節がどうもある。野宿するのは構わないが、理由が納得出来ないな」
「そういう事。大丈夫、安心なさい。お姉さん達が優しくしてあげるから」
「おいやめろ、お前らと泊まるとロクな事になんねーんだよ! おいシオン! てめーはテルディアで何を学びやがった! 俺と寝るって言った時に顔真っ赤にさせてただろ! 遠回しにそれもあるんだって言ってんだよ!」
「大丈夫に決まってるだろ! はん! 大体ユクス、貴様はこんなに美少女と一緒の部屋で過ごすって言うのに何も動じないというのか!? もしかして病気なのか!?」
「てめー!! まず自分で美少女とか言うんじゃねえよ! あと最初にも言ったが、お前らと同室になったら命の心配で胸が苦しくなるかもしれねーが、それ以外は何も感じねーよ!」
ピタリとシオンは止まった。
何やら2人から出る気配が変わった。
「もういいわ、シオン。これはもう彼からの挑戦状よ。はい鍵。受付の方に言っておいて」
「分かった。……あ、急に途切れてすまないな。ではご厚意に甘えて今日はこの部屋に泊まらせて貰おう。人数は変わらず『3人』で頼む」
おい。
話聞いてなかったのか。
「おいシオン、お前勝手にーー」
「別に問題ないだろう? 私達には何にも感じないのだから」
「な、なんか含みのある言い方だな」
「ユクス、あなたはもっと女心を勉強した方がいいわね。あなた今、私達に魅力が無いって言ったのよ」
「いや別に、そんな事は……」
「だって、別に私達と居ても命の危機を除いて、特別な感情は抱かないのでしょう?」
「そりゃ、別に何とも思わないけど」
「「そういう所だぞ!!!」」
2人が同時に叫んだ。
な、なんなんだコイツら。
「いいかユクス、私らもお前と同じでお前如きに変な感情は一切抱かんわ!」
「でもね、女のプライドとして、あんたがドギマギしないのは癪なのよ」
「だから今夜は一緒のベッドで寝るからな! 別に構わないだろ? なんせお前は私達に変な感情は一切合切微塵も思ってないのだろう?」
言い方がキツくなってきた気がするが、それは気のせいだろうか。
というかまて、コイツら言ってる事大丈夫か?
冷静な判断が出来てるとは思えないのだが……。
「分かった落ち着け、俺が悪かったから一度落ち着いて考え直せ。後から後悔する事になるぞ」
「うるさい! もう決定した! 精々覚悟しておくんだな!」
話は聞いて貰えないらしい。
あーあ、どうなるんだよこれ。
ロクな事にならないって予想、もう当たったよなぁ。
ま、別に変な感情はないから大丈夫だろ。
…………………変な感情は無い、よな?




