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魔族王子と後日談

「……いや、その……正気なの?」


 俺の発言に疑いの目を向けるカリーナ。

 当然の反応だ。

 魔王を倒すのは勇者の役目。それはこの世界の全人類が理解している事なのだから。

 だが、所詮それは集合意識でしかない。

 魔王が勇者以外に倒される決まりはない。

 勇者の持つ聖剣が魔族にとって脅威であるだけで、全く攻撃を喰らわないという訳ではない。


 それに、俺は魔王になる予定だった男だ。

 魔王を倒す資格は十分にあると自負している。

 魔王を、あの男を越えるために、俺は勇者とパーティーを組んだのだから。

 目的を果たす、その為には仲間が必要だ。

 1人でやれる事には限界がある。


「カリーナ、俺の事を少し話す。それを聞いて、このバカな考えに乗ってくれるなら、お前を勇者パーティーに推薦してやるよ」


「……推薦ですって? あなた、勇者パーティーに禁忌の一族を入れるって、その意味分かってて言ってる訳!?」


「大丈夫だろ。勇者にはお前もロイズも幻兎族だとバレてないだろうし。超満月になるまでは見た目ただの人間と変わらんしな」


 カーテン越しで実物は見えていないが、影だけ見てもあの角や耳は出現していない。


「……私は貴方をまだ完全に信じた訳じゃ無いけど。勇者と共謀して幻兎族を滅ぼそうとしている事だって考えられるわ」


「その点については信じてくれとしか言えないな。まぁその代わりと言っては何だが、さっき言った通り俺の話をするよ。俺が何者で、どこから来たのか、とかさ」


「何者って、別に貴方が魔族だって言うのは既に知ってるわよ。なんで魔族の癖に勇者パーティーに入ってるのかは不明だけど。どうせ上級悪魔です〜ってオチでしょ?」


「なら俺が魔王の息子と言ったら驚くか?」


 その一言でカリーナが絶句した事が分かった。

 カーテン越しのシルエットの動きがピタリと止み、ただ顔だけこちらに向けている。


「じょ、冗談でしょ。そう言って嘘の事を言って私を無理矢理仲間に……」


「証拠か。確かに、そう言われてみれば証拠ってどうすりゃいいんだ?」


 俺は別に魔族ではあるが羽も尻尾も角も無い。

 人間と瓜二つの容姿をしている。

 ちょこっと牙が鋭いとか、夜目が効くとか、分かりにくい部分ならあるのだが……。

 魔王の息子でもそこらの上級魔族と対して差はないしなぁ。

 寧ろ、魔王の息子の証明方法ってなんだ? そんな魔族に詳しい奴なんて身近に……。


「あ、ロイズだ。ロイズに聞けば分かる。と思う。あいつ、あれでも知識だけは豊富だしな。そういや処置はロイズがしたって言ってたな? あいつならどうにか説明してくれんだろ。……問題はどうやってロイズを呼ぶかだが……あいにく俺は最新の魔道具は分からなくてな。確かその辺のボタンをポチポチ押すんだよな?」


「え、ええ、ベッドに掛けられている魔道具……それを動かせば中の人と通信できるから、そこからロイズに繋げて貰えば呼び出せると思うけど……」


 早速、その手順通りに事を進めた。

 しかし時代の最先端の道具の使い方も分かるはずもなく、右往左往していると、


「焦ったいわね、もう私が呼ぶわよ。あ、もしもしカリーナですけど、隣人が自分は魔族だと頭のイカれた男の人なので部屋を変えてもらえないかとロイズ様に伝えて貰ってもよろしいですか?」


「おぉぉーーーい!!!? 何言ってんのお前!?」


 間入れずに俺は叫んだ。

 話の本質は間違ってない。

 確かに側から見れば俺は『変な人』に見えるのだろうけども。

 でも俺は断固抗議する。

 

「別に、大丈夫でしょ。あんたが本物の魔族でも、そうでなくても誰も信じようとしないでしょうし。まぁ変な人ってレッテルは貼られるかもしれないけど」


「おいお前なんて事してくれやがった。俺はこれからどんな顔でここの職員に会えばいいと思ってんだよ……」


 そんな事を言い合う内に、何やら外の方からドタドタドタと荒々しく誰かが走ってくる音が聞こえた。

 乱暴に扉は開かれ、息の切れた状態のロイズがやってきた。


「ユクス君! いくら君の性格が捻れ曲がってたって、言っていい嘘と悪い嘘は見分けなよ!? 君が魔族だって言っても誰も信じないけど、私にとっては心臓に悪いんだよ!! 他の職員は笑って誤魔化せたけど、もうくだらない嘘はやめてほしいね!」


 キレ気味のロイズはカーテン越しに俺を責め立てていた。

 言っておくが俺も被害者だ。

 これから顔合わせる度に裏でコソコソと笑われるかもしれないんだぞ。


「で? 私は何のために呼ばれた訳?」


「俺が魔族でも魔王の息子である事を証明してくれ」


 俺は真正面から堂々とキッパリ答えた。

 ロイズがフリーズする。

 シルエット越しに表情が読めそうだ。

 きっと今、何言ってんのコイツって内心思ってそうだな。

 少し真正面過ぎたか……?


「あ、あのねユクス君。私は君が魔族である事なら把握済みなんだけど、まさか君があの魔王の息子だなんて初知りなんだけど……」


「そりゃそうだろ。言ってねーんだから。つか、よくまぁ俺が魔族だって分かったよな。人と大して変わんないだろこの姿」


「いやいや、実は流れる魔力量だったり、筋力が見た目よりも大きかったり、よく凝らしてみれば案外違うものなんだよ。まぁ、見る目が無いやつがいくら見ても分からないのは事実だけど」


「……魔族だとは分かってたが……流石に魔王の息子とは分からなかったか。さて、どうやって証明したものか……あ! ちょっと話変わるが、俺の持っていた魔導書ってどうなった? もしかしたらそれ使って証明ができるんじゃないか?」


「あ、そうそう私も聞きたかったんだ! あの本って一体なんなの? 素手でそのまま触ろうとしたらバチって魔力で弾かれたんだけど!? 仕方ないからタオルでぐるぐる巻きにしてそのカゴの中に突っ込んだよ」


 あ、本当だ。

 ベッドの横にあるカゴの中にタオルで包まれた何かの物体がある。これがそうなのだろう。

 タオル越しに負のオーラが漂ってる気もするが、気のせいだと思いたい。

 包んでいたタオルを取って、魔導書のページを開く。


「ちょ、何この瘴気!? ある程度の耐性はある私達と違って他の職員は普通の人間なんだよ!? 影響出る前に止めて止めて!!」


 慌てふためくロイズが言う。

 確かに今回の瘴気の出方は普段と比べて異常だった。

 魔導書は常に肌身離さずーー就寝時と風呂とトイレは別としてーー持ち歩いているから分かるが、この魔導書は常に一定の瘴気を放っている。

 だが、一般人にも害の無いような極微量である。歴戦の冒険者でも検知不可能な量だが、今回は前例がないように辺りに瘴気の霧が立ち込めてまでいる。

 まさか、サーチに何かあったのか……?


 そう思った俺はすぐに『リンク』と唱えて魔導書の中へと入った。







      ◇





 魔導書の中の世界では、大熱波が到来していた。

 白かった床は赤く染まり、数多くあった本棚はそのどれもが倒れたり破壊されていたりしている。

 この世界の中央に倒れている少女を発見した。

 黒の長い三つ編み、白いワンピース。間違いない、サーチだ。

 うつ伏せで倒れている少女の傍には彼女がいつも付けているモノクルが落ちている。


「おいサーチ! 大丈夫か!? 返事をしろよ!」


 側まで駆け寄ってサーチを起こす。

 触れた彼女の肌はかなりの熱を持っているようでマグマのように熱かった。

 いや、暑いのはこのフロア全体なのだが、一体どうしてこうなってしまったと言うのだろうか。


「……ぁ、所有……しゃ、様」


 熱で濁った瞳でサーチが口を開く。

 弱々しい言葉だったが、どうやら息はあったようだ。


「サーチ! しっかりしろ! どうすればこの異常を治せる?」


 俺は必死にサーチに問いかけた。

 こうなったのには理由があるはず。

 知っているのはサーチしか居ない。

 早くサーチが本格的にダウンする前に答えを知らなければ!


「……な、でて……」


 ……ん?


「悪いサーチ! もう一度ハッキリ言ってくれ!」


「撫で、て……」


 ……今コイツ撫でてって言ってたよな?

 俺の聞き間違いじゃなかったんだな?

 この状況でなにアホ言ってんだ!?


「ネタとかいいから早くどうすれば解決するのか教えてくれって! 今ほんと危ない状況なんだろ!?」


「い、から……撫……でて」


 そっと、サーチの力の無い細い腕が俺の手に当たる。

 まさか、本当に撫でるだけで済むのか?

 というかこの異常事態、撫でるだけで終われるようなモノなのか?

 という考えはとりあえず胸の奥にしまっておく。

 俺は恐る恐るとサーチの頭頂部に手を当てて、優しく撫でてみた。


 すると、一瞬にしてこの世界の熱波が収まった。

 何事もなかったかのように、そこに暑さも無ければサーチの体にも熱は籠っていない。

 さらには無惨な姿を晒されていた本棚達はその全てが元の位置に戻っている。破壊されていた部分は修復され、地面にはその破片すら残っていない。

 最初に訪れた時と同じ状態へと全てが戻っている。


「え……まさか、俺……なのか? もしかしたら勇者にも負けず劣らずの特殊な力が……っでぇ!?」


 その言葉は俺の腕で力尽きていたサーチのヘッドバッドによって遮られた。


「な、なにしやがんだよクソガキ!! 俺のおかげで助かったんだろうがよ!」


「何が俺のおかげなんだよ!? 所有者様のせいでボクは死にかけたんだからね!? 勿論、所有者様が特殊な力に目覚めたとかそういうのは一切無いから。ただの下級悪魔より少し強いくらいの魔族だから!」


「んだとテメェ!! よーしこっち来い! お尻叩きの刑に処する!」


 俺から距離をとったサーチに向かって駆け寄って捕まえようとした瞬間、辺りにある本棚から一斉に本が弾丸のように射出された。

 間違いなく標的は俺だった。


「っぶね!? ちょ、なんで本がいきなり……」


「この空間ではボクの圧勝に決まってるじゃ無いか! ボクはこの空間の主だぞ! 例え所有者様が相手でもお尻叩きされるくらいなら敵対するから!」


 ヒュンヒュンと無尽蔵に乱れ打たれる本達。

 魔法のように特殊な軌道は取らず、バカ正直に一直線で放たれる為避ける事は可能だが、割と早いスピードに加えて弾切れをしないというのが厄介すぎる。

 というか絶対勝てない。


「ちょ、サーチ! 分かった、分かったから本を止めろーっ!! 死ぬ! マジで死ぬ!! 俺が悪かったってばっ!!」


 そんな俺の絶叫が響き、暫くした後……。


「まったく、所有者様にはガッカリだよ本当に。忘れたわけじゃないのに後回しにするからこうなるんだよ」


「後回しって……まさか、前に言っていた対価の話か!? あれが関係してるのか!?」


「そうだよそうなんだよその通りだよ! 対価を払わないと悪魔だってキツいんだよ! しかも誰だよ魔導書の防衛魔術を発動させた上にタオルでぐるぐる巻きにした奴は! 瘴気が循環出来なくてこっちがオーバーヒートするんだよ! ボクは対価を払われないからグロッキーだし……」


 愚痴の止まらないサーチ。

 それを俺は正座させられながら聞いている。

 確かに、悪魔との契約は基本的に願いを叶えた瞬間に対価を払うもの。

 カザイだってそうだった。

 少しの時間だと油断していた俺のミスだった。


「いや、そうだよな。悪かったよ。俺がすぐに対価を払えばこんな事は起きなかったよな」


「ふん、分かればいいんだよ。ボクは優しいからね、1回目は特別に対価の上乗せで我慢するから」


「あ、特別でも無償とかにはならないんだ」


「あぁん? な・ん・だ・っ・て? よく聞こえませんでしたが?」


「うぃっす! 自分、何も言ってないっす!」


 腰に手を当てて静かにキレるサーチの顔がずいっと俺の目の前に現れる。

 笑顔には……到底見えなかった。


「じゃ、ほら対価を早く済ませようか。って、なんか現実の方の所有者様、中々に面白い状況になってるね。へぇ、魔王の息子だってバラしたんだ。結構度胸あるじゃん」


「そうなんだよ。漸く俺の目的のスタート地点に立てるってのに、幸先悪そうなんだ。同情するなら助けてくれ」


「……所有者様ってさ、基本的に頼りっぱなしだよね? 本当に自分の立場分かってるのかな?」


「別に誰かれ構わずに頼ってる訳じゃないぞ。俺が認めた特別な奴じゃないなら頼まないさ」


「ふぅん、特別な奴……ね。その響き、悪くない。ま、ボクも所有者様に頼られるために存在している訳だし、これからも存分に頼るといいよ。ボクも出来るだけ面白くさせるから」


「いや助けてくんないの!? 面白くさせるって何!? 不穏すぎるんだが!?」


「まぁまぁ、結果的に助かればいいんでしょ。何とかさせるから、とりあえず現実世界に戻ろうよ」


「え、いやお前、何するつもりだって。そのニヤケ面、絶対良くないって! ちょ、現実に戻されるんだけどーー!?」






     ◇





「っはっ!? あれ、俺……」


「ちょっと大丈夫? いきなり石化したように固まるから、何かあったかと思ったじゃない」


 そこは前と同じ、商人ギルドの医務室。

 前と同じ白の布団が見える。

 だが、前とは違いカーテンが開かれて、ロイズとカリーナの顔が見えた。


「あれ、俺……。あ、瘴気は!? お前ら体に異常は!?」


「いや、その事なんだけど、キミの体は大丈夫なの? あの霧みたいな瘴気、キミの体に吸い込まれていったみたいだけど……」


「俺の体に? ……別に、いつもと変わらないけど……」


 腕とか胸とか触っても、別に普段通りで瘴気の欠片も感じられないが……。

 吸い込まれたとなると……いや、魔力量も変わらない。

 というか、魔導書の世界じゃ時間が進まないんじゃ無かったのか?

 明らかに時間が経った痕跡があるが……。



 ……モゾッ!



 ん?

 何だ?

 何かモゾッとしたような……。



 モゾモゾモゾモゾっ!


 

 いや、動いた!

 布団の中からモゾモゾとした感触が伝わってくる。

 何かが……布団の中にいる。

 というか、大体察してしまった。

 止まったはずの時間が動いているとか、その異変が起きるとなると、予測される人物は1人しかいない。

 が、本当にそうなのか?

 だってその人物、魔導書の住人じゃないのか?

 ……いや、思い返してみれば、現実世界に行けないなんて一言も言ってなかったような……。


 チラリ。


 俺は布団の中を恐る恐ると見た。


「えへへ、来ちゃった☆」


 何事もなかったかのように布団を戻した。

 居なかったのだ、ワンピースの黒髪の少女なんて。

 というか、もしかして瘴気を吸ったの、俺じゃなくてコイツなんじゃないか?

 っじゃなくて、誰も居なかった。いいね?


「……布団の中に何かあるの?」


「ない! 何もない! ただちょっと俺を1人にして欲しいんだよね! 何もないけど、男の子にはそういう時間が必要だったりす……おいテメどこ触ってんだボケ!」


 あ、しまった。

 

「やっぱり怪しいわ。ロイズ、布団をどかすわよ」


「そうだね、あの瘴気といい、君はもっと違うものを隠していそうだからね。さぁ、抵抗しないでね、すぐ終わるから」


「ちょ、やめ、マジでやめろ!! 今この状況は不味い! いや本当に俺被害者だから! ちょ、やめ……」


 体勢を変えられない俺が2人に敵うはずも無く、布団は一気に捲られた。

 そして2人が見た光景は……。



 見知らぬ少女を布団の中に隠して楽しんでいた、1人のロリコンの姿だったという。




 あ、終わった、な。




 

 


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